第41話

夏休みも近づいて来た頃、一人ソワソワとして落ち着かない少年が居た。それは…石井裕太。もうお忘れだろうが、理佳子に密かに想いを寄せる二年生。真面目で気の弱い性格だが、理佳子の窮地を救ったのは紛れもなくこの石井だった。理佳子ファンクラブの会員ナンバー一番にして会長へとのし上がった男…この石井が普通なら夏休みと言えば喜ぶところだが、憂鬱な気分に陥っていた。

理佳子先輩…これから地獄の夏休みが始まってしまいますね…あなたの顔を見られない、声を聞けない夏休みは僕にとっては苦痛以外の何ものでもない…あぁ、せめて…せめて声だけでも聞きたい…石井裕太は校門で理佳子が通りすぎるのを待ち伏せしている。それがダメならLINEでもいいから理佳子先輩と繋がる時間が欲しいなぁ…人間というのはどんどん欲が増していく生き物だ。一つ叶えば更にもう一つ。そしてそれが叶えば更にもう一つ…それが一人の世界で膨らんで行くと、ストーカーと化す。自分の中で欲しい気持ちが大きくなりすぎて、都合の良い記憶だけが残り相手も言い寄られることに悪い気はしていないと錯覚していく。来た!理佳子先輩…今日ここで決めないと…俺の夏休みは地獄の日々と化してしまう…ここが踏ん張りどころだ!

しかし理佳子と本田麻衣の後ろに数人の理佳子ファン達がゾロゾロと距離を置いて歩いている…クッソォ~!お前らいつも邪魔なんだよぉ~!本田先輩はいいとして…お前らが居ると理佳子先輩に話しかけられないじゃないかぁ~!

理佳子達が校門を抜ける。石井はオロオロと優柔不断に迷っている。そして理佳子達の後に理佳子ファン達が校門を抜ける…


「おい!お前ら!」


そう言って一年生の理佳子ファンを止める。一同が石井を見て


「なんすか?今忙しいんすけど?」


「用がないなら呼ばないでよ」


「夏休み前の最後の見納めなんだから邪魔すんなよ!」


こ…こいつら…その気持ち痛いほどわかるぞ…だがな…俺の想いはその上を行ってるんだ!邪魔してんのはお前らの方だからな!


「良いかよく聞け!理佳子先輩のことはお前らがこの学校に来るずーっと前から想い続けて来たんだ!言わば俺は歳も理佳子ファン歴もお前らより…」


その時この長ったらしい石井の演説を無視して一年生達が理佳子を追いかけようとする。石井は慌てて一年生の前に立ちはだかり両手を広げて制止した。


「待て待て待て待て待て!行くな!いいか?今日俺は理佳子ファンとして理佳子ファンクラブ会長として理佳子先輩に一世一代の勝負に出るからよーく見届けろ!」


更に一年生達がそれを無視して石井の横をすり抜けて行こうとする。


「待て待てぇーーーーー!」


石井が一年生の前に回って大きな声で止めた。その様子を見ていた生徒達がクスクス笑って見ている。その騒動に理佳子と本田麻衣も気付き振り返る。


「理佳子…またあの子達何か揉めてるみたい…」


石井君…理佳子は恩人である石井だが、少し困っていた。自分には全くその気が無いのに相手から想われ続ける…どうしたものか…理佳子も優柔不断で判断に迷っている。その時一年生が理佳子が振り返ったことに気付き小さく手を振った。理佳子もどう反応して良いかわからず、困惑した表情で小さく手を振り返す。


「うおぉーー!今麗しの理佳子先輩に手を振られたぁ~ーーーーーーーー!」


「何!まさか!会長の俺を差し置いてなぜ!?」


「理佳子、先行ってるね」


そう言って本田麻衣が理佳子を置いてさっさと行こうとする。


「ちょっと待ってよ!置いてかないで!」


理佳子も振り返り麻衣と歩き出した瞬間


「ちょっと待って~!」


そう言って理佳子に手を振った少年が走って理佳子の元へ寄ってくる。麻衣が理佳子の方を向いて


「ほら、ちゃんと相手してあげな」


そう言ってまた立ち去ろうとした時、理佳子が麻衣の腕を掴んで必死に目で訴える。


「わかった、わかった…一人にしたらどうしていいかわからないのね?」


理佳子がコクッと頷く。走りよってきた少年に続き他の理佳子ファンもゾロゾロと我先に駆け寄ってくる。


「あの!夏休みに入る前にお話だけでもさせてください!」


「LINE交換しませんか?」


「僕は番号交換お願いします!」


「お前ズルいぞ!」


「早い者勝ちだ!」


その時


「ちょっと待てぇ!ファンクラブ会長を差し置いて勝手な真似は許さん!」


「うるせぇ!石井は黙ってろ!」


「石井はって…俺は先輩だぞ?」


「お前なんか理佳子先輩が止めなかったらとっくにぶっ飛ばしてるんだからな!」


「はいはいはいはい!そこまで!」


そう言って麻衣がこのファンクラブの喧嘩に割って入った。


「君達、それでも理佳のファン?こんなに理佳が困ってんのにワァーワァー騒いで…そんなのファン失格ね!ファンならファンらしくモラルを守りなさい!」


「と、言いますと?」


「先ずは相手に迷惑かどうかをちゃんと考えること!いい?好きな相手なら相手の気持ちを汲むこと!相手の気持ちを踏みにじるのはファンとして一番最低なこと!それから…理佳子との握手会はマネージャーの私の許可を得ること!」


