第3話 「剣士の微笑」

 

 僕にはミーシャについて気になっていたことがあった。


 それは、この少女が一体どこからどうやって来たのか、ということだ。


 昔この辺りにも人が暮らしていた場所があったらしい。

 しかし今では黒い森全体が魔獣や獣どもの巣窟となっているのだ。 


 そんな場所で女の子が一人だけで居るのは危険すぎだ。どう考えても不自然なのだ。



 このからはソーサーズランドという街が一番近い。僕の住んでる街でもある。


 しかしもしソーサーズランドからやって来たとしても、あの霧で視界の全くない道をこんなフリフリの恰好で歩けるだろうか。


 また彼女の服には、泥や汚れが一切なく街には無い上質な生地で作られているようでもあった。



 そんなことを考えていると、ミーシャは僕に声をかけてきた。


「ねえ、レイン」


「ん、何に?」


「レインはさ、この教会に何をしにきたの? 住んでいるんじゃないんでしょう?」


まだ言うか……ここに住んでるわけないだろ。


冒険者ソーサーって知らない? 僕はその仕事で来たんだ」


僕は採取したシロギリソウの入った入れ物をみせながらそう言った。


「うわっ すごい臭いっ」


ミーシャが鼻をつまみながらとても嫌そうにしていたので僕はすぐにシロギリソウをしまった。


「へえー レインって冒険者ソーサーだったんだ ……冒険者ソーサーて案外ふつうなんだね もっと大きくて強そうな感じの人だと思ってた……」


「悪かったな 期待外れで」


 たしかに僕はミーシャよりも小柄だし、決して強そうには見えないかもしれないが、冒険者ソーサーがみんな大きくて強そうというのは全くの偏見だと、僕は思う。


ミーシャはくすくすと笑いそうになるのをこらえながらこう言った。


「ごめんね わたし ソーサーって見るの初めてだったの だから聞いた話でしか知らなくて」


冒険者ソーサーを見たのは初めて? ……だってソーサーズランドから来たんだろ? あそこは冒険者ソーサーの街だぜ」


「ううん 私は王都の住人だよ」


 王都とはきっとこの大陸の中央に位置する首都ミレヲシャスの事だ。このレムリアルにある中でも大きな力を持つルードルシント第一王国に属する。


「だけど今は街に滞在しているだろ 野宿ではないと思うし、近くに街なんて……他ににないよ」


 ここからソーサーズランドだって距離はあるが、慣れれば半日もかからずにたどり着くことは可能だ。しかしこの国の王都ミレヲシャスまではいくつかの危険域と山脈を越えねばならなかった。


「えっとね、ちがうの……」


 するとミーシャは首からかけていた銀首飾りを外すと、僕にそれを見せてきた。


 輪の先には、まるで天体模型のような幾何学的な形が何個か組みあわさった様な装飾が施してあるアクセサリーが付いていた。


「この首飾りね 《テレスギア》なの これを使ってこの場所にテレポートしたんだ」


「すごいな……まさか、テレポートの零具ギアの使い手だったとはな」


 テレポーターは強力な零具ギア能力だ。それに珍しい力でもあった。

 僕は見せられた彼女の首飾りはじっと観察した。

 

 零具ギアは一般に、強い能力ほど適性のある者は少なくなる。テレポートもその一つだが、もし王都からここまで飛んできたとしたら、そうとう高い適性を持つすごい才能の持ち主に違いない。


 しかし彼女はそれを否定をした。


「ううん わたしの霊力テレスにはテレポートの適性は無いんだ ………多分これ、零械具ギアボックスなんだと思う」


 零械具ギアボックスとは、簡単に言うとギアの機械のことだ。


 複数のギアを組み合わせる事により元の性能と違った新しい能力のギアを生み出す技術で、そのなかに、霊力テレスエネルギーの貯蓄を可能とする、が確かあった。


 その技術が使われていたなら、他の適性者の霊力テレスを貯めておくことで、ミーシャにギアの適性がなくても使えるのだ。



 しかしそれでもテレポートは貴重だ。

 それに僕の記憶によれば、王都にある設置型テレポーターでさえ人間の大人ほどの大きさがあったはずだ。

 

 だからこの話が本当なら、とてもすごい性能の零具ギアだということは間違いないだろう。



 しかしやはり疑問に思う。


「なんでこんな何もない場所に飛んだんだ? それにわざわざギアを使わなくても、王都からなら一方通行だけどソーサーズランドにだってテレポート先はあるだろ」


 ミーシャは答えた。


「ギアに設定されてた座標がなぜかここだっただけなの」 


 そして少し悩む素振りをしてこう続けた。


「実は私、いままで家から出たことがなくて……、それでどうしても外の世界をみてみたかったんだ」


ミーシャはそう言うと外に見える月の方を向いた。どこか遠くの景色を見ているようだった。


「だからね、セバスチャンていう私の家族みたいな人がいるんだけど、その人にお願いしてちょっとだけ外に出してもらったんだ ……だから別に用事はないの」


「……そうか……」


 なるほどな、どうやらいろいろ事情がありそうだ。(イメージは外の世界に憧れてる高貴なお嬢様って感じかな?)

 

 テレポートの零具ギアとか彼女の言ってる事が全て正しいという証拠はどこにも無いが、嘘と言う証拠も無い。


 セバスチャンというのが何者かは分からないけどきっと執事とか付き人みたいな物じゃないか。上流の家にはよくある。


 しかしそうなら何故彼女は一人なんだ? 現に僕みたいな怪しい奴との接触を許してしまっているのは従者失格なんじゃないか?


