前編

プロローグ

大陸暦1527年――尋問


「先日も申し上げた通り、貴女には、帝国軍の捕虜であった星王国せいおうこく軍騎士エルデーン・シャルテの殺害容疑がかけられています」


 星王国せいおうこくの次席尋問官、ケイン・ウルテは手元の調書から視線を上げると、正面を見据えて続けた。


「戦時下での捕虜殺害は調停者が定めた大陸法に違反します。このまま弁明をなさらず戦争が終結してしまえば、我が国は大陸法に基づき、貴女を処刑しなければならない。ですが、疑惑のまま貴女を処することは、我が国としても望むところではありません」


 それは、彼の全くの本意であった。

 対面に座する捕虜、帝国軍騎士である少女はまだ若かった。

 調書によると、歳は十六。

 帝国の士官学校は十六の年に卒業となるため、少女は騎士になってまだ間もない。

 さらにこの戦争は帝国からの侵略により、今年の半ばに突如として始まっている。

 つまりこの少女は、騎士になってわずか数ヶ月で戦場に送られたのだ。

 ケインは目の前の少女を不憫に思った。

 少女がどんな経緯で騎士となり、どんな思いでこの戦争に参加していたのかはまだ分からない。もしかしたら皇帝の政策に心から賛同し、その手で多くの星王国民せいおうこくみんの命を奪っているのかもしれない。

 だとしても、異国の地で命を散らそうとしている若い娘を、そしてこの少女の帰りを待つ家族のことを思うと、ケインは憐れまずにはいられなかった。娘を持つ身としては尚更に。

 出来ることなら救ってやりたい、とケインは思った。

 無実を証明し、命あるまま、家族のもとへと送り返してやりたいと。

 ケインが少女に抱いた感情は、人としても、人の親としても、何一つ間違ってはいなかった。けれど彼は、そんな考えに至った自分を戒めた。


 ――駄目だ。何を考えている。私に与えられた任務は、対象者から真実を聞き出すこと。決して対象者を救うことではない。個人的な感情を持ち込んで、感傷的になるな。余計なことは考えず、目の前の任務に集中しろ。


 ケインは小さく深呼吸をして気持ちを引き締め直すと、改めて少女を見据えた。そして続けて、先日と同じ文言を口にした。


「貴女を捕えたあのとき、何があったのか? どうかお話し願えませんか? セドナ・バルゼア殿」


 少女は、憔悴しきった様子で目を伏せていた。

 その耳にはケインの言葉は届いておらず、虚ろな瞳は、ここではない、何処か遠くを見つめている。


 それは、少女にとって懐かしき日々。

 と初めて出会った、思い出の夏。


 もう戻ってはこない、幸せの記憶だった――。



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