第3話

「ごはんできたよ~」

 テーブルにカレーやサラダを並べ終えて、わたしは笑顔を作り二人を呼んだ。だが、テレビを見始めていた悠馬は反応しない。何かに夢中になると、声が届かなくなるようだ。

「悠馬~。今日は悠馬の好きなカレーだぞ」

 夫は悠馬の肩に手を置き、注意を引いてから声をかける。はっと気づいた悠馬が、テレビを気にしながらも食卓に着いた。

 テレビに目をやると、悠馬が大好きな歴史ミステリー系の番組だ。テレビを消すと気になって食事どころではなくなるかもしれないと思い、そのまま付けておくことにした。

 カレーを前にすると、悠馬はとりあえずテレビから関心は離れたようだ。

「いただきます!」

 夫が明るく手を合わせると、悠馬もそれに倣った。パクパクとカレーを食べ始めるのを夫はしばらく見ていたが、やがてしみじみと言った。

「でもなあ、カレーが食べられるようになって良かったなあ。…ほんと食べるのが嫌いだったもんな」

「カレーなら野菜も食べるしね」

 わたしも同調した。

 本当に悠馬は食べない子供だった。

 母乳は嫌がったが、ミルクに関しては旺盛すぎるほと飲みたがったのに、離乳食口に関しては全く進まなかった。口に食べ物を入れるのをひどく嫌がったのだ。

 他にも体幹が弱くなかなかお座りができなかったり、目が合いにくかったり、いろいろ気になる面があった悠馬は、乳幼児の検診にはすべて引っかかった。そして三歳になる前には、軽度知的障害を伴う自閉症スペクトラムと診断されたのだった。

「いろいろあったけど、食べないのが一番辛かったもんな」

 夫も昔を思い返していたのだろう。感慨深い表情をしている。

「悠馬、たくさん食べてえらいぞ!」

「うん!」

 …本当にいろいろあったよね。たくさんの辛いことを二人三脚で乗り越えてきたと思ったのに、あなたの心は他の人の方を向いていたの?

 イクメン夫は仮面だったんだね。

 

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満点イクメン夫が子供をダシに浮気した @hanamarusp

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