第40話
「か…かおり…最後まで…そこで…見届けろ…」
小山内は苦痛の表情で薫を制止する。
「安藤…お前は絶対許さん!」
天斗が安藤に拳を突きつける!その動きは正に神速、安藤は反応すら出来なかった。安藤の顎を捉えたパンチが脳を揺らしその場に崩れた。
「小山内!!!大丈夫か!」
天斗はすぐにぐったり倒れている小山内に駆け寄り抱きかかえた。薫の手から持っていたナイフがスルリと落ち、カランと音を立てて転がった。
「きよし…きよし…」
薫の膝に力が入らず地面に膝をつく。そして這いながら小山内に近づく。
「きよし…やめてよ…冗談でしょ…ねぇ、あれだけ死なないって言ったのに…もう…私の目の前から…大切な人を…奪わないで…」
薫は震える声でそう言いながら小山内の元へ到達した。そして…
「か…お…り…俺…は…絶対…に…死…な…な…い…」
そう言ってゆっくり天斗の手から起き上がり上半身の服を脱いだ。
「え?」
薫は服を脱いだ小山内のズボンのヘソ辺りに挟んだ物に思わず目を疑った。
「清…これは…どういうこと?」
「か…おり…俺は…絶対に…」
バシィ~ーーーーーーーーッ
小山内の頬に思いっきり薫がビンタを浴びせた!
「ふざけんなよ!どんだけ心配したと思ってんだよ!」
薫の目に大粒の涙が溢れだした。それは安堵の涙だった…
「お前…いつの間にそんなもん…」
天斗が言った。小山内の腹に仕込んだ物…それは二冊の本だった…
「かおりちゃん…言っただろ?俺は剛じゃない!俺は絶対死なない。だから…かおりちゃんは前へ進め!」
「バカヤロウ…バカヤロウ…人をこんなに心配させといて…何でエロ本なんか忍ばせてんだよぉ~ーーーーーーーー!」
薫が大声で怒鳴った。
「いやぁ…俺ん家ってさぁ…本と言ったらこんなもんしか無くて…とっさに持ってきたんだけど…でも、危なかったぁ~…二冊目のかなり最後の方のページまで到達してた…」
薫は小山内に抱きつき号泣した。きよし…ありがとう…ありがとう…やがて落ち着いた薫はゆっくり立ち上がり安藤の方を見た。
「安藤…お前は…清まで刺して…やっぱりこいつは生かしておくべきじゃない…」
その時天斗が
「なぁ…重森…小山内は死んでねぇし…その剛だってお前がこんな奴の為にお前の人生が狂うようなことは望んでないと思うぜ…」
「そうだよ!かおりちゃん…もし俺が今日ここで刺されて死んだとしても、かおりちゃんには復讐なんて望まないよ…ただ思うことは、かおりちゃんの幸せを案ずるだけだ…」
天斗は薫の肩にポンと手を乗せ
「小山内の為に思い止まれ…こいつがお前を必ず幸せにするだろ…」
薫は黙って振り返りゆっくりと出口の方へ歩いていく。
「かおりちゃん!…かおりちゃんの帰る場所は…小山内家だぞ!」
薫は一瞬立ち止まり、皆に背中を見せたままドアを開けて出ていった。
時を同じくして伝説の黒崎達はこの現場に居合わせていた。そっとドア付近で小山内、天斗達の攻防を見守っていた。
「あいつら…やってくれやがった…薫のことをちゃんと守ってくれた…」
黒崎が安堵の思いでそう言った。そして黒崎の目には涙が溜まる。
「あぁ、これで安心だな…少しは薫の心の慰めにもなったろうよ…」
「しかしあのバカキャラ…なかなか面白い演技しやがる…」
「そうだな…ありゃ傑作だって!」
思わずみんな吹き出してしまった。
「薫のあの拍子抜けした顔が忘れられないぜ!」
そして薫が出口に向かって歩きだした。
「ヤベッ、隠れろ…」
黒崎一同は物陰に隠れた。そして薫がドアを開けて目の前を通って行くとき
「なぁ…薫…送ってやるよ」
「天斗…」
「良かったな…良い仲間達に巡りあえて…お前もけっこう楽しそうにやってるじゃねぇか…」
「天斗…あいつら、あんなんだけど…あんた達より最高だよ…」
「そうか…それを聞いて安心したわ…」
この時の黒崎の複雑な心境は言葉では言い表せない。
