正平の街
「なかなか面白い事になってきたな」
正平は自分が作ったプログラムの出来に感心していた。彼はある街を作って遊んでいた。人口1万人ほどの小さな町。最近一部のマニアで流行している都市シミュレーションゲームを一部手直ししたものだ。もともとは、単純な規則に従って街の発展を促してゆき、その様子を眺めるゲームだ。彼はそこにいわゆるディープラーニングを応用した会話プログラムを組み込んだのだ。人工知能プログラム自体は複雑過ぎて彼には作れない。しかし、優秀なプログラムの雛形はネット上にいくらも転がっているのだ。それらはつい最近になって非常な進歩を遂げた。結果として少々のことではびくともしないくらい自然な会話が生成されるのだ。そうした人工知能達による「会話」が、ソーラーコアの桁外れな並列計算能力によって高速で処理されていく。会話の内容も、町の発展に従って自然に変化していく。正平はそれらの会話を眺めて、楽しんでいるのだ。
「いや、この区画にはコンビニなど必要ない!」
「そんなことはない!ここにはすでに多くの若い家族が越してきている。彼らのような若い力をこの区画に呼び込んでいくには、もっと利便性を高めなくては……」
「うるさい!その若者連中自体が気に食わないんだ!連中の出す騒音と言ったら!そこに深夜まで営業するコンビニなんか加わってみろ。どれだけこの静けさが邪魔されるか!」
侃々諤々の議論の応酬が続く。しかし、双方疲れ果て、結論は先送りとして、ひとまず打ち切られることとなった。
「まったく、あの爺さん連中、この町ができたばかりのときから住んでるだけあって、頭が硬すぎる」
若き商工会議所のリーダーがぼやく。
「大体、町は今急速に発展してるんだ。今こそ積極的に変わろうとしないでどうするんだ。そう思わないか、お前も」
突然、硬い話題を振られた料理中の妻は、思案顔で(正直なところ、問題の細部は知らないし、それほどの関心も寄せてはいないのだが)相槌を打った。
「そうね、みんな年取るとそんな感じなのかしらね」
「俺はああはならんぞ。あんなふうに新しいものを受け入れられなくなったら人間の成長はおしまいだ」
また始まった。どうしてこの人はすぐ話を大きくするのだろう。ちょっと誇大妄想じみていやしないかしら。
「でもお父さん。きっとお父さんも似たようなこと言い出すよ。こないだだって、私が化粧道具がほしいって言ったら、すぐダメだとか言ってたじゃない」
サエは父親の愚痴のスケールが広がりすぎて収集がつかなくなる前に、とぼけたことを言って雰囲気を変えようとした。
「それとこれとは別だろう。大体お前の高校じゃ化粧は禁止じゃないか」
「そんなの誰も守ってないよ」
「誰も守ってなくても、ルールはルールだ。お前が破っていい理由にはならないぞ」
「まあまあ、そんなに怒らなくてもいいじゃない。サエがお洒落に気を使うようになって、私は嬉しいわ。さ、ご飯できたわよ」
「うーん、自然だ。まるで本物の家族の会話だ。とても人工的に生み出されたものとは思えない。チューリングテストなら一発合格に違いないな。」
正平はひとりごちた。彼は自らが作った町を発展させながら(といっても大したことはしていない。ネット上に転がっている攻略情報に沿って進めれば割と簡単に街の規模は大きくなる)、そこに暮らす「バーチャルな」市井の声に耳を傾ける。そこでは、単純なアルゴリズムでは到底生み出せそうもない「リアルな」会話が交わされている。それをPCの画面という天の鏡を通して聞くという出歯亀的な楽しみにふけっていた。
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