「ちょっと麻衣~…」


「理佳に番号だのLINEだのって、一方的にプライベートに踏み込みすぎ!それは自己満足であって、相手の立場になって考えてない証拠よ!」


理佳子ファン達がこの麻衣の説教に圧倒されている。


「ファンの握手会はマネージャーの私が認めます!」


「麻衣!そんなの私…」


麻衣は理佳子を手で制して


「その代わり…理佳子に迷惑になるような付きまといとかは禁止!」


「り…理佳子先輩と握手出来るなら約束守ります!」


「お…俺も!」


「俺も守ります!」


「握手させて下さい!」


ざわざわとして、ファン達がみんな自分のズボンで手の汗を拭く。


「麻衣…何で…私何も良いなんて言ってない…」


麻衣がそっと理佳子に耳打ちした。


「変に付きまとわれるよりも手っ取り早いでしょ?これで追い返しちゃいましょ!」


「もう~…」


「はい、じゃあ並んで並んで~!」


ファン達が我先にとまた順番で揉めている。


「ハァー…そんなんじゃ握手会はナシね…サヨナラ!」


「待ってください!会長の僕が順番決めます!背の低い順で行こう!」


「はぁ?何でよそんなのズルいぞ!」


「良いから、背の低い順に並べ!」


そう言って真っ先に石井が先頭に立った。そして理佳子の方を向いた瞬間…自分の目の前に目線よりも低い位置に頭が見えた…


「何で俺より小さい奴が居るんだよぉ~」


その石井の前に並んだ少年はただの通りすがりの一年生だったのだが、背の低い順に並べと言われて訳もわからず並んだだけだった。


「はい、じゃあ君からね!」


そう言って理佳子と最初に握手出来た超ラッキーボーイであった。


クソォ~、何で俺よりチビがいるんだよ…理佳子先輩のファースト握手取り損ねた…あぁ、やっぱり理佳子先輩とLINEしたいなぁ…石井裕太は家に戻り部屋で寝っ転がって理佳子のことを考えていた。本田先輩に言われたもんなぁ…相手の気持ちを考えないのはファン失格って…理佳子先輩の立場になって…うーん…難しいなぁ~…逆に俺が言い寄られる立場だとしたら…石井君…LINE交換して下さい!え?俺で良いの?うん…良いよ、いつでもLINEして!ありがとう!石井君優しいね、ますます好きになっちゃう…そうだよなぁ~…言い寄られたらやっぱり嬉しいよなぁ…理佳子先輩もやっぱり照れてるけど嬉しいんじゃないかなぁ~…明日終業式にもう一度頼んでみよ…


そして翌日

学校のチャイムが鳴り一斉に生徒全員が学校からゾロゾロと出てくる。石井裕太は走って校門のところで理佳子を待ち伏せした。まだかなぁ~…遅いなぁ~…なかなか理佳子が出てこないことに焦りを感じ始めた。もしかして…見逃した?そんなはずは…俺に限ってそんなはずは…そして校門から学校の方を覗くと…え!誰?あの人…理佳子と一緒に見知らぬ男子生徒が並んで歩いてくる。理佳子が笑いながら楽しそうに並んで歩くその男は…一体何者?徐々に近付いてきて二人の会話が聞こえてくる。


「それでさぁ、田中先生が…今度お前の母さん紹介しろ!とか言ってさぁ~…」


何だよこいつ…理佳子先輩とやけに馴れ馴れしく喋りやがって…石井は嫉妬に駆られている。石井はその得たいの知れない男子生徒を睨み付けていた。そしてその後ろからふたりの後をつける。しばらく二人は仲良く歩きそして


