第2話

「では改めて説明する」

そう言ってヤニス准将は切り出した。

「まず君も知っている通り、先日、我々人類同盟と精神生命体との間に休戦協定が締結された。この歴史的協定により、もともと人類同盟の版図であった、この領域からここまでの領域も返還される運びとなった」

副司令は宙図を出して人類同盟の領域を指し示した。

「そして、外縁部にあるこのロンディアナ星系も人類同盟に再編入されることになる。しかしながら、休戦こそ締結されたものの、しばらく前までは敵の支配領域であったこの惑星では、現在各勢力が入り乱れ、小規模ながら戦闘が起きている危険な状態だ。ある程度惑星の治安が回復されるまで行政官が派遣されることはないだろう。また協定によって急激に増えた人類同盟星系に対して、統治すべき役人の数も圧倒的に足りていない。さらにそのような情勢の中、中央政府は協定を理由に軍の規模を縮少する方向であるという。今後大規模な戦闘が起こっても対処するのが難しくなる。兵員や艦隊は削減されて、予算は今後の復興や開発に回されるだろう。私自身、戻り次第予備役とされるはずだ」


僕は准将の説明を聞きながら、将官の恩給はいくらくらい貰えるものなのかぼんやりと考えていた。空気も水も綺麗で気候も快適で、中央星域からもさして遠くない惑星で十分に余生を生きる分くらいあるのだろうか?ヤニス副司令官は分からないが、一般的に考えれば、今まで命懸けで戦ってきて将官という地位まで登ったのであろうはずなのだから、そのくらいは貰えるかもしれない。しかし僕はどうだ。これから軍人は大量に辞めされられる可能性が高いらしい。よっぽどの技能を持っていないと、軍人という前職の人間は職からあぶれるかもしれない。だが逆に、今まで戦争に向けられていたエネルギーが復興、建設に注ぎ込まれ、人類領域の拡大に伴って、これからどんどん惑星開発が進むかもしれない。そういった面での人員は求められるはずだ。が、その場合だと、僕の場合は再び一からキャリアを積まないといけなくなる。中尉の僕がもし今辞めたとしても、しばらくは食べていけるだけの恩給はでるだろうが、いつかは次の職をみつけなくてはならない。しかも、前職軍人という人間は余ることになり、競争は激しいだろう。


そんな将来の不安に対して考えていると、准将は僕の考えを見透かしたように、

「だからこの惑星の代理総督という仕事がまわってきて良かったと思うのだがな。君もこのままだと、どうせ軍を辞めなくてはいけなくなるのではないかな?仮に残留できたとしても重要な任務にはつけない。であれば、辺境ではあるが有人惑星を含む星系のトップとして君臨できるのは魅力的なことではないか?どうだね?」

と准将は誘いをかけてきた。


たしかにそれだけをきくと魅力的な誘いだと思わされる。しかし、僕としては先程の副司令官の態度が気にかかる。

「このままでは私の将来は、あまり明るいものではない可能性が高いということは分かりましたが、しかし先程は何故辞令を手早く片付けてしまおうとしたのですか?」


ヤニス副司令官は先程とは変わり、つまりながら

「うむ、そうだな、まぁなんだ‥‥、簡潔に一言で言うなら‥‥、この惑星に居住している者たちは‥‥我々と同じ人類ではないのだ。正確に言えば、人間の遺伝子も持ってはいるが、他の遺伝子も組み込まれた、異なる形質の人類だ。これは先行して地上を偵察した部隊が上げてきた映像だが見てくれ」

そう言って執務室にあるスクリーンをさした。僕はそれを見て釘付けとなった。その中には獣の顔をした直立二足歩行をしている者や、とても人間には似つかないフィクションの世界で怪物と呼ばれそうな何かの生物、また逆にほぼ人類と同じで若干耳などが長い者が数秒ごとに映し出されていた。


「こっ、これは本物なのですか!?」

僕は驚き尋ねた。


「そうだ。情報部でチェックを受けたが、フェイク映像ではない。またすでにこれらの者たちと接触をしており意思疎通もできている。若干の不明な部分はあるものの、彼らは人類共通語を使用している。まぁ、元々この惑星は昔植民され、人類の居留地であったところなので同じ言語が受け継がれていても、それほど不思議はないが‥‥」


