01
大陸暦1517年――出会い1
「われこそは! 帝国騎士、バルゼア家が二子、セドナ・バルゼアだ!」
幼い私が、木の枝を天高らかに掲げて、気持ちよさそうに名乗っている。
大陸暦1517年、帝国暦717年。風の月。
寒冷地の帝国に暖かさが訪れた夏期の始め。
帝都内にあるバルゼア家の邸宅。
その自宅の庭で、私は騎士ごっこに勤しんでいた。
右手に持っている木の枝は、庭の木から手頃なものを折って拝借したものだ。
この枝を折った木が、帝国では稀な花を咲かす木だということを知るのは、彼女が来たあとでの話だ。そして父にこっぴどく叱られるのも。
「騎士として! 民を苦しめるお前をせいばいする!」
そんな未来の悲劇も露知らず、幼い私は上機嫌だ。
藍鉄色の長くまっすぐな髪をなびかせながら敵に木の枝を突きつけ、勝ち誇った表情を浮かべている。
「やってみろー騎士ごときに俺は倒せんー」
木の柄を構えて、棒読みで敵役をしてくれているのはバルゼア家の使用人。
名前はオグ。父が三年前に何処からか連れてきた青年だ。彼は口数が少なく大人しい性格ではあったけれど、真面目で面倒見がよく、幼い私の無茶にもよく付き合ってくれていた。
「かくごしろ!」
私は意気込んでそう言うと、敵役のオグに斬りかかった。手加減を知らない子供の容赦ない攻撃を彼は難なく受け流すと、幼い私が見極めやすいよう大きな動作で反撃をした。それを私はしたり顔で防ぎ、再び攻撃に転じる。
そうやって攻防が繰り返される中庭には、カン、カン、カン、と木枝と木棒がぶつかる小気味よい音が鳴り響いた。
私はその光景を、幼い自分の中で見ながら、感慨深い思いに駆られていた。
――何気ない、普通の日だった。
勉強が嫌で部屋を抜け出したことも、オグに付き合ってもらって遊んでいるのも、日常茶飯事の出来事で、特段特別というわけでもない。
本来なら薄れゆく記憶の一つとなる日――でも、私は覚えている。
年齢を重ねるにつれ、色彩を失い朧気になっていく昔の記憶の中で、今日という日は、全く色褪せることなく鮮明に私の中に存在している。
だって、今日は彼女が初めて来る日だから。
それは私の生涯において、かけがえのない、大切な出会いとなるから――。
しばらく私が騎士ごっこに興じていると、
「――セドナ」
と、背後から名を呼ばれた。
その声を聞いただけで、胸が締めつけられるような郷愁を覚えてしまったのは、私の心がその人のいる場所を故郷として認識しているからだろう。それは故郷を、あの人の側を離れたことがない幼い私には、まだ知り得ない感情――。
だから幼い私は、何の気なしに背後へと振り返った。
視界に、庭の戸口と、そこに立つ一人の人間が映る。
長く絹のようにまっすぐな金の髪に、私と同じ薄青の瞳を持つ女性――それは生まれる前から一緒だった、私が帰らなければいけない場所。でも、もう帰ることはできない故郷――。
「お母さま」
そう口にした幼い私は、故郷を懐かしむ今の私とは違い、少しばかりの恐れを感じていた。
もちろん、常日ごろから母に怖さを感じているわけではない。こんな感情を抱くのは叱られるときと、叱られるのが分かっているときぐらいだ。
「また貴女は、お勉強中に部屋を抜け出して」
母はそう言いながら、庭に足を踏み入れた。
夏期の少し強めの日差しが、日陰から現われた母に降り注ぐ。その様子を見て、叱られるということに向いていた幼い私の意識が、流れるように母の髪へと移った。
こちらへと歩いてくる母のまっすぐな金の髪は、風と日の光を浴びて、まるで穏やかな湖面のようにキラキラと輝いている。その光景がとても綺麗で、幼い私はこれから自分に落ちるであろう雷など忘れ去ったかのように、母の金の髪に釘付けになった。
私は金の髪が好きだった。
それは大好きな母が金の髪だったから、という理由では残念ながら無い。
もっと幼いころ、母が読んでくれた一冊の絵本がきっかけだ。
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