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先の通り魔の自首以来、テレビも新聞もインターネットも、通り魔の遭遇した幽霊の話題で一杯だった。
心理学的な解析をする者、薬物の症例を上げる者、精神病の可能性を上げる者、そして通り魔が実際幽霊に遭遇したと主張する心霊研究家……。
不可解なことに、ついには、通り魔が幽霊に遭遇した現場を取材するオカルト特番が制作されるまでに至った。
私と冬悟は、番組を逐一確認したが、どれも核心に触れるようなものはなかった。
教方は、テレビには関心がないらしく、私の本棚から引っ張り出した漢籍を読ん
冬悟の方は、最早テレビっ子と化しており、特に時代劇がお気に入りのようである。
『そこまで毎日人が殺されるわけがないだろう』とか『常日頃、そんな立派な身成をしているわけがない』『そんな理由で人を斬ったりはせんぞ』などと文句を付けながら、それでも欠かさずに見ている。一番笑ったのは、某八代将軍が活躍するあの番組だそうだ。
教方は、一度、源平ものの時代劇を見せた所、嫌な顔をしてそっぽを向いてしまった。
そして『知りたいのであれば、俺が話して聞かせる故、あの様な物は見るな』とまで言われた。何が気に入らなかったのだろうか。
取りあえず、8人が犠牲になっていることもあり、通り魔報道は過熱している。
高名な霊能者と、テレビカメラが来て、私が通り魔に遭遇したあの通路を取材していたが、私は仕事以外、極力外出を控えてやり過ごした。
その間、映画館で見損ねたオカルト映画や年末に録画して見ないままになっていた別のオカルト特番を見て暇を潰した。
その間、職場でも言葉数少なく黙々と仕事をして、定時ですぐ帰るようにしていたので、心配した藤野さんが時々電話をかけてきた。
この日電話がかかってきたのも、年末の特番時期に放送していた「年の瀬大掃除!怪奇!大除霊スペシャル」を見ていたタイミングだった。
これで三回目なので淡々と流れるように応答する。
「はいもしもし高村です、今日もお節介ですね藤野さん」
“は~い、どうせお節介ですよ~。日浦さん
「見逃していた「年の瀬大掃除!怪奇!大除霊スペシャル」の録画です」
“あっ、あっ!今、怖いところや!電話越しにも聞こえる!”
「それなら切った方が良いんじゃないですか」
“これ実話元にしてるやつ!そういうのわかるねんから!”
ちょうどテレビ画面の中では、取り憑かれた女性が、除霊を受けている最中だ。
「一応、この部分はドキュメンタリーという触れ込みです」
読経を続ける僧侶の足元でのたうち回る女性は、嗄れた男の声で僧侶を罵る。
かと思えば、老婆の声で「助けて!」と哀願し、幼子の声で泣きじゃくる。
くるくると声が変わり、体は瘧にでもかかったかのように震えている。
番組のナレーションに寄れば、女性の様子が次々と変わっていくのは、取り憑いた悪霊に取り込まれている哀れな霊たちが助けを求めているからなのだという。
悪霊と霊能者の死闘はそのまま一昼夜に及んだ、とナレーターが告げる。
我が家の悪霊コンビ、もとい教方と冬悟は何やら手に汗握った感じで番組を食い入るように見つめている。
テレビから聞こえる経文を読む声が激しく大きくなるが、うちの悪霊に効いているような素振りはない。テレビ越しだと効かないのか。それともうちの居候どもに仏教系の経文は効かないのか。一体どっちだろう。
「こういうの、本当にあるんですかね」
私か尋ねると、電話越しに聞こえていたらしい情報を元に、藤野さんが教えてくれた。
“えっと、例えばこの前うちの職場で暴れてくれた霊なんかは、元々は別々の霊やったのが集まって徒党を組んだようなもんで、高村くんは「七人みさき」って知ってる?”
「四国の妖怪ですね。七人そろって現れる亡霊で、出会った人は高熱を発して死に、七人みさきの列に加わる。すると先にいた一人が成仏する、っていう話ですよね」
“そう。そういう霊はかなり恨みが深いから、成仏するには長い長い時間がかかる。そやから、毒をもって毒を制すの発想で、教方さんと一緒に刀に封印されてはったというわけ。ほんで、君が今見ている番組に出てるようなパターンのも、あるにはあって、そういうのはもう人の形を失って獣みたいになってる”
「今、テレビでもそう言っていました」
“気色の悪いことに、そういうのは他の霊を食うんや。けど、生き物の食事とは違うから、食われた霊は死に切れんまま、悪霊の腹の中で苦しみ、恨みと悲しみを募らせ続けることになる”
「そんな霊、早急にバスターする必要がありますね」
“あのね。君らはね、ゴーストバスターズと違うから。歯牙ない学芸員と未成仏霊ですからね”
テレビ番組は佳境を過ぎた。女性の体から悪霊が離れ、家族の顔にも霊能者の顔にもほっとした色が浮かぶ。
しかし、番組は「祓い切れなかった霊は未だに彷徨いつづている。霊能者の闘いはまだ続くのだ」と不穏さを漂わせて締めくくられる。
私と居候二体、異口同音に発した言葉はひとつだった。
「『見つけ次第斬ろう』」
お茶の間の心がひとつになったところで、受話器の向こうから悲鳴が聞こえてきた。
“今しゃべった?しゃべった?高村くん、霊としゃべった?いやいやいやいや怖い声が聞こえる!やめ…”
うるさいので通話を切った。
今夜はもうきっとかけてこないだろう。
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