第8話

学校祭は終わった。

小山内の死んだような顔を見るのはあまりに忍びない…結局重森は学祭が終わってから俺達の前に現れた。俺と小山内と重森の三人で学校を出て歩いている。


「重森ちゃん…どこ行ってたの?」


「………」


重森は相変わらず無表情で歩いている。


「重森ちゃーん、俺じゃダメ~?

さっきの俺の勇姿見たでしょう~?

どんなことがあっても必ず俺が重森ちゃん守るからさ~。」


小山内…この男の中の男に何をそんなに期待してる…お前が思ってるようなか弱い女子でも何でも無いぞ!ほんとに人を地獄に突き落とすようなこわーい女なんだぞ…下手したらお前よりも強いよ…俺は重森をチラッと横目で見た。重森は…俺を睨んでいる!きっと重森の中で…


「お前、俺の秘密バラシたらお前をバラすぞ!」


ひぃーーー!恐ろしい!そういう恐い目してるわ~!俺はすぐに目を逸らした。

重森はずっと無言だ。


「俺さぁ…重森ちゃんのそういう飾らないところが好きなんだよぉ~、そういう女らしからぬ感じが好きなんだよぉ~~」


小山内…だからそういうのは褒め言葉じゃないって…むしろけなしてるとしか思えんぞ!

もう少し言葉勉強しろ!


空は綺麗な夕焼けで俺達の顔を赤く染めている。俺は小山内のことよりしばらく連絡を取ってない理佳子のことが気になってしょうがない。この前重森に言われた言葉が俺の胸を締め付ける…帰ったらあいつにまた電話してみよ…



その日の夜


理佳子は毎日毎日黒崎のことを考えていた。

理佳子はとても一途で純粋なのだ。ただ少し天然なだけだ。

たかと君…さみしい…会いたい…貴方に触れたい…あなたの優しい笑顔を見たい…あなたの頬に触れたい…あなたの声が聞きたい…あなたの…唇…

理佳子は妄想の世界に耽っていた。

清水…俺、実はずっとお前のことが好きだったんだ。お前が欲しい…俺のものになってくれ!

たかと君…私もずっとずっと好きだったの…たかと君が…毎日毎日あなたのことばかり考えて…勉強も手に付かなくて…た…たかと…君?

たかと君が私を優しく抱き寄せて…たかと君の唇が私の唇と重なり合って…私の全身の力が抜けていく…私もたかと君の首に両腕を回して…とろけるような甘いキス…この時間が永遠に続けば良いのに…ちょ…ちょっと待って…たかと君?

たかと君は私をベットに押し倒して…けっこう強引…でも…たかと君の為に私の全てをあげるわ…理佳子はベッドに横たわり自分の手で自分の胸に触れて吐息が漏れる…たかと…君…

その瞬間着信音…ビクッ!

理佳子は妄想から一気に現実に引き戻された。

誰?こんなタイミングで…

理佳子は携帯の画面を覗く…携帯の画面には…本田麻衣、理佳子の親友だった。


「あっ、もしもし?理佳子?」


「うん、麻衣どしたの?」


「あのさ、もうすぐ夏休みじゃない。それで夏休み中にどっかドライブ行かない?」


「ドライブって…麻衣…車運転出来ないじゃん」


「そりゃそうよ!私が運転するわけないじゃん。彼が理佳子も誘ったら?ってさ」


本田麻衣の彼氏は20歳。長身で細身のイケメン。爽やかな笑顔でセダンタイプの車を乗っていたのを覚えている。


「んー…別に予定はないと言うか…まだ何も決まって無いからいいよ」


「ほんとは黒崎君に会いに行きたいんだよねぇー?」


からかい気味に言う。


「そりゃ…会いに行きたいよ…でも…黒崎君の気持ちがよくわかんなくて…」


「何かあったの?」


「何も無いけど…って言うか…誰かにプレゼント選んでたとか選んで無いとか…」


「それって…もしかして理佳子に!?」


「相手が誰かはわかんないよ…でも…一度電話かかってきたけど…なんか相手がわからないから恐くて出れなくて…それでそれっきり連絡無くて…」


「だったら何でかけ直さなかったの?」


「だって…」


「そういうところが理佳子ダメなんだよぉ~。いい?そんなに彼を想ってるならちゃんと掴まえなきゃ!プレゼント買ったから理佳子に電話したのかもしれないじゃん!」


「でも…もしそうじゃなかったら…他の誰かにプレゼント選んだんだとしたら…そんなの嫌だもん…」


はぁ~…理佳子はほんとネガティブ…いつもウジウジして受け身ばかりで、それでいて想いは凄く強いのに…


「いい?そんなことばかり言ってたらほんとに他の誰かに取られちゃうよ?いいの?」


「………」


「それじゃあさ、こうしない?今度私の彼に頼んでダブルデートしよ?」


ダ…ダブルデート…たかと君とデート…夢のような時間…したい…たかと君とデートしたい…

でも…たかと君の気持ちがわからない…


「理佳子?聞いてる?」


「うん…聞いてる…」


「何急に乙女みたいな可愛らしい声出してんのよ」


「………」


「じゃあ彼氏に言っとくから理佳子は必ず黒崎君誘いなよ?わかった?」


「そ…そんなぁ…」


「いいから今から電話して強引に誘いな!いいね!」


「は…はい…」



理佳子~、理佳子~、何でまた話し中なんだよぉ~…何でいつもいつも俺が勇気出してかけると話し中なんだよ…やっぱあれかな?あいつ誰か相手が居るのかな?誰かもう他に男出来ちゃったのかなぁ…理佳子~お前は俺のもんだ~!



