第45話
石井君…あのときあんなこと言っちゃったけど…大丈夫かな…ファンクラブとか言われて…新入生達とも会うことになるし…はぁ…理佳子はもうすぐ新学期が始まろうとしてる中で、再び石井と顔を合わせることに気が重かった。
タカ、おいで…
ミャアオ
タカが理佳子の足元に体を擦り付けて甘える。
タカ…どうしたらいい?なんか学校行くのが嫌になっちゃう…理佳子はタカを膝の上に乗せて優しく撫でる。タカは気持ち良さそうにおとなしくしている。天斗の写真を手にして
「たかと君…どうして転校しちゃったの…俺の女だ!手を出すな!って追っ払ってくれたらいいのに…はぁ~…」
理佳子は深いため息をついた。
「黒崎さーん!やっぱり黒崎さんですよね?黒崎天斗さん!」
赤坂と名乗った男が振り返り
「赤坂だっつーの!」
石井はバッグから理佳子の写真を取り出して
「この女性と付き合ってるんですよね?」
石井が写真を見せた瞬間
「誰これぇ!超可愛い!」
黒崎を呼んだ男が言った。そして黒崎も理佳子に一目惚れしてしまう。黒崎が
「少年!この女性は?」
「え?黒崎さんの彼女じゃないんですか?」
あの野郎…こんな可愛い女と付き合ってんのか!羨ましいぜ!
「えーと…君名前は?」
「石井です!石井裕太!」
「石井君…この写真を俺にくれ!さっきのでチャラで頼む!」
「え?無理無理無理無理!!!苦労して撮ったんすから…」
「プリントすればいいだろ!頼む!」
「わ…わかりました。じゃ、今度で…」
「今度ってなんだよ!」
「あの!黒崎さんの付き人にしてくれたらあげます!」
「はぁ?付き人?」
「僕…黒崎さんの強さに惚れました!お願いします!」
「うーん…しょうがねえな…」
黒崎は理佳子の写真欲しさに適当に安請け合いしてしまった。その時はこの少年がスッポンのようにしつこいとは知らずに…
「黒崎さん、理佳子先輩と付き合ってないんですか?」
「誰かと人違いしてんだろ?」
「え?でも…確かに黒崎天斗だって…」
「俺の影武者が居るんだよ…同姓同名の…」
「そうなんだ…また一から探し直しか…」
「それより少年!この理佳子って娘は君と同じ学校か?」
「え…えぇ…まぁ…」
「じゃ、もっとレアなもの持ってこい!例えば…そうだな…彼女の使ったリコーダーとか!」
「変態!そんなの手に入れることが出来たらとっくに僕が自分の宝物にしてますよ!」
「バカ!俺は純粋にだな…」
石井は軽蔑の眼差しで黒崎を見つめる。
「ま、忘れろ…俺はそんな変態じゃねーからな…」
いやぁ…十分変態だと思うけど…
「じゃ、何とかもっと写真を集めて来ましょう…その代わり…いざとなったら僕を守ってくださいね!」
「あぁ、わかったわかった…早く写真持ってこい!」
「はい!」
「ところで君、学校はどこ?」
夏休みもあけて新学期が始まった。理佳子は夏休み前に石井と気まずい別れ方をして憂鬱な気分で学校に向かう。嫌だなぁ~…もし顔合わせたらどう接すれば良いだろう…麻衣早く来ないかなぁ…そしていつもの曲がり角を曲がった時、やはり石井がとぼとぼ歩いているのが視界に入ってきた。ちょっと時間ずらして行こ…その場に理佳子は立ち止まって石井が見えなくなるのを待つことにした。しかしその期待は裏切られ、石井が理佳子の方へ振り返る。ウソっ!何でここで振り返るの~?石井はハッとしてすぐに前を向いて足早に行ってしまった。
「行っちゃった…でも良かった!」
理佳子が独り言を言った時に後ろから本田麻衣が
「何が良かったの?」
急に声をかけてきた。
「あのね…夏休み前に石井君から声かけられてて、ハッキリ気持ちはないって言っちゃったの…だから今日この日が気まずかったんだけど、石井君目が合ったら足早に行ったから…」
「なるほどね。理佳子にしては上出来!ちゃんと断れたんだ」
「うん、いつまでも気を持たせるのは悪いし…」
「ウジウジした理佳子だから流されて付き合っちゃうのかと思った」
そう言って本田麻衣が笑う。
理佳子先輩…ハッキリとフラれたけど、こんなに想ってるのに…いったい俺の何がダメなんだろ…この前は命の恩人とまで言われた俺が…俺が居なかったら理佳子先輩…あのときどうなってたか…やっぱり諦めきれない…だって…めちゃくちゃ可愛い!例え彼氏が居てもせめて話しくらいは…
その日の放課後も石井は密かに理佳子の姿を追った。そしてこの間、理佳子と学校帰りに一緒に歩いていた男がまた理佳子の隣に居た。彼氏が居るのに何故あの男は許されるんだ?理佳子先輩、なんか楽しそうに喋ってるし…あいつ誰なんだよ…石井はずっと二人の後をつける。そしてまたこの間と同じ所で二人が別れた。んー…楽しそうにしてるけど、彼氏って感じゃないよな…理佳子先輩がそんな浮気性なわけないよな!石井は都合よく理佳子の理想像を勝手に植え付けていた。
そして翌日の放課後
