第39話

「小山内、重森とは連絡取れないのか?」


「あぁ、ダメだ…全く繋がらない…」


「お前らの中で重森に情報流してる奴を早く探してくれ!」


「わかってるよ!でも、やっぱりみんな姉さんには報せてないみたいなんだよな…」


「そんなの正直に言う奴居ねぇよな…」


天斗達は疑心暗鬼になっていた。



「もしもし、黒崎か…」


それは伝説と呼ばれた男、黒崎天斗にかかってきた電話だった。


「その声は…何でお前から…」


「実は安藤がお前ともう一人、女を狙ってるって話なんだが…」


「それならいろんなガセネタが飛び交って翻弄されてる…」


「だろうな…あえてデマ流して撹乱させてる奴がいるんだ、当然だよ…」


「何でお前がそんなことを…まさかお前…」


「ばーか、俺はそんなに賢くねぇよ…それに俺が安藤けしかけたところで何の得にもならねえよ!」


「じゃあ、何でわざわざそんな情報こっちに流してんだよ…」


「お前に恩返ししようと思ってな…」


「あ?何気色悪いこと言ってんだ?」


「お前のお陰で目が覚めたからよ…くだらねぇ生き方して腐った俺を…そんなことはどうでもいい!」


「んで?安藤の居場所は知ってんのか?」


「あぁ、あいつは…」


マジか…バカやろう…そりゃいくら探しても見つからねぇはずだぜ…あいつ…やってくれるよな…薫…お前は…


「おい、お前ら!もう俺達じゃ間に合わねぇかもしれねぇ…薫の仲間の方に連絡しろ!恐らくあいつらもガセネタに惑わされて迷走してるはずだ!一刻の猶予もねえぞ!」


黒崎が仲間に言った。



「もしもし、え!マジか!わかった、こっちもすぐに駆けつける!任せとけ!」


伝説黒崎の仲間からの電話だ。


「影武者、姉さんの居場所がわかった!今度の情報は確かなはずだ…一刻の猶予もない!急ぐぞ!」


「何!いま重森が危険なのか?」


「かおりちゃんは!かおりちゃんはどこだ!」


「良いからとりあえず向かうぞ!説明は後だ!


天斗達は黒崎達から得た情報をもとに薫がいるらしい場所へと向かう。



剛…ごめんね…私のせいであんたが死んだのに…私だけ幸せになんて…そんな事許されないよね…私だけ幸せになろうとするから…安藤が出てきたんでしょ?忘れちゃいけないよね…剛のことは絶対に忘れちゃ…ごめんね…あの時…やっぱり私も安藤と刺し違えて一緒に死ねば良かったのに…そしたら今ごろ…でも…大丈夫…私も…もうすぐ剛の元へ行くから…薫は力なく歩いている…安藤が待ち構えているその巣窟へと…薫にはもう生きる気力はない。ただひとつ…自分の命の道連れに安藤を刺すことしか頭に無かった。清…ごめんね…あんたは優しいからもっとあんたに相応しい女性が見つかるよ…お母さん…ごめんなさい…出来ることならもっと小山内家の中で幸せな家庭を感じていたかった…でも、あいつが出てきた以上私はこうするしかないの…いっぱい甘えさせてくれてありがとう…凄く幸せだった…お母さんの温もり…あなたのお陰でもう思い残すことはありません…理佳子…兄ちゃん…ごめんね…ほんとにごめんね…そして…ありがとう…



時は遡り…

石田寮…伝説の黒崎と天斗を人違いして理佳子を拐った悪党と佐々木日登美が安藤の所へ訪ねていた。


「ねぇ、安藤さん?あなたは過去に人を刺して少年院に入って、やっと出て来れたんでしょ?さぞあなたを少年院にぶちこんだ人が憎いでしょうね?」


佐々木日登美は安藤に妖艶な目つきで話しかける。


「お前…何が言いたい?」


「もし、あなたがその気なら…私が協力してあげる…安藤さん?もしあのときの当事者の女を殺ってくれるなら向こうの出方全部情報流すわ。それであなたも安心でしょ?」


「お前…何か勘違いしてねーか?俺はやっと仮退院して新鮮な空気吸えるようになったのに…何でわざわざそんなリスク負わなきゃならねーんだよ…


「あなたがその気無くても、向こうはあなたの首取りに来るわよ!ただ黙って殺られるの待つ気?」


石田は佐々木日登美の恐ろしい企みに耳を疑った。そして石田はここで佐々木にくみするふりをしてスパイとして動いていた。



そして後日、ライブハウス会場で薫は安藤の話を聞き一人で会場を出た時だった…薫の目の前に佐々木日登美…天斗に言い寄り薬物を売りさばく用心棒として利用しようとした女が姿を現した。


