最果てのロストハーフ

カガリ〇

第1話 「はじまりの夢」

 

 一寸先は白い闇。視界は無いに等しい。


 青年は深い霧の立ち込める森の中を進んでいた。


 蒼みを帯びた瞳に綺麗な黒色の髪を持っていて、白いシャツの上から獣の革を鞣して作った黒いジャケットをその上から着ていた。

 そして彼の腰には、一本の刀があった。


 この世界では黒い髪の毛をした人間というのは数が少なかったので、初めて訪れる街ではよくこの頭を物珍しい目で見られた。しかし彼はあまり気にしないようにしていた。



 ――彼は行く手を遮る邪魔な枝を、一つずつ刀で斬り落としながら黙々と進んでいた。


 彼はこの先にある既に使われていない教会の近くに用があった。正確には、その辺りに生えている薬草にだ。


 そこはこの世界に存在する〈霊力テレス〉という力が多くあった。大量の霊力テレスの中で育った薬草は、通常より遥かに強い効能を持つことになるのだ。


 森中を覆っているこの霧にもその霊力テレスの力が関係していた。そのせいで、森には年中深い霧が発生しつづけていた。



 ……僕はここへは冒険者ソーサーの仕事で何度も来ていた。

 だから周りが霧のせいで、真っ白で何も見えなくたって、目的地への道順は頭の中に記憶されていて迷うことは無い。


「そろそろかな……」


 僕はそう呟いた。


 それはまず、この先をもう少し進むと開けた場所に出るだろうということだ。


 案の定、数歩進むと、僕の周囲を包む空気の流る方向が変わったのを感じた。同時に今まで周りにあった行く手を遮る森の木々がなくなって、開けた場所に出たのが分かった。


 この場所はちょうど目的の教会との中間地点に位置していた。広さは家畜の小屋が三つ分といったところか。



 そこで僕は刀を鞘から抜いた。


 実はこの場所は森にいる野犬達にとっての狩場になっていた。

 もうすぐ、たくさんの犬達が僕を襲いにやってくるはずだ……


 僕がギルドの依頼を受け薬草を採りに行く最中には、毎回きまって犬達の襲撃を受ける。しかも森に溢れる大量の霊力テレスを浴びて、野犬達は獰猛さを増していのだ。


 通常、このような危険な生物と戦うときのために、冒険者ソーサーには零具ギアという自身の霊力テレスで発動させて、人知を超えた様々な特殊能力を発揮できる道具というのを扱える必要があった。


 だけど僕は獣に対してこれしか頼りになるものがなかった。僕は剣を握る手に力を込めた。


 この世界は、霊力テレスとその恩恵を受けた超物質である零具ギアの文明といっても過言でないだろう。


 だから、はっきり言ってただの刀だけで戦うなんて、とても原始的な行為だって、他の冒険者ソーサーからも笑われてしまっていたし、僕もそう思う。


 しかし泣き言ばかり言っても仕方ない。霊力テレスが使えない僕にはできる事でなんとかするしかない。



 零具ギアの中には冒険者ソーサーが武器として使うものだけではなく、生活のための道具や、また人が使うだけの道具でなく自然界にあるあらゆるものが零具ギアになった。


 一般に強い霊力テレスの影響を受けて特殊な力を得た物を零具ギアといい、これから採りに行く薬草も、この森の強い霊力テレスに影響され解毒の能力を得た零具ギアというものだった。


 僕は冒険者ソーサーが戦いに使う零具ギアは扱えなかったが、小さな火が出る零具ギアを万が一のため用意していた。



 僕はしばらくの間、野犬達が襲ってくるのを注意しながら待っていた。しかし犬達が現れる様子はいっこうになかった。

 そしてそれどころか、この辺りに生き物の気配が全く感じられないことに気が付いた


 ほとんど霧で見えなかったが、刀を構えたまま首を動かして周りを伺った。そして安全を確認すると、刀を腰の革帯にはさんだ鞘にしまう。


「……気にすることじゃない それに余計な手間が減って助かる」


 野犬は倒すと死体の処理が大変なので殺生はしないのだが、いつも野犬とは刀で戦っていたので、どうしても刃が血でべっとり汚れてしまうのだった。


 刀はよく斬れる刀剣だったが手入れが大変だ。僕はそれがとても煩わしかった。


 冷たい風が頬に吹き付けた。早く仕事を済ませてしまおう。そう思って僕は羽織っていた服を着なおし、歩みを速めた。

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