「安藤のことはもう忘れろ!あいつらが必死でお前の為に危険犯してお前を救ったんだ。その気持ちを汲んでやれよ?」
「………」
わかってるよ…そんなことはわかってる…私が安藤を刺したところで剛が戻って来ないってことは十分わかってる…清のお陰で、今は前に進めそうだよ…剛…清を守ってくれたんだね?ありがとう…
「行くか?薫…」
「うん…私の彼の家に…私の居場所に送って…」
「………」
黒崎は薫を後ろに乗せ黙ってバイクを走らせる。黒崎は薫と共に過ごしてきた時間を薫の居場所に着くまでずっと思い出していた。薫…サヨナラ…俺もこれで前に進めそうだわ…
薫はバイクの風を身体に受けながら遠くを見つめる…天斗…ありがと…心配して駆けつけてくれたんだね…あんたの不器用なところ…嫌いじゃ無かったよ…サヨナラ…天斗…そして黒崎と薫の二人を乗せたバイクが小山内の家に到着した。
「天斗…ありがと…」
「あぁ…」
二人の間に重い空気が流れる。
「じゃあ…風邪引かないでね…」
「あぁ…お前もな…」
「天斗…」
「ん?」
「不思議だね…同姓同名の男で、その二人が偶然私と絡むなんて…」
黒崎は天斗の出生の秘密を知っている。それ故複雑な想いだった。薫…あの男は…
「そうだな…奇妙な物語だ…」
「お互い…幸せになろうね…」
「あぁ…そうだな…」
そして二人はお互い目を反らしそれぞれの道へと歩きだす…黒崎はバイクに跨がりエンジンをかけて、もう一度薫の背中を見つめる。
薫はその視線には気付いていたがそのまま小山内家のドアを開けて
「お母さんただいま~!」
黒崎に背を向けたまま消えてしまった。
「……………薫」
「なぁ、黒ちゃん…こいつ全然目を覚まさないけど大丈夫か?」
小山内は立ち上がらない安藤を見てそう言った。
「お前ら、安藤さんにもしもの事があったらどうしてくれる気だ!」
「落ち着け、心配要らない。こいつは眠ってるだけだ」
安藤は夢を見ている。それは安藤が小学生の時、 目の前で数人の中学生に絡まれている少年が居た。安藤は卑怯な中学生達の間に身を呈して助けに入った。そして数人の中学生が安藤ひとりにやられた。助けられた少年は怖くなり逃げ出してしまった。そこへたまたま通りかかった通行人が警察に通報し全員補導された。普通なら考えられないが、安藤が中学生達にカツアゲしたと複数の中学生達が証言した。そして安藤は無実の罪で濡れ衣を着せられる。安藤の父親が元暴力団関係者というだけで安藤自身誰も安藤の無実を信じてはもらえなかった。そして安藤が中学生の時も…同級生がコンビニで万引きしたのを見て安藤がその同級生に話しかけた時、同級生は走って逃げてしまった。そして不審に感じた店員が安藤を万引き犯人扱いする。防犯カメラを確認すればそれで済むことを、頭から札付きの悪というレッテルのせいで安藤は警察に引き渡される。後にそれが無実と証明されたのだが時既に遅かった。安藤は誰も信用しなくなった。その後の安藤の人生は泥沼へと転落していく。そして自暴自棄となり、安藤は悪の道を突き進む…もし安藤に小山内のような仲間が居たなら、きっと腐った人生は歩んで居なかっただろう…
安藤は意識を取り戻したが、人の話し声に聞き耳を立てて眠っているふりをする。
「お前ら…安藤さんのこと誤解してるよ…確かに武田って奴のことはやり過ぎだったかも知れないけど、この人は…本当は心根の優しい人なんだ…」
安藤の仲間が静かに語っていた。
「この人はな、不幸な生い立ち背負って生きてきたんだ…大人の先入観に悩まされ、ずっと孤独に生きてきたんだ…」
そう口にするこの仲間は、正に中学生の時に万引きして逃げ出した少年だった。彼が逃げ出してしまったせいで安藤が犯人扱いされたとき、勇気が無くて名乗り出ることが出来なかったが、安藤はこの少年のことを絶対に喋らなかった。安藤のその男気に惹かれ、それからずっと安藤の側に付いて回るようになった。最初は安藤も快く思わなかったのだが、時が経つにつれ彼を仲間として受け入れた。