ここで准将は言葉を区切り、司令官に目で確認を取った。司令官は頷き、准将は再び話しはじめた。


「それより何故、これらの者たちに我々と同じ人類の遺伝子が入っているのかということだが、もちろん通常の進化でこうなったというわけでない。いくら過酷な環境下で生きていたとしても、例え数万年単位の時間をかけたとしても、ここまでの変異は起こらないはずだ。では何故か。それはこの惑星が我々の敵であった精神生命体にとっての実験工場であったからなのだ。奴らは自らの精神を移植し、操り使用するための素体として、より能力の高い肉体を手に入れるために、人間と他の生物の遺伝子を混ぜ合わせ、次々と異なる形質の人間を開発していたのだ。その結果、精神生命体がこの星系を離れた今、この惑星には残された遺産や領土をめぐり、それぞれの種族が乱立し、各勢力間で紛争が起きている。奴ら精神生命体がこの惑星でどういう管理をしていたかは知らないが、惑星全土に遺伝子改造された人間が居住しているようだ。君にはこれら惑星の住人間の調停役、そしてできれば今後人類同盟へ円滑に参加させられるような基盤づくりを任せたい。しかし、このようなことは特殊な事例で、場合によっては将来的に参入というよりは保護領となる可能性があることも視野に入れてほしい。

どうだろう、なかなかダークな内容だが腰が引けたかね?」


「ええ、まぁ、そうですね。酷い話です。おそらく実験の過程で大量の人々が絶望の中死んでいったのでしょう。許せない悪行です。休戦協定を破棄してでも、再度奴らを叩くべきだと思える程です」


「その気持ちは分かる。だが我々も、自らよりも下等と位置付けた生物を研究室で切り刻むことは日常的にある。奴ら精神生命体もそのような思考で行ったのかもしれん。また人類の血塗られた歴史の中でも、このような蛮行は人類同士で何度も起こっている。我々人類も非難する資格がないとまでは言わないがな。このことは協定代表委員会でも抗議しなくてはならない。だがせっかく訪れた平和を天秤にかけるとなると強くは言えないだろう。それに死んでいった者たちの子孫であろうこの惑星の住人にとっては、悪行であろうが、その行為によって自分たちが産みだされ、既に種として定着している。彼らが自らの異形を嘆き悲しんでいるとしたら、また話は変わってくるかもしれないが、現在の各勢力間の争いは別として、生物的にはそれほど不幸を感じていないのではととらえている。しかし、君が地上に降りてみて調査を始めたら、もしかしたらまた違った見解になるかもしれないがな。

他に質問はあるか?」


「そうですね、では一つ。何故私なのでしょうか?将兵はたくさんいるのに。それこそこれからは余るほどでてくるはず。他に私より適任はいるでしょう?何故ですか?」


「君を選んだのは、そうだな‥‥まず最低限の能力はパスしている。軍歴も問題ない。違反歴もない。性格もまぁ、概ね悪くはないし、差別的な言動も確認されていない。

これからは、例え著しく人間と容貌が異なっていても、その種を尊重して接しなければならないので、この点は重要だ。

あとは君の同僚などからの報告なのだが、ゲームなどを通じて、その類の造詣に深いときいた。そんな君なら、いきなり化け物のような容姿の者に会っても、それほど驚かないのではと思った。あとは‥‥まぁ他の理由もあるが、今はいいだろう。地上に降りて過ごすうちに分かってくるかもしれないが。

事務的な事や小難しい内政は惑星管理AIや副官などの助言を受ければ、とりあえずは問題はないと考えている。ひとまずは、先程言ったように、各勢力の調停をしてもらい、この惑星を一つにまとめてもらいたい。

やってもらえないだろうか?」


それでも他にも候補はいるだろうとは思うし、他の理由とやらも多少気にはなるが、僕は少し心が動かされていた。このまま軍にいても碌な将来が待ってなさそうだということもあるが、多種多様な種族がいるこの惑星で冒険心がくすぐられないはずはない。

「分かりました。代理総督の件、拝命したいと思います。ですが何点か要望があります」


「何だ?」


「では、一つ目ですが‥‥」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る