理佳子先輩はこの日も例の男と帰り道を一緒に歩いてる…何故だ…本田先輩と一緒じゃない…怪しい…石井は理佳子が彼氏を乗り換えたのではと心配になりずっと二人の行動を監視する。まさかとは思うが…理佳子先輩、ほんとに乗り換えた?それとも浮気?まさかぁ~…
理佳子は正直困っていた。最近何となく仲良くなった同級生、飯田昌司(いいだしょうじ)に声をかけられ成り行きで一緒に下校している。理佳子は気が弱くハッキリと断れる性格では無いため、この飯田に一緒に帰ろうと声をかけられやむ無く共に歩いていただけだった。
理佳子は家に着いて
ハァ…また厄介なことになっちゃったな…飯田君最近急にどうしたんだろ…こんな所、たかと君に見られたら…何の言い訳も出来ないよね…だけど、ただ一緒に帰ろうって言われただけで断る理由ってなぁ…タカ、おいで…理佳子は猫のタカに癒しを求めた。タカは理佳子が呼ぶと必ず理佳子に甘えてくる。まるで理佳子の気持ちが読めるかのように。辛い時は慰め、嬉しい時はまるで自分のことのように喜びを表現する。そして、困ってる時は甘えてきて癒してくれる。理佳子にとってタカは必要不可欠な存在となっていた。
ミャアオ…
しかしこの日はタカは側に来てくれなかった…タカ、どうしたの?具合でも悪い?タカは少し離れた場所でジッと理佳子を見つめるだけだった。
翌日の放課後、理佳子の通うこの学校に異変が起こる。校門辺りに不審な男が立っていると生徒達がざわめいている。それは、他校の制服を着た男子学生だった。何やら誰かを探している様子だが、別に特別怪しい行動を取っている風ではなかった。校門を出ていく学生達がみんなこの場違いな男をジロジロ見ながら過ぎていく。理佳子は例の如く飯田に付きまとわれて二人で校舎を出てきた。本田麻衣はその後から歩いて出てくる。更にその後ろから理佳子と飯田の動向を探るように石井が出てきた。これは…本田先輩に相談した方がいいかな…明らかにあの二人はおかしいよな…石井は理佳子を心配していた。そして本田も…理佳子…断れないのはわかるけど、こんなこといつまでもしてちゃダメだよ…もうホントに理佳子ったら~…理佳子と飯田が校舎を抜けようとするとき、不審な男が理佳子をジッと見つめる。その視線に飯田が気付き男を睨み付ける。不審な男も飯田を睨み付けている。かなり不穏な空気がこの二人を包む。飯田は通りすぎたあと前を向き、また理佳子と楽しそうに会話を続ける。あの男…誰だ…清水のことをジロジロ見てたなぁ…飯田が理佳子との関係を疑う。
麻衣…助けてぇ…飯田君に何て言えばいい?別にただ一緒に歩いてるだけなのに変に断ったら…何か勘違いしてるとか思われるのも嫌だし…どうしたらいいの?理佳子はこの微妙な距離感に悩んでいた。不審な男は理佳子と飯田のすぐ後を追う。この人誰?理佳の知り合い?何で後を追う?本田麻衣は天斗に連絡を取ろうか迷っていた。その時石井が
「本田先輩!あの理佳子先輩の後を付けてる人…見覚えが…」
「え?知り合い?」
「知り合いって言うか…一度会ってます。他校の人で、きっと理佳子先輩の顔を見に来たんだと…」
「何で他校の人が?」
「実は…」
石井は伝説の黒崎とのやり取りを話した。
「なるほど…そういうことね。で、理佳大丈夫かしら?」
「あの人は問題ないと思いますが…理佳子先輩と一緒に居る人が…」
「飯田君?そうよねぇ…理佳ちゃんともの言えないから…多分助けを求めてるのかも知れないけど、どうしたもんか…」
そして飯田と理佳子はいつものところで別れる…と思いきや…
「清水、今日ちょっと付き合え!」
「え?」
「後ろから変な男付いてきてるだろ?このままお前と離れたらお前が心配だ!」
「う…うーん…」
どっちにしても厄介なんだけどなぁ…そして理佳子は飯田に強引に付き合わされる。不審な男はいつの間にか居なくなっていた。
「本田先輩!僕あの二人追います。なんか嫌な予感がして…」
「え?大丈夫だと思うけど…じゃ、頑張って!」
「はい!」
そして石井は二人を尾行する。理佳子と飯田はそれに気付いていない。
あの人どこ行っちゃったんだ?石井は黒崎と一緒に居たあの男が急に消えたことに不思議に感じていた。そして飯田は街をブラブラと理佳子を連れて歩いているその時、急に理佳子の腕を引っ張り狭い路地裏に引きずり込んだ。理佳子は突然の飯田の行動に思わず硬直してしまう。以前、突然教われた時のトラウマがフラッシュバックする。飯田は人気のない路地裏で理佳子を建物の壁に押し付け
「清水、俺と付き合え!最近女と別れてフリーなんだ。な?いいだろ?」
そう言って強引にキスを迫る!理佳子は必死に飯田から抜け出そうともがく…しかし飯田は力で理佳子の肩を抑え逃がさない。
「清水、お前だって俺にノコノコついて来たんだからその気があるんだろ?純情ぶるなよ!」
理佳子の抵抗むなしく飯田が理佳子の唇に自分の唇を重ねようとしたその瞬間…
バシッ!
