第5話 「力の使い方」
倒れていたレインが起き上がり、こちらに向かってくるのが分かると、人攫いの男はその場で歩みを止めた。
(まだ動ける余力があったのか……? 治癒系
森に、あんなに深くかかっていた霧もすっかり消えてなくなっていた。
冷たい夜風が吹き付ける中、古い教会の前の開けた砂場で二人は再び対峙した。
「手間ぁとらせやがって……てめえには用はねえんだよっ」
挑発的な笑みを浮かべながら男は右手で持っていた大剣を軽々と振り上げると、レインに向かって真っすぐ刺すように向けた。レインは言った。
「そんな事は知っている ……あの少女を狙うのは何故だ! やっぱりお前は人攫いなのか」
「くっ ああ、人攫い様だぁっ」
「このやろう……」
ふざけたやつだ。男は挑発的に大きく胸をそらしながら僕のことを嗤うように言った。
しかし急に人攫いは冷静さを取り戻した。
「だがそれっきりだ これから死ぬ奴にこれ以上教える必要なんかないな もう治癒できないようにその腕、切り離してやるぜ!!」
「そうはいかないっ」
僕は男が大剣を振り下ろすよりも早く懐へと跳び込むと、男の喉元へと鋭い蹴りをお見舞いした。
僕と人攫いの間にはそこそこの伸長差があり、常人が放つ蹴りでは上手く首まで届くことがない距離だったが、僕の体術ならばそれが可能だった。
風のような瞬足で一気に間合いを詰めると、男のすぐ目の前で短く、素早く跳ぶ。そのまま跳躍の勢いが途切れることのない内に、空中で左足の強烈な回し蹴りを放った。
その後、人攫いの反撃から逃れる為に敵の腹をもう一蹴。その反動で身を屈め、空中で後ろ向きに回転しながら距離をとる。それを一瞬の間に行った。
(今の急所への一撃。確実に決まったはずだ。ほとんどの奴はこれで終わってくれるのだけど……)
しかし僕の期待ははずれ、人さらいの男はまだそこに立っていた。しかしだが、わずかによろめいているようで、まったく効果が無いわけでも無さそうだ。
「くっ…… ちッ 不意打ちぐらいで調子にのるなよ」
男は再び
「僕にそのギアは、もう効かない!!!」
僕は大剣から繰り出された斬撃と
男の大剣による連続攻撃を流れるような動きで躱しきると、先ほどと同じく大剣の攻撃が届かない懐まで潜り込み、拳打による激しいラッシュを浴びせた。
「だぁぁアっ!!」
「くぅはっ……」
僕の攻撃をくらい、男は思わず後ずさる。
確かに奴の
しかし、奴が増やせる斬撃が一つ分だけならば、攻撃を躱すことは容易い。ネタさえ割れればもう怖くはないのだ!
「意外とやるな、お前!!!
「いいや、今は素だぜ」
「 なんだと?!」
僕の体術全般は、過去に厳しい修練で身につけたものであった。因みに、剣の方がこの世界では実用的だけど、僕は体術の方が少しだけ出来がよかった。
男は僕の攻撃で揺らいだ体勢を立て直した。準備ができ次第、再び斬りかかってくるかと思い僕は身構えていたが、男は戦いを制止するかのように左手を前に出した。
「くっく! やめよう」
「……は?」
大剣のギアの光が静かに消え、男は剣はを背中のホルダーにしまった。男から戦う意思は感じられず、本当に戦いをやめたように見えるが、それさえブラフの可能性が大いにある。彼はそれほどに手強い相手だった。
僕は警戒を続けながら、男の行動を見守っていた。
「……ミーシャはもういいのか?」
「よくない。 だが時間がかかり過ぎちまったから今日は一旦引く。」
「……おまえ レインとか言ったな? 俺の名はディーンだ。覚えとけ。次会った時は必ず決着をつけてやるぜ」
人さらいの男はそのまま振り向かずに、林の中の闇へと去っていった。
男が去ったのを確認すると僕はその場に倒れるように腰をおろした。そして何度も深く呼吸をした。
「ハーー ……何とか、持ったな」
するとミーシャが僕の方に近づいてきた。そして再び治癒をしてくれたので僕は少し体力が戻った。
「もう大丈夫かな?」
「ああ 多分な……」
もう既にこの近くから消えていたようだった。
僕は立ち上がり人さらいに折られた刀の残骸を拾うと、半分になってしまった刀の柄の方だけをさやにしまった。
それにしてもなんとなく勢いで介入してしまったが、やっぱり面倒な事になった。
変な奴に目をつけられてしまったようだし……。
感情で後先考えずに動いてしまうのは僕の悪い癖だ。しかも、それが中途半端なのが余計悪い。極端でなく曖昧なのが特にだ。
そして最初に人さらいにミーシャを引き渡そうとしたせいで、少しこの場の空気もなんとなく気まずい。
ミーシャもいつまでも自分を見捨てようとした人間といたくないだろう。僕はさっさとこの場を去ることにした。
「あー……、 もういいよな。 じゃっこれで……」
「待って!!!」
「……はい」
ミーシャに呼び止められてレインは心臓に電気が走ったようになった。何を言われるかはだいいたい想像がついていた。
僕が最初から助けていれば、彼女はこんなに怖い思いをしなくて済んだかもしれない。だって、もう少しでさらわれていたのだ。
僕は彼女からの嫌味や憎まれ口を受け取る覚悟をした。
覚悟をしたといっても罵詈雑言の類はこれから言われるだろう、とどんなに身構えていても心は傷つく。
だが僕はそれ程の痛みは与えられても仕方ないだろうと自分で思っていた。それで満足するなら良いと、自分勝手だが罰として受け止めようと思っていた。
「あの、……助けてくれてありがとう!!!」
「え……??」
「私、とっても怖かった。 レインがいなかったら、どうなってた事か……」
「っ…… けどっ! 最初は見捨てた。彼奴に連れ去られるのを見過ごそうとしたんだぞ? それは自分を殺した相手も同然じゃないか。なんでありがとうなんだよ?」
若干、苛つきながら彼女に聞いた。自分だったら許せない。だからきっと裏があると思ったのだ。だが彼女は、さも当然だと言わんばかりに答える。
「違うよ だってレインは、最後に助けてくれたじゃない」
「……」
「私、見捨てられたなんて思ってないよ」
ミーシャは朝日のような眩しい笑顔を見せた。
耐えきれなくて僕はそっぽを向いた。卑屈な考え方しか出来ない自分が恥ずかしかったし、少しだけ悔しかった。
「ねぇ、私もレインの
「……ソーサーズランドにか?」
思いもよらぬ問いに振り向く。
「王都には帰らなくていいのかよ」
「帰るよ。けどこのテレポートギアは座標が固定されてて使えないし」
ミーシャは首飾りになっているギアボックスを指して言った。テレポートが出来ないなら王都には歩いて向かう必要があり、そのためにも僕らの街に一度来て準備をする。妥当な案だった。
「……ランドまでだ」
「やった!」
もうすぐ夜も明ける。
二人は街に向かって歩き出した。
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