「ここにはミーシャ一人だけで来たのか?」


「ううん……セバスチャンが先に来てて、待っててくれてるはずだったんだけど……」



 そのとき、僕は背後に何者かの気配を感じた。


「誰だ!」


 振り返ると教会の入口付近に、黒いローブと黒いフードの全身黒ずくめの男が立っていた。体格から大柄な男だと分かったが、顔はフードで隠れて見えない。

 

 また男は背中に、背の丈ほどもある鉄の大剣を背負っていた。その男からは明らかに危険な雰囲気がただよってきており、僕の頭のアホ毛もそれを察してピクピクと左右に動いていた。

 僕は警戒して素早く腰の刀に手をのばした。ミーシャを反対の手で僕の背後に守るように隠した。


「……あれがセバスチャン?」


(ひゅんひゅんひゅんひゅん)


 ミーシャは激しく首を横に振った。そうだろうな。どうみても執事って感じじゃないし……。明らかに一般社会の人間ではないことが雰囲気で分かる。


 フードの男は教会の中までゆったりとした足取りで入って来た。しかし隙はない。

 そしてこちらを一度、にらみつけると突然、上の方の何もない空間にむかって大声で叫んだ。


「うおいっ 話が違うじゃねえか!!! 標的のガキはひとりだって聞いてたぞ!!!」


 少しの間が空き、男の声にこたえるように何処からともなくしわがれた老人のような声が聞こえてきた。

 その声はとても大きな音で建物全体に響く轟音であったが、実際は零具ギアによって遠くから届けられた音声で、教会の範囲の外には音が聞こえないようになっていた。


(「必要なのは女のほうだ。……他はどうでもよいわ」)


「……了解だ」


 男はこちらに向き直った。そして背中の大剣のグリップを右手でつかみ、ゆっくりと抜刀をする。男の剣には剣の刃に沿って剣先から柄のあたりまで二本の深い溝が彫られていた。


「つーことだ。 おぇぇ その女をこっちに渡しやがれっ」


 男は大剣を持ってない方の手を前に突き出し、人差し指でミーシャの方を指し示した。表情は隠れて見えないが、目の前の男が、こちらの動きを一分の隙もなく窺がっているのが分かった。



 ……僕にとってはどちらでもよかった。だってミーシャは、さっき知り合ったばかりの赤の他人なのだから。


 戦ったら今の僕では勝ち目は薄い。 

 それにもしかしたら、ただかなり怪しい見た目というだけで実はセバスチャンとやらの仲間、もしくは本人で、彼女を迎えにきただけなのかもしれない。



 まあ、おそらく だと思うけど……


 黒いローブに黒いフードといえば人攫い。それはこの大陸の常識であった。

 

それはかなり昔から存在して、地域によっては小さな子供に対し、悪い子にしているとさらわれちゃうぞ! と言って聞かせるくらいであった。



 ミーシャは僕の背中に隠れていた。僕にとって彼女がどうなろうとも、どちらでもよかった。それに今は他に人の目もない。


 

 ――だからなるべく手間のかからない選択をすることにした。



 僕の背中に隠れているミーシャを、男の前に晒すように、僕はすっと左によけた。


「……かしこい選択だ」


 すると人攫いの男は、大剣を背中にしまい。背後のミーシャ向かってに真っ直ぐ歩いてきた。



 ……普通はこの場合、助けを求めて泣き叫ぶくらいしてもいい気もする。

 しかし彼女の口は静かに閉ざしたままだった。


 一度見捨てたから僕の事はもう見限っているのだろうか。それとも、ただこの状況に恐怖して、ただ絶望しているのかもしれない。


 男は一歩ずつ、着実にミーシャに近づいていた。後ろめたさも多少は感じていたが、僕はにげるように前だけを見続けていた。


「おらっ こいっ!」


 男はミーシャの腕をつかみ強引に連れていく。



 その時、つい横目でミーシャの方を見てしまった。どうしても我慢できなかった。


 ミーシャは僕の事を見ていた。目と目が合い、その瞳は明らかに助けを求めていた。


 気づくと僕は刀を抜き放っていた。そして男の目の前に、進路を塞ぐように突きだした。


「お前…… どういうつもりだっ!」


 僕は男に背中を向けたまま少しだけ首を回す。そして男の方を見た。

 そのとき、僕の顔には自分のやってしまった事の可笑しさで、謎の笑みができていたと思う。霊力テレスが使えないまま戦うなんて、自殺行為に等しいからだ。


「悪いな、気が変わったんだ。 こういう事は、僕の見てない所でやってくれ」


「てめぇっ…… ふざけやがって!!!」



 人攫いの男はミーシャを掴んでいた手で僕のいない方向へと突き飛ばすと、再び背中の大剣を抜き、そのまま僕に斬りかかってきた。

 僕は時計回りに空宙で身を翻しながら距離をとると刀を下弦へかまえ、僕は人攫いと真っ正面から対峙した。


「邪魔するようなら…… 斬るぜ!?」


 男は鉄の大剣を正眼に構えて殺気を靈力テレスに乗せて放った。わずかに痛覚を伴う空気の塊が一気に押し寄せてくる。それだけでもかなりの使い手だと分かった。


 フードで隠れて表情はみえないけど、奴は物凄い形相でにらんでるに違いない。



 はあ… 面倒なことになってしまった。こういうのは苦手なんだよ……

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