「じゃあ、宜しく~!」


男子生徒が理佳子にそう言って手を振り別れた。石井は慌てて理佳子の方へ駆けて


「理佳子先輩!ちょっといいですか?」


理佳子はビクッとして振り返る。


「石井君…」


理佳子は麻衣が居ないので少し構える。どうしよう…二人っきりになったらどう対応して良いかわからないよぉ…


「あの!さっきの人とはどういう関係なんでしょうか?ファンクラブ会長としては是非知っておくべきことだと思うので…」


いや、それは個人的な気持ちだけだと思うけど…理佳子が心の中で呟く。


「どうって…別に友達とかでも無いし…知り合いって言うか…ただの同級生って言うか…今日麻衣が居ないから一緒に帰ろって言われただけって言うか…」


理佳子はしどろもどろになりながら言った。


「じゃあ、男としては一切関係無いってことですね!」


「ま、まぁ…そうかな?」


「そうかな?ってどうしてクエスチョンマーク付くんですか!違うなら違うって言って下さい!」


困ったなぁ~…やっぱりハッキリ石井君に言ってあげた方が良いんだよね?一切気持ちが無いこと伝えてあげないと逆に…かわいそうだよね…


「あの!石井君!」


「はい!!!!!」


うっ…何か凄く期待してるような返事…


「あの…」


「はい!!!!!」


「この前はありがとう…」


「はい!!!!!」


「でも…」


理佳子の消え入りそうな言葉が聞き取れず、石井は期待に胸を膨らませている。理佳子先輩…もしかして…この前はありがとう!石井君を見直しちゃった!もし…もしよかったら…私と…いやぁ~ーー!恥ずかしい~ーー!ドキドキするー!


「理佳子先輩!遠慮なく続けて下さい!」


「あのね…私…付き合ってる人が居るの…」


理佳子の声があまりにも小さく聞き取れなかった為、石井は自分にとって都合の良い部分だけ聞き取り解釈した。


あのね…私と付き合ってくれる?


「はい!!!!!喜んで!」


「え?」


理佳子は耳を疑う。今の話でどこにそんな返事が返って来るとこがあったんだろ?多分何か勘違いしてるよね?


「石井君…だから…私のことは忘れて…ごめんね」


そしてまた聞き取れなかったので、石井君…だから…渡すね…私の番号…と、あり得ない自分なりの解釈をしてしまう。石井はドキドキしながらじっと理佳子の顔を見つめる…

石井…君?今の聞こえた?どうして何も言ってくれないの?なんかちょっと怖い…

理佳子先輩…何してるんですか?早く…早く下さい…先輩の番号…

どうしよう…なんか石井君凄く真っ赤な顔して…逆上…してる?

理佳子先輩…何を今更…そこまで言って何をためらってるんですか?これじゃまるで蛇の生殺しじゃないですか…

どうしよう…何も言ってくれない…どうしよう…

もう焦れったいなぁ~…


「理佳子先輩!!早く…言って下さい!」


石井は理佳子の番号を早くと急かしたつもりだったのだが…理佳子は早く行って下さい!こんな惨めな思いをしたくないから!という風に捉え


「そう?じゃ…じゃあ…」


石井はドキドキしながら待つ…


理佳子は目を反らし軽く会釈して立ち去ろうとする。ん?理佳子先輩?どしたの?何で…あ?そうか!恥ずかしいからちょっと離れて番号書いて渡そうとしてるのか?この人は…なんて恥ずかしがり屋さんなんだ…そして石井は理佳子の後ろ姿を見守る。理佳子は恐る恐る石井から離れていく。

あれ?理佳子せんぱーい?どこまで行っちゃうんですかぁ?あれ?もしかしてこれは…黙ってついてこい的な?ここじゃ人目に付くからもう少し静かなところへ移動しよう的な?そうか!わかりましたよ理佳子先輩!そして石井は黙って理佳子の後を付いて行く。

え?どうしよう…石井君…早く行って下さいって言ったのに…付いてきちゃう…参ったなぁ…このままじゃあ家に帰れない…どうすれば…理佳子が立ち止まると石井も立ち止まる。


「あ…あの…どうして付いてくるの?」


「え?どうしてって…どうしてでしょ?」


「どうしてでしょ?って…付いてこられると困るんだけど…」


「え?でも…だって…番号渡すって言うから…」


えぇ~…どこをどう聞いたらそんな風に聞こえたの?どうしよう…麻衣~助けてぇ~!


「理佳子先輩…もしあれだったら直接番号入力するんで口頭でお願いします!」


「いや…あの…それはぁ…て言うか…ごめんなさい!もう忘れて!」


「え?忘れるも何もまだ聞いてません…」


ちがーう…そういう意味じゃなくて…


「石井君!私!彼氏居るの!」


彼氏居るの…彼氏居るの…彼氏居るの…彼氏居るの…彼氏居るの………………石井の頭の中にこの言葉が繰り返し反響し続ける。


「……………え?」


石井はその言葉をなかなか頭で整理出来ない。今さっき付き合ってって…番号渡すって…それが何故…嘘でしょう~ーー…女心と秋の空とは聞いたことあるけど…これはあまりにも心変わり早すぎるよぉーー!


「理佳子先輩…いったい僕の何がいけなかったんでしょうか…女って…そんな簡単に心変わるもんなんでしょうか…」


きっと彼氏居るのって嘘なんだ…急に彼氏居ることにして俺を振ったんだ…理佳子先輩…これが失恋なんですね…甘酸っぱいです。ちょっと酸味強いっす…これで夏休みは理佳子先輩のことを考えずにいられます…ありがとう…サヨナラ…先輩…


「石井…君…」


行っちゃった…

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