新生Don't mind 04 没落

 何もかもが巧く行かない。

 兄弟のように慕っていたジェイに裏切られた。

「俺もアンタのルーズさはよく分かっていたつもりだが……15,000枚銀を滞納は流石にタチが悪すぎだ。

 今すぐ返してやれ。さもないとぶん殴るぞ」

 ジェイの隣、覇気の無い顔で俯く仲間ケインを、メルクリウスは睨み付ける。

「何だよ、もうすぐ返すって言ったじゃんよ。

 つか、信用ねーべ?」

「そう言ってから一月経つよ。僕も生活が苦しいんだ。返してくれ」

 卑怯な事に、ジェイに便乗したケインが、仲間の絆を踏みにじる。

 生活が苦しいって、何だ?

 それは暗に、パーティに仕事が来ない事を批判しているのか。

 水神さまでの敗走以降、パッとした仕事が来なくなったのも、メルクリウスはよく自覚していた。

 だが、エメリィが現れた事自体が予想外だった。

 仲間を誰一人死なせないために撤退を決めた。

 パーティの信用がそれで落ちたとしても。

 なのに。

 何で? 何で? 何で?

「……わかったよ、今返すよ」

 そう言ってメルクリウスは大股で事務所に行くと自分のデスクから15,000枚銀を取り出し、耳を揃えて返済した。

 手持ちの小遣いでも、余裕で返せる額はあった。

 だが何事も、余裕を見ておきたかったのだ。

 いつ、どんな事で余計な金が要るとも知れない。

 その不安を妥協してでも、しっかり返したのだ。

「ありがとよ。助かったよ。信じてもらえなかったのは残念だけど」

「その調子の良い論調、いい加減やめろよ。他に言う事があるだろうが。それも分からないとなると、病気レベルだぞ」

 ジェイが、この上更に責めてくる。

 何でだ? 何で? 言われた通り返しただろうが。

 メアリーも助けてくれない。

 この前の口論をまだ根に持ってやがる。

 先日のBランク狩りで、メルクリウスが大怪我を負った。

 傷はメアリーの回復魔法で即時無かった事に出来たが、戦術の元を正せば彼女の立ち回りに小さな不備があった。

 小さな不備でも、こうした大きな事態を招くのだ。

 魔物駆除は学生サークルの遊びじゃあないんだ。

「おい死ぬかと思ったぜ。居眠りでもしてたのか、ヒーラー様よ。だとしたら、殺人未遂と同じだ。クビにしてやろうか」

 つい、刺々しい言い方になったのは認める。

 メルクリウスは自分を客観視出来る人間だからだ。

 だが、メアリーは簡単に許してはくれない。

 どっちの言い分が正論だ。

 メルクリウスは、今度は表に出ないよう内心で毒づく。

 第一、こう言う苛立ちだって“人間らしさ”だろうが。

 後は恐らく、仲間の一人ローラ・フロストとの事も変に勘繰っているのだろう。

 ローラには、確かに「辛い時は頼ってくれよ。仲間なんだからさ」とは言った。

 だが、限度がある。

 依存心丸出しの躁鬱ごっこでパーティの秩序を乱しやがった挙げ句、恋人気取り。そして、さもメルクリウスに捨てられたようなヒステリーでメアリーにも当たり散らした。

 恩を仇で返すとはこの事だろう。本当はメルクリウスも、ここまで恩着せがましい事は言いたくなかったが。

 やはり、レインが必要だった。

 認めた。彼女が纏めてくれていたから、パーティは回っていたのだ、と。

 探偵・リチャードに頼んで、レインの今居るパーティを特定。接触を試みた。

 だが「顔も見たくない」と抜かしているらしい。先方のリーダーが、薄情に伝達するのみ。

 また、どうもレイン以外にもこのパーティで抜けた連中がそこに合流し、結構な規模に成長したらしい。

 更にそこのリーダーは、メルクリウスが彼女らに悪い事をしたのだと信じ込んでいた様子だ。

 代理人としても、早く話を打ち切りたい気配をひしひしと放っていた。

「謝罪とかいらないそうです。とにかく、あなたの存在自体がもう彼女達を傷つけるんです。

 お互い、一番平和なのは、忘れる事でしょう」

「生まれ変わるさ! 俺もパーティも! 過去は水に流して、未来を見てくれ! 俺はもう水に流した!」

 話にならなかった。

 予定調和すら感じた。

 レインは最初から、メンバーを引き抜くつもりだったのかも知れない。

 これでは“Don't mind”が踏み台扱いだ。

 逆恨みで完全にハメられた。

 もしかしたら、最近の仕事が減った理由もレイン達があること無いこと吹聴しているせいかも知れなかった。

 シュアンから拠点を移す時期なのかも知れなかった。

 国が変われば、きっとがらりと状況が好転する筈だ。

「もう限界だ。俺は抜ける」

 ジェイが一方的に通告した。

「エドワール、お前は?」

 あまつさえ、弟に話を振った。

 恣意的に、脱退しろと言っているようなものだが、

「別に。ボクは不満とかないから現状維持。またどこかで会ったらよろしくねー」

 メルクリウスは、はっと顔を上げた。

 エドワールは、エドワールだけは分かってくれた。

 そうだ。

 血の繋がりなんぞ、何の特権になると言うのか。

 エドワールには、エドワールの自由がある。意思がある。

 しかしその後、一人、また一人と辞めていった。

 何で? 国を移住すれば良くなるのに。

 何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で。

 

 結局。

 残ったのはメアリーとウォルフガング、エドワールだけだった。

 こいつらだけだ。

 真の仲間は。

 メルクリウスは悟った。

 そう言えば以前、リチャードが寄越した情報で「ネベロンでは少数精鋭のパーティ形態が確立されつつある」と言うものがあった。

 もしかしたら、そこに光明があるかも知れなかった。

 ライラにも、今一度接触してみよう。

 また殴られるかもしれないが、回復魔法があれば、殺されない限りどうとでもなる。 

 この状況でも損得関係なしについてきてくれる。そんな仲間を大切にしよう。

 そんな仲間を、見極めよう。

 メルクリウスは、今度こそ、真の再スタートを誓った。

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