第2話 仲直りと告白

「こんにちわ」


「こんにちわ」


 お互いが他人行儀な挨拶をしてから、しばらく沈黙が続いた。


 俺は、何かを話したいはずなのに、いざその状況に立ってみると、声が出ない。


「……元気にしてた?」


 その沈黙を破ったのは、神楽來菜だった。


「うん……何とか。そっちは?」


「変わらず元気にしてたよ。それで話って何かな?」


「それは……」


 ここで、言わなかったら後悔する。だから、俺は精一杯の勇気を振り絞った。


「中学の時から今まで、距離を遠ざけてたことについて謝りたかったんだ。本当にごめん!」


「いいよ。たぶん私が、なにか哲也くんに嫌われるようなことをしちゃったんだよね」


「それは断じて違うっ! ただ単に、神楽が、人気者になっていく一方で、俺は、何もかもが普通で、勝手に嫌気がさして、距離を遠ざけたんだ」


 俺は神楽が、勘違いしないために完全に悪くないことを主張した。


「そうだったんだ。私、哲也くんに嫌われてなかったんだね。良かった」


 そう言って、神楽は胸を撫で下ろした。


「ただ、それだけは言いたくて……」


 本当なら仲直りがしたい。


 でも、そんなことをした俺に言えるようなことじゃない。


「じゃあ、仲直りしよう」


 そんな言葉が詰まって情けない俺に神楽は右手を差し出した。


「昔はいつもこうやって仲直りしてたよね」


 そう笑顔で神楽は言った。


 俺はありがとうと心に念じながら、その右手を握った。


 ※※※※※※※※


「昼ごはんは食べた?」


「軽くパン一つだけ。そっちは?」


「どうしても、お腹減っちゃって、急いで食べてきちゃった。だから、少し遅くなったんだ。ごめんね」


 なるほど。ご飯を食べてたから、遅かったのか。納得が行った。


「いや、急に呼んだらそうなるよな。こっちこそごめん」


 俺が謝ると、彼女は「いいよいいよ」と笑顔で告げた。


「そういえば、昼休みだけど戻らなくて大丈夫なのか?」


 神楽は、人気者だから、他の生徒は彼女がいないことを心配するのではないだろうか。


「それなら大丈夫。菊音が何とかしてくれてるから」


「菊音?」


 聞いたことがない名前だ。


赤井菊音あかいきくねだよ。哲也くんも中学校の時から一緒だった」


「ごめん。分からない……」


「え……知らなかったとしても...聞いてないの?菊音、旭君の彼女だよ?」


「嘘だろ!?」


 あいつ彼女なんていたのか。秘密主義なやつだな。まぁ、モテそうだし、当たり前か。


「ふふっ。哲也くんには言いたくなかったのかもね。おしゃべりさんだから」


「う、うるせー」


 そこから、俺たちはお互いの時間を戻すために話をし続けた。


 なんだか、昔を思い出して、時間が経つのを早く感じてしまう。


 気づけば、昼休み終了の10分前だった。


「はぁ。楽しかった。時間経つの早いね。もう昼休みが終わっちゃう」


 神楽は、満足したようにそう呟いた。


「あのさ、今日金曜日だろ。今週末のどっちかどこかに出掛けないか? 仲直りも兼ねて、俺に何かを奢らせてくれ」


 俺は、自然とそう口にしていた。なにか、約束をしないと、もう話せなくなってしまうと勝手に思ったのかもしれない。


「ごめん。それは出来ないかな」


 彼女は下を向いて、返事をした。


「そ、そうだよな。いきなり遊びに誘うのはダメだよな」


「違うの。それは嬉しいんだけど……ね」


 彼女は口を噤んでいた。言いたくないことなのだろうか。


「もし今週が無理だったらさ、何時でも予定会う日言ってくれよ。その時……」


 俺が最後まで言おうとした時、彼女は制止した。


「ごめん。それもできないんだ……」


「なんで……」


「哲也くん、私さ、明日死ぬんだ」


 俺は一体彼女が何を言ったのか理解できなかった。


「明日死ぬ? どういうことだ?」


「DUT病ってしってる?」


「わからない。調べてみる」


 俺は携帯で「DUT病」と調べた。


 すると、載っていたのはこういった内容だった。


 DUT病...正式名称 Destiny Until Today病。3000万人に一人の確率で発症する。


