第27話 魔法食の弊害

 俺が俺の配置をどうこう決める立場には無いが、フライ准将が何を命じるかは分かっていた。

 引き続き、食堂での調理業務に当たる事。

 ただし、騎士団への魔法ストックを優先した現場体制とする事。

 ミシェールが俺と同じ魔法を得た今、恐らくは二班体制で仕事を進める事になるだろう。

 ただ、ミシェールはどうにも魔法思考の解析が苦手のようだ。回復魔法も“静雷”も、今のところ理解出来ていない。

「ぼくの魔法書を、とりあえず一冊貸してあげるよ。ヒマな時でいいから、少しずつ解析してってね」

 鬼な事を言いながら、ずしりと重いそれを寄越された。

「良いんですか? 一冊でも無くなると准将がいざと言う時に困りますが」

 准将の魔法書が何冊あるのかは誰も知らないが、全部揃っていた方が良いに決まっている。

 いつまた、エメリィがちょっかい掛けてくるかも分からないのだし。

 だが。

「そんなに長くかからないと思うから、かまわないよ。ぼくも食堂で食べてるから、進捗状況も物を食べてなんとなく見ておくし」

 また、無責任な事を言う。

 実際に苦しむのは俺なのだが。

「ミシェールのことも聞いたけど、君の物事を見通す力と言うか分析力は非常にすばらしいよ。

 前にも話したけど、これは魔法とは無関係の、人間性だとか才能だとかだ。

 君ならいずれ、ぼくの計画を実現させられるはずだ」

「末端の従士まで皆、准将の魔法を使えるようにする事ですか」

「いや、さらにその先だね」

 こいつは遠大な計画だな。

 俺の神経からしたら、限定的とは言え准将の魔法を騎士団全体にシェアさせる事自体が正気の沙汰では無い。

「世界征服か何かですか」

「まあ、結果的にはそれも伴うかもしれない」

「はぁ」

「今のうちに教えておくよ。ぼくが当面めざしているのは」

 

「ーー」

 

 それ、は。

 恐らく、この准将に野望など微塵もない。

 むしろ、人類の利益を純粋に追求した結果が、今の話なのだろう。

 俺が冗談めかして言った“世界征服”を実行したとしても、それはあくまでも手段でしかない筈だ。

 その時は間違いなく、どの為政者よりも滅私奉公の善政を敷くだろう。

 だが、それでも。

「申し訳ありませんが、俺は、そこについては協力出来ません。冗談でも口にする事じゃあ無い」

 つい、一人称に地が出てしまった。

「まあ、それが普通の反応だろうね。でも、一応教えておいたからね」

 准将の言葉が、毒のように染み込んで行く。

 害意の無い分、最もタチの悪い毒だ。

 

 

 食堂の新体制、ひいては、俺の本当の仕事が始まってから程なくして。

 その弊害がすぐに現れた。

 まず、ミシェールが辛うじて理解できた“焔槍”などの中級魔法と、俺が担当する回復魔法のシェアから始めた。

 最初に表面化した問題は、戦力の没個性化に対する、一部の騎士の反発だった。

 これは准将が責任を持って窓口になってくれているので、俺達がとやかく言われた事は一度も無かった。

 だが、一人一人が自分の魔法にプライドを持っているのが軍属の常だ。それを「最適解はコレですよ」と渡されても、納得行く筈が無い。

 仮に俺が本当にフライ准将の戦略級魔法をシェア出来るようになったとしたら、マジックアイテムの方が使用者の実力を上回る可能性すらあり、尚更拗れるのが予想される。

 また、魔法食と自分の魔法の傾向が被っている者には、逆の意味で面白くないだろう。

 例えば炎を活用したスタイルの戦闘員は、それが“売り”でもあった筈だから。

 更に言えばヒーラーなどは最もその割を食う事になる。流石にストック制のそれと無制限に使える自前のそれでは比較にならないし、無くなりはしないだろうが、それでも立場は厳しくなりそうだ。

 “彼女”もまたヒーラーであったから、万が一まだ騎士団で生き延びているとするなら、俺の魔法食が“彼女”をお払い箱にしてしまう可能性すらある。

 本当に、それで良いのか。俺自身、そこは迷っている。

 

 そしてこの日、積もりに積もった俺の懸念が、最悪の形で現れてしまった。

 

