冬悟は、不思議な愛嬌がある男だった。

 そして、お気楽というか、江戸時代の武士にしては軽い感じのする、いっそ彰義隊隊士というのが怪しいくらいの奴だ。若い所為もあるのだろうか。

 そして、こいつもまた教方と同様、私の家の家具だの日用品だのに、興味を示した。

 特に、間取りに。

 今まで、冬悟が住み憑いていた大叔父の家は純和風建築だったので、現代日本建築と縁がなかったせいかもしれない。

 ドアを開けたり閉めたり、ソファーに腰掛けてみたり、家中をうろうろしてせわしない。

『高村、ここの部屋は入れぬのか?』

 私の寝室の前で、冬悟が言った。

『そこは秋の寝所だ』

 教方が答える。

 冬悟はますます不思議そうな顔をした。

『寝所?中に、高村の女でもいるのか?』

「テメェ…、私が女でも囲ってるように見えるか!」

 教方が密かに溜息を吐いた。

『……冬悟、秋は女だ』

『何ぃっ!?女ぁっ!?』

 冬悟は、驚きの余り半歩退いた。

『ああ、女だ』

『そうか。道理で……。年の割には声が高すぎると思うた』

 驚きも収まって、冬悟は持ち直したらしい。

 唐突にこう尋ねてきた。

『ときに、高村。年はいくつだ?』

「年?二十四」

 数えで言うべきだったろうか。

『俺の一つ上!?』

 冬悟が、満年齢で考えているとは思えない。

「いや、三つ上」

『今、二十四だと言うたではないか!』

「数えに直すと、二十六」

『……はっ!?……』

「年の数え方が違うんだ。今では、正月じゃなくて、生まれた日が何度巡ってきたかで数えるんだよ」

『そ、そうか……』

「数えで二十三なら、満年齢に直すと二十一か、二十二」

『それにしても、高村が年上だとは思わなかった……』

「どう考えても、お前の方が年上だろ」

 江戸時代の生まれの癖に。

『二十六には、見えぬな』

 教方がしみじみと言った。

 冬悟は軽く落ち込んでいるようだった。

『俺は、十六、七だと思っていた』

「……幼稚な性格で悪かったな」

『そういう意味ではなくてだな、二十六にしては世慣れておらぬと思うただけだ!』

 冬悟はフォローしたつもりのようだが、逆に新たな失言を増やしているということに、気付いているのだろうか。

「最近では二十歳までは、数えだと二十一までは、成人したことにはならないんだよ」

『随分楽な世の中になったのだな』

「世の中が複雑になったから、勉強することが増えたんだ」

 冬悟が顔を歪めた。

『勉強……。俺は嫌いだったな。算術とか』

「残念ながら、算術は必須科目だ。最低でも、九年は勉強させられるし、仕事を得ようと思えば、さらに三年は学ばないと駄目だね」

『死んでいてよかった』

 冬悟は、真顔で言い切ったところをみると、余程数学が嫌いらしい。

『ところで、教方殿はお幾つか?』

『死んだのは、二十七だ』

『今の数え方に直すと幾つになるんだ?』

「二十六かな。生まれた日がまだだと二十五」

『では、二十五だ』

『それでは、俺は二十一か』

 こうして聞いていると、私と年の変わらない連中が集まっているように見えるが、実のところ、教方は1159年、冬悟が恐らく1847年、二人だけを比べてみても、ざっと688年の差がある。

 そこに、私の生まれた年を換算してみたが、私は途中で計算するのをやめた。

 ………考えたくもない……。

 私が遠くへ意識を飛ばしている内に、私の携帯電話の呼び出し音がけたたましく鳴った。

『秋、電話のようだぞ』

「えっ、あ…わかった」

 教方に促されて、電話に出る。

「はい、高村です」

“日浦です。急で悪いけど、今、時間空いてるかしら?”

 スピーカーの向こうから、もう一人の職場の先輩である日浦夏貴の声が聞こえた。

「は、はい!大丈夫です」

 休みの日に日浦さんから電話と言うことは、私が何かとんでもないことをしでかしたのかもしれない、と背中がぞっとした。

 急に直立不動になった私に、冬悟がすぐ傍で言った。

『どうかしたのか?』

 いつの間にか私の真後ろにやってきていた冬悟が、すぐ傍で言った。

“……もしかして来客中だった?”

 やべぇ、日浦さんに聞こえた……。

「いえ、大丈夫です」

“本当にいいの?”

「はい!大丈夫です」

“ありがとう。高村君の声聞いたらほっとしちゃった”

「え、それはよかったです」

 日浦さんは、どことなく落ち込んだ様子だった。

“……ごめんね、急に。こんなことまで相談できるの、高村くんしか思いつかなくて”

「とんでもないです、私で役に立てるのならよろこんで」

 我らが職場の宰相とも言われる日浦さんに頼りにされるなんて、この上ない光栄である。

“ありがとう実はね……、昨晩、友人が事故にあって……。ずっと意識がないって……”

「日浦さん……」

 聞けば、その友人は身寄りがないらしい。

 今は、連絡を受けて病院に急行した帰りだという。

“ほんとにごめん…、混乱してて…。私…、もうどうしたらいいのか……。本当は、仕事のことお願いして、明日は休むのでって、それだけ言おうと思ったんだけど。ごめんね……”

 日浦さんは、かなり動揺しているようだった。

「私は、日浦さんがしてあげたいと思うことをすればいいと思いますよ」

“してあげたいこと…?”

「側についていたいと思うなら、そうした方がいいと思います。明日だけじゃなくて。日浦さんが納得できるまで。ほら、日浦さん、有給だってたくさん残ってるんだから、思い切って全部使ってしまってもいいじゃないですか」

“私が側に……”

「私だったら、目が覚めた時に、日浦さんが付いていてくれたら安心するし、嬉しいです。関西から出てきて、こっちだと一人ですから」

“そう…?”

「そうですよ。仕事の方だったら、心配しないで下さい。藤野さんもいますし。なんだったら、あの人を馬車馬のように扱き使ってやりますから」

“……ありがとう”

 ねえさんは、少し元気を出してくれたようだった。

“頑張ってみることにする。仕事、直近でなんとかしておかないと行けないのは、私のデスクのTODOリストに書いてあるから、メモを見て対応してもらえるかしら?主任にも藤野君にも言っておくから”

「合点承知です」

 颯爽とした日浦さんが戻ってきてくれるまで、私が支えになろうと、そう思った。

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