「安藤さんのことを悪く言うなよ…もしこの人がまともな家庭環境で育っていたら…」
そう言って涙を目に溜めている。
「それでも人を殺した罪は消えない。どんなに綺麗事言ったところで過去は消えない。許されない…」
天斗が言った。
「わかってるよ…でも…この人は殺すつもりはなかったんだ…それだけはわかってやってくれ…」
安藤の目には涙がこぼれ落ちた。
「わかった。安藤のことは俺が許す!そのかわりこいつに言っとけ!もう二度とかおりに関わるな!次は容赦しない…人は誰でも間違いを犯すもんだ…やり直せと言っとけ…」
小山内はそう言って
「黒ちゃん、行こう…かおりちゃんの所へ…」
「なぁ、小山内…こいつを簡単に許して良いのかよ…」
「黒ちゃん、人ってさ…根っから悪い奴ってどのくらい居ると思う?もともと持って生まれた性悪ってのはきっとないと思うんだよ。ねじ曲がっちまった奴ってのはさ…みんな淋しいんだよ…きっと…だから、そういう奴にこそ寛大さが必要なんだよ」
「お帰り~!ねぇねぇかおりん、今日の晩御飯なんだけど…カレーライスでもいい?」
吟子が言った。
「私カレーライス大好き!」
「良かったぁ~、ねぇ、かおりん!ここにはあんたが居たいだけ居て良いからね!」
「ありがとう!お母さん!」
「おっ?かおりん帰ったか!かおりんのお陰でうちも賑やかになるな!」
小山内の父が言った。
「パパ?うちは元々賑やかですよ!パパと清が次から次へとボケてくれるお陰で…」
「あはははははは!」
薫は心から楽しんでるような笑顔で笑う。その笑顔を吟子は見逃さなかった。かおりん…あんた…今最高の顔してるよ…朝までとはまた違う…何か解決したんだね?良かった…
「お母さん!私も料理手伝いたい!」
「え?一緒にやる?」
「うん、私の家は父親と兄しか居なかったから…家庭の味みたいなのはほとんど…」
「そっか!じゃあこれは嫁入り修行ってことだね!」
「はい!小山内家の味を伝授してください!」
「よし!じゃあ今日から毎日晩御飯のレシピを頑張って勉強するんだよ!学校の授業よりよっぽど役立つから!」
「はい!お母さん大好き!」
そう言って薫は吟子の腕にしがみつき頬を擦り寄せる。
「あんたほんと可愛いねぇ!」
「かおりん…吟子さんはお父さんのものだからね?」
「パパ…私は家族みんなのものよ!」
家族…私はこの小山内家の家族…この温かい家の…ここにはお母さんが居る…愛する人も居る…可愛くて優しいお父さんも…幸せ…凄く幸せ…ずっとずっと憧れてきた温かい家庭…
「かおりん?どしたの?」
そう吟子に言われて薫の目から頬をつたって一筋の涙がこぼれていたことに気づく。
「かおりん…そんなに泣いてばかりいたら身体中の水分無くなっちゃうよ?」
薫は泣きながら笑った。
「母ちゃんただいま~!」
その時小山内が帰って来た。
「かおりん…」
小山内は安堵の笑みを浮かべる。
「清…何で顔に紅葉作って帰って来た?」
薫は小山内を力一杯叩いたとは言えず…
「清…またエスカレーターから落ちた?」
「あぁ、そういうこと?」
小山内と薫と吟子にはこの会話の意味がわかったのだが…
「清、エスカレーターから器用に転がるもんだな…何回転したらそんな風に腫れるんだ?」
小山内の父だけは素直に…と言えば聞こえは良いが、ばか正直に捉えた。
「清、今日からかおりんにみっちり小山内家の味を伝授するから楽しみにしてな!」
「えぇ!マジかー…」
小山内ががっかりしたように言った。
「清…あんたまさか…」
吟子の恐ろしい目付きに小山内が
「ちょ…超嬉しい…小山内家の味…超嬉しい…」
「清!私頑張ってお母さんの味覚えるからね!」
「う…うん…頑張れ~」
小山内のこの微妙な反応に吟子は冷たい視線を送っていた。
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