第2話

「あー、さっぱりした」

 ドライヤーをとめたところで、リビングに入ってきた夫の声がした。だが、わたしはすぐに振り返ることが出来なかった。

「悠馬、はい、おしまいだよー。ごはんにするからね」

 どうにか笑顔を保ちながら、悠馬に話しかける。

 夫はそんなわたしの気持ちの変化には気づかず、いつもと同じ優しい声で言う。

「ママ、部屋を片付けてくれたんだね。いつも大変なんだから、おれたちが出かけてる時ぐらいのんびりしたらいいのに」

 実際夫が褒めてくれる程には、部屋は片付いていない。悠馬がちらかした紙のゴミを片付け、掃除機をかけたが、部屋は全体的に雑然としている。

 それでも、夫はわたしを責めることはしない。特性を持つ悠馬との日々がどんなに大変か、夫はわかってくれているのだ。

 わたしがソファから立ち上がると、今度は夫がそこに座り、ドライヤーをかけ始めた。以前は洗面所で乾かしていた髪を、今は夫もリビングでかけるようになった。洗面所ですると、様子を見に来た悠馬が水で遊びたがるからだ。

 年中になり水へのこだわりは薄れたものの、相変わらずその習慣は続いている。そしてドライヤーをした後は、髪の毛の拾って集めることも忘れない。

 まさに、夫は満点夫なのだ。しかしその優しさは、浮気していることの後ろめたさから来るものだったのだろうか。

 わたしがカレーを温め始める後ろで、夫は悠馬と遊んでいる。途中ささいなことで悠馬が怒りパニックになりかけたが、夫は優しく対応している。

 幸せだったのに…。同じ障害児がいるご家庭では旦那さんの理解がないと嘆くママさんが多く、その愚痴を聞くたびにわたしは夫を誇らしく思っていた。

 まずは確かめなければ。今はグッと我慢だ。

 わたしは唇を噛みしめながら、夕食の準備を続けた。

 


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