理佳子は携帯を握りしめたまま迷っている。

たかと君を…私がデートに…誘う…出来るかな…でも…このままじゃ…ダメだよね…麻衣の言うとおり…たかと君が他の誰かのものになったら…そんなの…絶対いや!私…誰よりもたかと君のことが好きだもん…ずっとずっと…想い続けて来たもん…かけてみようか…あのプレゼントの相手が気になるけど…

と、そのとき…また着信音。理佳子は携帯を握りしめていたから着信とバイブで驚き一瞬跳びはね心臓がスギーンと痛む。握りしめた携帯を自分の胸に押し当て悩んでる。誰だろ?また麻衣から?それとも全然違う人?誰?誰々?

恐る恐る着信の相手を確認する…それは…重森薫だった。

かおり…


「もしもし、かおり」


「理佳?今大丈夫?」


「うん、大丈夫だよ」


「最近たかとから連絡ある?」


「え?無いよ…全然…」


「そっか」


「どうして?」


「んー…ちょっと最近色々あってさ…」


「色々って?」


理佳子の心境は穏やかではない。薫の言葉がずっと引っ掛かっててジェラシーを感じていたからだ。薫はいったい何を言いたいのだろう…



理佳子~!まだ話し中かよ!随分と長電話だなぁ…もうあれから30分経ってるのによぉ~…俺マジで切ねえよぉ…でも、逆の立場になって考えてみると…あいつ…ずっとこの切ない感情を堪えていたってことか…俺には…とても堪えられないな。その想いの重みを…俺はもっと真剣に受け止めてやらなくちゃ、あいつがあんまりにもかわいそうだよな…

そして俺は不屈の闘志で理佳子に電話が繋がるのを待ち続けた。



「理佳…」


「ん?」


「たかと…凄く理佳のことが好きなんだと思うよ…」


理佳子の鼓動が速まる。


「ど…どうしてそう思うの?」


「時々さ、ふと切なそうな表情見せる時があるんだ…たぶん、そういう時って理佳子のことを考えてるんだと思うよ」


「かおり…」


「理佳…夏休みこっちにおいでよ」


「かおり…」


「夏休みにさ、たかとと会える段取り私がしてあげるから会ってちゃんと言いなよ。今のままじゃ宙ぶらりんじゃん…たかともきっと…同じ気持ちだよ…」


「かおり…」


「もし良かったら、ダブルデートしない?」


「え?」


「私もさ…こんな私にも…真剣に好きって言ってくれる奴が居てさ…そいつがまたけっこう男気があってさ、悪い気はしないんだよね」


「そうなんだ…」


私にはわかる。薫との付き合いは長い。薫の中のどこかで何かを隠してる…何かおそらく自分にも気づかないどこかで薫は自分を誤魔化してる。それを私は知りたくない。知ってしまうと…何か歯車が狂いそうな予感がして…


薫との電話を切って理佳子は悩んでいる。麻衣とかおりの誘い…どっちをとるべきだろう…もちろん両方が叶って二回もたかと君とデート出来たらそれこそ嬉しいけど…たかと君を誘うだけでも凄く勇気がいるのに、二回も付き合ってなんて言えない…だって迷惑だったら嫌だし…たかと君だって色々忙しいだろうし…やっぱりどっちか選んでどっちかを断らなきゃ…正直…かおりの誘いは…受けたくない…

私の直感だけど、思い過ごしかもしれないけど…多分…かおり…

また理佳子の携帯に着信…

今日は私の携帯忙しいな…今度は誰だろ?携帯画面を覗き込んだ…

た…たかと君?どうしよう…まだ心の準備も出来てないのに…でも、また電話に出なかったら…今度はちゃんと出ないと…

理佳子は息を整え通話ボタンを


「もしもし…たかと君…」


緊張のあまり声がかすれる。


「あ…もしもし…り…清水か…」


「うん…」


「あの…久しぶり…」


「久しぶり…」


「元気にしてたかな?」


「うん…元気だよ…」


「そか、なんか元気あるようには見えないけど…ってそりゃ電話だから見えないのは当然だけど…」


「フフッ」


「あっ!今お前俺のことバカだと思っただろ!」


「フフッ…思ってないよ」


「あの…さ…り………清水…は…俺のことまだ想ってくれてるかな?」


「……………」


「もしもし?聞こえてるか?」


「うん…」


「俺さ…色々考えてたんだ…清水の気持ち…」


「………うん…」


「俺の姉ちゃんからも聞いたんだけどさ…清水…ずっとずっと俺のこと見ててくれたんだな?」


「……………お姉さん?」


「お…おぅ…たまに姉ちゃんと街で歩いてたら、可愛い女の子が見てたよね?って言われてさ…」


あれ…お姉さんだったんだ…

少し年上な感じの女性の影がずっと気になってた。仲良さそうだったし、どんな関係なのかずっと気になってたけど…あの女性が居たからずっと想いを伝える勇気が出なかったのに…


「フフッ…ずっとずっと見てたよ…ずっとずっと想い続けてきた…」


「あ…ありがとう…でもそれは…過去形か?」


「……………」


女の私にそこまで言わせる気?たかと君から言ってよ…


「清水…いや…理佳子…」


その瞬間理佳子のハートに矢が刺さったような胸の痛みが走った。


「はい…」


「俺と…いや…俺のものになってくれ!」


決めた!決めたぞぉ~!言ってやった!とうとう言ってやった!もう二度とお前を離さないぞぉー!


理佳子は動揺して携帯を落としてしまった!

その瞬間通話を切断してしまった…


「あっ!」


どうしよう…せっかくたかと君あんなストレートに告白してくれたのに…こんな大事なシーンなのに…何でよりによって電話切れちゃうのぉ~?

理佳子は泣きそうになっていた。

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