「あんたは…」


佐々木日登美は神妙な顔をして立っていた。


「重森…さん…」


佐々木日登美は薫に二度と仲間に近づくなとヤキを入れられた女だ。それから佐々木は学校を退学して消息を断っていたのだが…


「何だよ…」


「助けて…お願い…私…私暴力団から脅されて、薬売り付ける売人の手助けしてたでしょ?あなたに怒られて私もうあんなバカな真似止めてまっとうな人間になろうとしたんだけど…一度踏み入れた裏社会でそんな綺麗事は通用しないの…石田居るでしょ?あいつとも組んでやってたんだけど…あいつは一人さっさと抜けちゃって…結局私一人が石田の分まで責任取らされて…お願い…重森さんの力を貸して欲しいの…もう私も抜けたいの…」


薫は今それどころでは無かった。安藤への復讐心で頭がいっぱいだったのだ。


「あんたのそんな言葉を誰が信じる?あんたはどれだけその演技で男達を薬付けにしてきた?」


「重森さん!信じて…私ももう嫌なの…もう…普通の人間に戻りたい…お願い…あなたにしか頼めない…その代わり…あなたの欲しい情報をあげるわ…安藤…あの男を探したいんでしょ?」


薫は佐々木日登美を疑っている。しかし今の薫にはそれが例え罠だったとしても、どうでも良かった。安藤と刺し違えてでも剛の仇が取れるなら…それだけで良かった…


「そう…安藤のこと知ってるんだ…じゃあ、交換条件ってことだね…」


薫はあえてこの佐々木の罠に自ら堕ちていく…



天斗達は黒崎から仕入れた情報に従い安藤が居るであろう場所に到着した。そこはかなり前に倒産した建設関係の会社の倉庫だった。そこの門の鍵は壊されており、安藤の仲間達の溜まり場となっていた。天斗達はその門の前で立ち止まった。


「ここに居るって言ってた…」


「そうか…重森のことが心配だ…でも…あいつ…どうやってここを…」


「わからない…黒崎の話では、わざとデマ流して俺達が安藤に辿り着けないように撹乱してた奴が居ると…」


薫の仲間が言う。


「そして、かおりちゃんだけは何故かここに…もしかして…」


「超能力の類いではないな…」


「く…黒ちゃん…何でいつも俺の心を読めるんだい?やっぱり…黒ちゃん…」


「行くぞ…重森がもう既に安藤って奴と会っているとしたら手遅れかも知れない…」


「かおりちゃん…なんで…あれほどきつく止めたのに…小山内家の娘になりたいって言ってたのに…」


「姉さんの気持ちはわからなくもないよ…目の前で最愛の人を亡くしたんだからな…その当事者が再び現れたとなれば…」


一向は門を開けて敷地内に入って行く。そして倉庫のドアを開けて中に入った瞬間話し声が…


「お前もなかなか肝が座ってるなぁ…たった一人でノコノコ現れやがってよ…」


「お前の姑息なやり方を私は誰より一番知っている…剛のように余計な被害者を出したくないからね…剛はもう…戻らないんだ…お前はその罪の深さを何も理解していない…」


良かった…まだ重森は無事だ…


「……………」


「今日こそ…今日こそ剛の…剛の…」


薫は込み上げてくる悲しみにそれ以上言葉が出てこない。


「前にも言ったはずだ…俺は殺られる前に殺る…刺し違えるなんてそんなヘマはしねぇ!お前は結局無駄死にだ!大人しくしてりゃあいいものを…わざわざ蜂の巣つつきに来るとはな…」


「黙れ!今日がお前の命日だ!」


その時、小山内が大声で叫んだ。


「かおりちゃん!!!」


「清…あんた…何で…」


「かおりちゃん…何で?何でだよ…言ったよなぁ?ウチの娘になりたいって…幸せな家庭に憧れてんだろ?俺の母ちゃんの温もり感じてあんなに幸せそうにしてたのに…何でこんなところで犬死にする気なんだよ!」


「清…」


「俺達を信じろって…仲間信じろって…あれだけ言ったのに…何で!」


「もう…大切な人たちを…失いたくない…」


「重森…それを言うなら俺達にとってもお前は大切な人なんだよ…お前が死ねば…今度は俺達がお前を守れなかった自責の念に押し潰されてお前と同じ不幸を背負うことになる…どうしてそれがわからない?」


