第2話 「月明りのパストラル」
僕がここまで採りにきた解毒の効果のある薬草。それは古い教会の敷地の中、日の当たらない場所にうっそうと茂っていた。
かつてその教会はこの大陸で多くの人に信仰されていた、とある宗教の所有物だったらしい。
しかし、この辺りを魔獣の集団が襲い、人や村は全て無くなってしまった為に、自然と教会も必要とされなくなった。
また、かつてこの教会の石壁は綺麗な純白をしていて、まさに神聖的な雰囲気があったそうだ。
しかし今では建物の半分以上が倒壊してしまっていて、どちらかというと神様よりもお化けや幽霊などの方がお似合いの場所になってしまっていた。
そんなおどろどろしい廃墟で僕は黙々と草むしりをこなす。
薬草の名をシロギリソウといい、白くて小さな花が一つずつ咲いていた。また見た目の可愛らしさに反して強烈な異臭を放つ事が特徴であった。
そして異臭のせいで、この花の採取の仕事はギルド内でもとても人気がなかった。
僕は異臭対策でシロギリソウを採るときには鼻せんをして作業をしたが、それでも頭が痛くなるほどの強い匂いだった。
森の魔獣も、この花の近くにはやってこない。
しばらく作業をして目標の量にあともう少しで到達するといったところで、僕は誰もいないはず教会の中から音が聞こえてくることに気がついた。
「……まさか、野犬達が追ってきた?」
僕は刀に手をのばした。
しかし鼻のいい犬達がシロギリソウのある教会の側まで来ることは、ふつうは考えられない。
僕は注意してその音を聞いた。するとそれは、何らかのメロディーを紡いでいる様に聞こえてきた。
(こんなところに普通は人なんているはずないよな……)
犬では無さそうだったが、近くには墓地もあり、この黒の森の
僕はシロギリソウの採取を急いで終わらせると、壊れた教会の中を確認しに行った。場合によっては、急いでこの場を去る必要がある。
半分壊れた木製の扉をくぐり抜けると、教会の建築独特の天井の高い祈祷の部屋だった場所があった。
正面にはかつてこの教会で信徒たちが祈りを捧げた聖女の像らしい物が見えたが、それも長い間の時間の経過と共に風化し、頭と腕が欠けるなど全体に朽ちてしまっていた。
天井の割れ目から外の月明りが差し込んでいた。
月明りの差し込んだ先には、一つの人影があった。
しかしそれは死者の霊ではなかった。それに彼女が紛れもなく生者であるということは、この教会に入ったときから僕には分かっていた。
彼女の歌声は僕の中の深いところまで届くような、のびのびとしていて、とてもあたたかいものだった。僕は歌に精通しているわけじゃないけど、この歌が死人には出せないものだというのは分かったのだ。
歌詞の内容は僕も故郷の村で聞いた事のあるもので、レムリアルの伝説を謳った少し悲しい叙事詩だった。
僕は近くにあった手頃な柱に背中を預けると、目をつぶりそのまましばらく彼女の歌声に耳を傾けることにした。
その後、突然、歌声がやんだので目を開けると、少女が僕に気が付き、こちらを警戒するように見つめていた。
少女の着ているドレスのような服は、月明りに白く輝き、汚れが一切ないことが分かった。髪と瞳は茶色がかっていて、歳は僕より少し幼いぐらいの人種のようだった。
「ああ………驚かせて悪かったな 僕は気にしないでいいから続きを聞かせてくれよ」
僕はそう伝えるとまた柱によりかかり目を閉じた。
しかしいっこうに歌い始める様子はなく、彼女の足音が自分の方に近づいてくる音が聞こえたので目を開けると、彼女は僕にいつの間にすごく近づいていた。
「もしかして……あなたは、ここに住んでいる人なの?」
「ん? ……いや違うけど」
僕は予想だにしない質問にとまどった。こんな森の中の壊れた教会なんかに、人が住んでいるはずはないだろ。そんなことは誰だって知ってる。
「僕の住処はここから一番近くのソーサーズランドの街さ」
「へぇ、近くにある街かぁー あ、わたしはミーシャ! よろしくね!」
「ん……ああ」
僕は気だるげに返事をした。あまり見知らぬ人間と親しくなりたいとは思わないのだ。
それに彼女の歌はもう聞けそうにないなら、音の主が分かった今、僕がここにいる理由も既にないのだ。
しかし僕が相槌だけで答えると、彼女は眉をひそめた。
「ねえ、違うよ 自己紹介だよっ あなたの名前は?」
そう言って彼女は僕のことをその大きな瞳でじっと見つめてきたので、しぶしぶ僕は名前を明かした。
「レイン……」
「えーと、たしか涙っていう意味だったよね」
「ああ 」
《レイン》の由来もレムリアルの神話から引用されたものらしいが、涙なんて暗い言葉だし僕の子供のころは泣き虫だったからあまり好きじゃなかった。
「ちょっと珍しいけど、とっても素敵な名前だね」
「……そうかな」
「うん! 私、あのお話好きなの!」
自分のレインと言う名前を褒めてくれる人間はそう多くない。なのでそれはとても嬉しかった。
だけど、僕はこのミーシャという少女とこれ以上関わりたくはなかった。
それは僕が近年、人との付き合いをなるべく少なくしようとしてきた、という事もあったが、ミーシャ自身にもおかしいところがいくつかあったからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます