動物園

 最近の町の発展は著しい。人口はここ数年であっという間に1万人を突破した。工業・商業ともにバランスよく発展し、公共施設の配置も申し分ない。税収は右肩上がりで、財政もすこぶる健全だ。ついこの間には、新しい動物園まで開業した。

「ねえ、あの新しい動物園気にならない?」

「それな」

「今度の休み、行ってみない?」

サエは正直なところ、動物にはそれほど興味がないし、その日は新作の映画を見に行こうかと思っていた。しかし、こう盛り上がっているところに水を差すのも気が引ける。それに、確かに動物園の開業は町のビッグ・イベントだったし気にならないといえば嘘になる。そんなわけで、(語尾は上げて、決定的な発言になることは避けながらも)同意した。

「うーん、まあ、行ってみようか?」

「じゃあ、決まりね!」

「土曜の朝9時に動物園の入口集合でいい?」

「いいよ」「わかった」


 「動物園の設置は成功だったな」

動物園の設置は周囲の地価を向上させ、さらなる人口増に寄与する(これも攻略情報だ)。しかし、彼にとっての「成功」はそんなことではない。動物園の設置という一大ニュースは町中を駆け巡り、それに関する種々雑多な言説を繁らせていった。


「やったぁ!早く行こうよ!ぼく、ライオンが見たい!」

「あんなもの住宅街の近くに作って、臭いなんかは大丈夫かしら」

「私、動物アレルギーだから行けないし関係ないかな」

「孫と遊ぶいいきっかけかもしれんな」

「どうにか就職先が決まってよかった……」

「この動物園、パンダはいないんだ」

「これでうちの子のペット買え買え攻撃も和らぐかな」

etc. etc. etc.……。


 「あっ!しまった!明後日発表のレポートの資料がまだだったな……。さすがにちょっとハマりすぎだな……」

彼は突然現実に引き戻された。そして、フォレストの方の計算結果を確認しに机を離れた。


 ずいぶん気温が上がったというのに、動物園は混雑していた。オープン記念のイベントもまだやっていたし、まだ来たことのない潜在的な客はまだまだ残っていた。その混雑の中にサエは一人立って友人の到着を待っている。

 よくよく考えたら、もっとゆっくり出てくればよかったかな。私のうちは一番近いんだし、それにあの子、いっつも遅れ気味だし。でも、ついいつもの癖で早めにきちゃうんだよね。

「サエー!ゴメン、待った?」

「ううん、そうでもないよ。あの子は?」

「さっき電話があって、少し遅れるって。先に入ってていいってさ」

やっぱりね。まぁ、いつものことだし、先に見ててもいいか。

「じゃあ、入ってみようか」

「うん」

 二人は、受付でもらった案内図を見て、どこに行くかを考える。

「あっ、これこれ!このカピバラ!これ一度生で見てみたかったんだよねー」

「でも、あとでまた見に来ることになるよ?」

「えっ、ああそっか、じゃあ地味なやつでも見て時間つぶしたほうがいいか」

どうせあの子もカピバラとか見たがるだろうしなぁ。そうだ、確かヘビとかカエルとか絶対ダメなんだっけ。

「ここは?」

「ええー、爬虫類館?いきなり?」

「でもここなら、あとから来ることもないでしょ?ていうか、今しか入れなそう」

「確かにねー。涼しそうだし、いいかな」


 爬虫類館は薄暗く、ひんやりとした空気が静かに流れていた。外の陽光はどこか遠くへ退き、ぼんやりとしたライトがどこか湿っているような感じの鱗を照らしている。

「やっぱり、ヘビってちょっと気持ち悪いなぁ」

「まあ、好き嫌い分かれるよね」

サエはそんなに嫌悪感はなかったが、とりあえず同意とも否定ともとれない言葉を発した。

「あっ、でもこのカエルはちょっとカワイイかも」

そういって指し示されたのは、どこか毒々しい派手な柄の一匹のカエルだった。ビー玉のように丸い目を、ときどきしばたきながらガラス越しにこちらを眇めている。

 あのカエル、何を考えているんだろう。まぁ、カエルだし大したことは考えてないだろうけど。でも、このガラスの檻の中が自然の世界とは違うって分かってるのかな?分かってるなら、多分あまりいい気分はしないだろうな。外にもっと広々した場所があるならきっと見に行きたいだろうし。ただ、知らないなら知らないで考えることもあるのかもしれない。

「確かに目がカワイイ感じかもね」

「えっ、いやこの模様がちょっとお洒落だなと思って」

「そっちかー」


 爬虫類館を出て少し待つと、遅刻者が合流した。

「遅れちゃってゴメン!それで、どこ見に行く?」

遅刻したというのに明らかに一番ウキウキしている。まぁ、しょんぼりされても困るからいいんだけど。

「特に決めてなかったけど、どっか見たいところある?」

「じゃあ、カピバラ!」

「やっぱりね」

「えー、何その反応!」

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