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「飲むだけ飲んだら、すっきりしたわ~」

 居酒屋を後にする頃には、藤野さんは、いつもの陽気な昼行灯に戻っていた。陰気な昼行灯より多少マシか。

 それぞれ、家の方向が微妙に異なるので、居酒屋を出てすぐの所で解散するのが常である。

 日浦さん達と別れ、家路についた。

 冷たい風が頬を撫でる。風がアルコールで火照った肌に心地よい。

 辺りに人影がないので、私は教方に話しかけた。

「大袖、直ってよかったね」

『歯形が残らなくて安堵している』

 なんだ、結構気にしてたんじゃないか。

 あんまり、ほっとしたような声で言うものだから、ずいぶん可笑しかった。

『嬉しそうだな?』

「おうよ、教方の鎧かっこいいから好きなんだ」

 教方の鎧は、紺糸威の落ち着いた作りだが、兜の吹返や胴の部分の紋様なども、そこらの国宝よりずっと綺麗だと思う。

『そうか』

「そうだ」

 褒められて、気をよくしたのだろう。

『一度、其方も着てみるか?』

と、訊ねてきた。

「重くて無理です…」

 一両で何十キロあると思ってるんだ…。

『様になると思うがな』

 教方は残念そうに呟いた。

「嘘だぁ……」

 177cmはありそうな教方が着るなら様になるだろうが、私みたいなちびっこいのが、大鎧なんか着たら、それこそ鎧が歩いているようにしか見えない。それ以前に、一歩たりとも、動けないに違いない。

『それに、昼間の刀捌きはなかなか堂に入っていた』

「それこそ絶対ないって」

 運動神経が零コンマ以下とか言われたこの私が、武士に褒められたかと思うと、うっかり調子に乗ってしまうじゃないか。 

 ……ああ、「昼間」で思い出した。

 これだけは言っておこうと思っていたのに、仕事が忙しかったのと、酒の勢いとで忘れていた。

「……あのさ…、昼間は助かったよ。……ありがとう」

 礼を言うのがこんなに照れくさいとは、我ながら中学生のようだ。

『元は俺の浅慮から起こった事だ、気にするな』

 教方は、まだ気後れでもするのか、私から視線を逸らした。

「嬉しかったから、礼を言ってんの!」

 教方がわざわざあの神社まで行ったのは、霊があの神域に入れないからだと、藤野さんが、後で感心していた。教方本人が逃げることも出来ないその場所を選んだのは、私が強情を張って、大人しく引き下がろうとしなかったからだ。

 知り合って日も浅いひよっこのために、そこまでしてくれたことが、嬉しかった。

「祝勝会でもすっか、二人で」

 そう言うと、

『まだ飲むのか?』

 意外そうに、教方が訊いた。

「まだ飲めるでしょうが?」

『俺はな』

「んじゃ、決まりだ」

 そうとなったら、秘蔵の一本を開けてしまおう。日本酒だから、教方も気に入ってくれるだろう。きっと生前に飲んだことはないはずだけれど。

 酔いも手伝ってか、なんだか足取りが軽いような気がする。

『秋、俺は其方の所へ来て良かったと思うぞ』

 教方が言った。

『日々、至極愉快だ』

私も最近アンタと居られて楽しいよ、とか、そんな返事を返したような気がする。

その後、夜が白むまで、二人で飲み明かしたので、記憶が不鮮明なのだ。

 しかし、幽霊と一献酌み交わす仲になるというのも悪くないと、二日酔いの頭で、そう思った。

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