天斗が言った。


「………」


「安藤…重森を狙うのはよせ!やっと仮退院出来たんだろ?だったら大人しくしてろ!」


「あぁ?ちょっとそれはおかしくねぇか?まるで俺がこの女つけ狙ってたみたいに言うなよ…」


「なに?」


天斗と小山内が顔を見合わせた。


「俺はこの女が俺に復讐に燃えてるっつーから…こっちも仕方なく臨戦態勢敷いたんじゃねーか…」


「あ?誰がそんな情報を…」


「佐々木日登美だよ!」


やっぱりね…そういうことか…どうりで話が上手すぎると思った。


「かおりちゃん…どういうこと?」


「どうでもいいよ…今日ここで剛の仇が討てるなら…」


「重森…何を言っても届かないようだな…俺達がここに駆けつけた時点でもうお前一人の命では足りないんだぞ?」


「……………」


「重森…無駄死にするな…俺達を信じろ…剛の時のように小山内を悲しませるようなことはよせ!」


「結局俺が命を狙われる状況は変わんねーのな…」


安藤が言った。


人の苦しみや悲しみというのはどこまで行っても当事者にしかわかるものではない。いつだって深い苦しみ、悲しみに打ちひしがれている者は孤独なものだ。同じような境遇、体験をした者にしかわからない辛さというものがある。薫は今正に誰にも理解出来ない程の孤独な感情に陥っている。


「都合良いこと言うな!剛は…剛は…剛…」


「あれはお前を庇って死んだんだろ?お前のせいじゃねぇか?あいつは俺のナイフを交わしたのに、お前が飛びかかって来るから!」


「よせ!それ以上かおりを挑発するな!」


そう言って小山内が安藤に向かって走り出した。


「清!やめてぇ~!」


小山内を止めようと天斗も走り出す!


「お前が悪いに決まってんだろうがぁ~!!!」


小山内が怒鳴りながら安藤に殴りかかった。が、安藤はそれをヒラリと交わし小山内の体勢が崩れる。安藤の仲間が小山内を抑えようと近づいた時、天斗がそれを蹴散らした。


「重森!お前は動くな!剛の仇は俺達が取ってやるから!」


天斗も叫ぶ。


「かおり…そこで見とけ!いいな?俺は絶対死なない…それを今ここで立証して見せるから…そしてお前は前へ進め!」


小山内も必死で薫を止めようとする。


「いつもこうだよ…いつだって俺は加害者扱いだ…みんな寄ってたかって俺を悪者にすんだよ…誰も俺の話を聞いてくれようとしない…いつも…いつだって…」


「何を言ってやがる!てめえは完全に加害者だろが!」


天斗が言った。


「もういい…もうこんなクソみたいな人生どうでもいい!お前らみんなぶっ殺してやる!もうこんなクソみたいな世界うんざりだ!!!」


安藤はポケットからサッとナイフを取り出した。


「かおり…俺は絶対死なない…約束する…だから…お前も二度と俺を悲しませるようなことをするな!わかったか!!!」


「清…」


「ごちゃごちゃうるせぇ~!死ね!」


安藤が小山内にナイフを持った手で切りつける…小山内はそれを交わして拳を繰り出す。しかし安藤もそれを交わした。お互い睨み合って動かない。


「安藤…かおりをこんなに苦しめた罪は重いぞ!」


「……………」


安藤は鬼の形相で小山内を睨み付ける。

小山内が動く…安藤は手をサッと小山内の目に当てて小山内の視界を遮った。その瞬間小山内の腹に安藤の拳…いや…ナイフが突き刺さった…


「いやぁ~ーーーーーーーー!」


薫が耳をつんざくような高い悲鳴を上げる!


「いや…いやいやいやいやいや…何で…何で…」


「うっ…かおり…くる…な………」


「き…きよ…し?」


天斗が安藤に襲いかかる!


「てめぇ!」


安藤が天斗の方へ向いてナイフを振り回す。


「みんな死ねぇ!クソ共が!」


天斗は安藤の腕を抑え素早くナイフを弾き飛ばした。ナイフは回転しながら薫の方へ向かって転がった。そして薫がそのナイフを手に取り…


「安藤~ーーーーーーーー!」


薫がナイフを両手で掴み安藤に向かって走ろうとした!


「来るなぁ~ーーーーーーーー!」


その時小山内が怒声を放った。

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