 突然変異で起きるもの。その病気にかかった人は、左手のひらにある線が全て消えるそうだ。


 そして、発症した次の日を待たずして亡くなる。


 だから、Destiny Until Todayの意味である「今日までの命」と付けられている。


 実際に亡くなった人として、日本の有名人の著名が挙げられていた。


 その人も、左手のひらにある線が全て消えていたそうだ。治療法が見つかっていない難病。


 他にも海外で、そのケースで亡くなっている人たちが記事に載っていた。


「嘘だろ……」


「嘘じゃないよ。ほら」


 そうやって、彼女が左手のひらを見せてくる。


 そこには、線がひとつもなかった。


「何かの……間違いだよ。きっと」


 俺は信じたくなくて、そう小さくこぼした。


「もっと、早く哲也くんと仲直りしとけばよかったなぁ。そうしたら、水族館だって、お買い物だって、他にも色んなところに一緒に行けたのに……後悔だけが残っちゃった。明日死ぬなんて突然すぎるよね。神様は意地悪だよね。教えて欲しかったよ」


 彼女の声がどんどん小さくなっていく。


 それと同時に、昼の終わりを告げるチャイムが鳴った。


 俺は神楽にしてあげられることはないだろうか。頭をフル回転させる。


 そして、思いついた案をすぐ述べた。


「だったら、今からでも、できるだけ神楽の行きたいところに全部行こう」


「え?」


「俺が、今日だけで、神楽にとってすげー幸せな一日にしてみせる」


「でも、学校が……」


「そんなことは知らない! 神楽はどうしたいんだ?」


 俺は、先程仲直りの時に神楽がしてくれたように、手を差し伸べた。


「い……行きたい。連れてって」


 神楽は、決心がついたのか、俺の手を握った。


「分かった。行こう」


「あ..ありがとう」


 そうして、階段を一段一段降りていく。そして自分たちのクラスの近くである1Fまで来た。



「カバン取りに教室戻る?」


「お財布と携帯があるから大丈夫」


「俺も、大丈夫だ」


 2人とも教室には戻る必要がなかったので、靴箱まで向かう。


 しかし、俺たちが手を繋いで、走っていたところを、教室の窓から数名の生徒に見つけられたらしい。


 その瞬間ざわめきが起こった。


 不幸にも、1学年のクラスは全て自習だったらしく、教室を出ようとする生徒も少なからずいる。


「なんで、神楽さんが」や、「あの男は誰だ」なんて言葉が響き渡る。


 俺に対する普段聞かない耳障りな言葉に、驚きを隠せず、立ち止まってしまった。その時だった。



「あんまり、うるさくしてると先生来るぞ」


 そう言って1人の生徒が止めに入ってくれた。


 旭悠大だった。


「分からないけど、何かしら覚悟決めたんだな。行ってこいよ」


 悠大はキラキラした笑顔で俺にそう言った。


 そして、彼の後ろから女子生徒もでてくる。


「菊音……」


 神楽が、そう口に漏らしたので、悠大の彼女だということが分かった。


「來菜。行ってきな。ここは私たちが何とかしてあげるから」


「ありがとう」


 自然と俺と神楽の声は重なっていた。


 俺が神楽に、靴箱に向かおうと促そうとした時、悠大がちょっと待てと言って俺に封筒を手渡した。


「哲。何かあったら使え。お返しは、焼肉で勘弁してやる」


「……なんだこれ。でも、ありがとう。俺さ、後悔しないように頑張るよ」


「あぁ。それが一番だ」


 クスッと笑う悠大に俺はそう告げて、後ろを向いた。


 なんていい友達を持ったんだろうと、嬉しさを噛み締めた。


 神楽の方を見てみると、どうやら、赤井さんから、何かを渡されていたらしく、貰ったあとすぐさま、こちらに向かってきた。


「じゃあ、行こうか」


 俺たちは再度手を繋ぎ直して、靴箱に向かった。


 いつの間にか学校を出た時には、周りの声なんて、気にしなくなっていた。


「まず最初どこに行きたい?」


 学校を出てから、少々経って俺が神楽にそう尋ねると、すぐ返事が返ってきた。


「水族館に行きたい……かな」


「だったら、あそこに行こう」

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