 俺は二人組の騎士に武器庫へ連れ込まれ、殴る蹴るのリンチを受けていた。

 一発一発が重い。

 内臓を直接ぶん殴られているかのようだ。

 徒手空拳に特化したタイプの前衛でなければ、あり得ない。

 それもその筈。今、俺を執拗にボコしてる騎士は確か“魔闘家”の異名で呼ばれていた。

 武器を持たないカラテと、中級の攻撃魔法を織り交ぜた幅広い戦術を得意としている奴だった。

 魔物のような対少数を相手取る戦いにおいては、中級魔法があれば充分。この思想は、寧ろ俺も同感だ。

 それなら、カラテを研鑽して地力を上げた方がトータル強くなるし、格闘と魔法、双方の弱点を補い合える。

 だが、魔法の厄介な所は、やはり思考の癖に左右されてしまう事だろう。

 一人の人間が何でもかんでも覚えきれない、と言う記憶力と学習時間の限界もあるが、ある魔法を覚えてしまえば、通常は意識がそっちに引っ張られて他の傾向の魔法を覚えづらくなる。

 まして、どんな武器・流派であっても、武術と言うのはそれ用に自分の心を作り替えないと一人前にはなれない。

 そんな中で中級魔法も両立しているこいつは、非常に優秀だった。

「君さぁ、聖堂の女の子をあちこちつまみ食いしてて、あり得ないんだよね」

 一旦、俺を殴る手を止め、粘っこい声で言われる。

「調子乗りすぎ。思い知れよ」

 一際大きな一撃が、俺の腹を打った。肋が何本かやられたのを、音無き音で聴いた。

 その後、回復魔法の光が俺を照らす。

 騎士が、俺の魔法食でストックしたそれで、俺への暴行の証拠を無かった事にした。

 この攻撃性は、典型的なリカバリー症候群の症状だった。

 適正な研修を受けず、無認可で回復魔法を使えば、多くの者がこうなる。それもあって、ヒーラーは国家資格なのだ。

「回復魔法様々だよなぁ」「そうだね」

 奴のなぶるような声に、よく知る男の声が被さり、

 

 騎士の胸から刀が生え、遅れて血が吹き出した。

「ぁ……?」

 いつの間にか乱入してきたテオドールが、返す刃でもう一人の首筋を斬って、血飛沫を上げさせた。

 まずい、流石に死ぬぞ!

 俺はテオドールの目線や仕草を瞬時に頭へ叩き込むと、首を斬られた方に回復魔法を使った。

 テオドールは、心臓を刺された方を治療した。

 致命傷はたちまち無かった事になり、二人とも完治した。

「な、な、何しやがる!」

「回復魔法があれば、何してもチャラ、なんだろう?」

「おま、お前、剣だぞ! いくらなんでもーー」

「知っているかい? カラテの有段者が人を殴った罪は、剣を使ったのと同じだ」

 詭弁だ。

 もしも俺の回復魔法が遅れたら、あるいは、テオドールと回復させる対象がダブっていたなら、どちらかが死んでいた。

 いや。

 恐らくテオドールは、俺が適切な方を回復すると当て込んでいたのだろう。

 俺達二人は、今や、バカ話以外の言葉はそんなに必要の無い関係性になっている。

「僕を訴えてみなよ。君も道連れでクビだ」

 無機質な顔で、テオドールが言った。

 ぞくり、と前にもこいつに感じた怖気が来た。

 白塗りの顔に黒い唇。売れないバンドマンのような顔が、今はとても冷淡に見えた。

「おい、待てよ、こいつ“前科者”のテオドールじゃないか!」

「そんな、こいつがそうなのか!?」

「ああ、そうだ。平気で人を斬る極悪人だよ。

 自分の従士に危害を加えられたら、それは僕がやられた事と同じだと思っている。

 友だちにも伝えておけ。次、こんな事をしたら“前科者”に斬られる、とね」

 テオドールが言い放つと、騎士達は、飽くまでも自主的に去る体で出て行った。

「大丈夫かい」

 いつもの声で言う。

 そして、

「ありがとう」

「何で助けてくれたアンタがそう言うんだ」

「何も訊かないでくれていて」

 前科者、か。

 ミシェールを苛めた奴の中に居なかったのなら、別に殺人の前科があろうと、興味はない。

「じゃあ一つだけ。俺はもう、アンタの従士では無い」

 テオドールは一瞬、面食らった顔をして。

「しまった、そうだった。じゃあ、従士の部分を“友だち”に書き換えておいて。自分の頭の中で」

 本当に、勝手で適当な奴だな。

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