飯田の頭に何かが直撃する。
「痛ってえなぁ…」
飯田が頭を押さえて何かが飛んできた方を睨む。そこには先ほどの不審な男が立っていた。
「誰なんだよてめぇは?」
「下衆野郎!」
「あ?」
「その娘嫌がってんだろが!」
「てめぇには関係ねーだろ!こいつは俺に付いて来たんだから嫌がってねーよ!心配すんな!」
「理佳子ちゃん、教えてくれ!迷惑なんだろ?」
理佳子は恐怖で何も言えず震えている。
「ほら見ろ!こんなに震えてるじゃねーかよ!」
「うるせぇんだよ!お前は他所者だろ!引っ込んでろよ!」
「そうは行かねぇよ、あの石井って坊やに頼まれたんだからよ!」
石井?石井君?何であの子が…また私を助けに来てくれたの?
「フッ…あぁシラケた…好きにしろ…清水、お前だってまんざらでもなかったくせに…その気にさせといて純情ぶってんじゃねーよ!」
そう言って飯田が不審な男の横を通り過ぎようとした時
ドフッ
飯田の腹を思いっきり蹴り飛ばした。
「う…グフッ」
飯田が腹を押さえて突っ伏した。
「男の風上にも置けねぇ野郎だな…理佳子ちゃん、大丈夫か?」
理佳子はこの得たいの知れない男に自分の名前を呼ばれて動揺している。その時
「理佳子先輩!大丈夫っすか?」
聞きなれた声に理佳子は安堵した。
「石井…君…」
理佳子は恐怖で震えながらそう言った。
「理佳子先輩、安心してください!この人は…僕の友達です!」
「え?」
黒崎の仲間が石井を二度見してそう言った。
「え?」
石井もその反応を見て二度見する。
「友達?」
「え?違う?仲間?」
「え?」
「え?」
お互いこの微妙な距離感をどう例えたらいいのか迷っていた。理佳子はこの二人の微妙な空気にオロオロしていた。
「あの、何だかわかりませんが…ありがとうございました。何とお礼を言ったらいいか…」
理佳子が顔を伏せてモゴモゴ言っていると
「あのさ、俺…青木…このチンチクリンの知り合いで…君の…ファン…的な?」
チンチクリン…はぁ?誰がチンチクリンなんでしょうか?えぇ?俺の何処がチンチクリンなんでしょうか?はぁ?何この人!何この人失礼な!
「石井君の…知り合い…」
理佳子は少しずつ気持ちが落ち着いてきた。とりあえず自分の味方とみて間違いないであろう男達と判断して気が緩んだ。
「また石井君に助けられちゃったね…この間はごめんなさい…でも…私彼氏居るからね…」
「理佳子ちゃん…実物は段違いに可愛いね…出来たら…握手してもらえますか?」
どういうことだろう…実物はって…
「あ…あの…青木さんはきっと夢の中で理佳子先輩の顔を想像したんじゃないですかね…きっとそうですよ…ハハハ…」
あっぶねぇ…内緒で写真撮ってたことバレるところだった…やめてよ青木さん…
「あ…俺、このチンチクリンから理佳子ちゃんの写真もらって…それで一目見ようと…」
「あ~あ~あ~!違うんです違うんです!この人は嘘ついてます!写真なんか僕持ってませんから!あるわけ無いじゃないですかぁ…」
「いや…あんなに沢山…」
「理佳子先輩!助けたお礼に握手お願いします!」
石井はどさくさに紛れて握手を求める。
「お前がかよ…」
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