第25話 モーテルにふたり

 ひとまず腕を止血し、ミシェールを見る。

 腰砕けになり、未だに立ち上がれないらしい。

 その下に“水溜まり”があるのに気付いて、俺はすぐに目を逸らした。

 非戦闘員とは言え、魔物の襲撃に巻き込まれる事など初めてでも無かろうに、この怯えようはかなりのものだ。

 いや、先天的な魔法不能者としては、これも珍しくはない。

 俺なんかはまだ“魔法を体感した時期がある”分、魔物がそうそう頻繁に現れるものでは無いと実感できる。

 だがミシェールの場合、生まれてこの方“魔法を体感した事が無い”。

 いつ、また、すぐそこから同じような魔物が出てくるのか。

 そんな事はまずあり得ないと理屈ではわかりながらも、身体がそれを理解しないのだ。

 幼児が、ちょっとした物音をオバケと思って怯える……それをもっと深刻にしたものと思えば近いのだろうか。

 とにかく通信用の“ストーン”を使って、聖堂に報告。

 既に日が落ちかかっているし、帰還を強行すれば、それこそ魔物と再遭遇した時に、俺達は終わる。

 ギルドのモーテルに避難するしか無い。

 また、討伐の事後報告もして、貰えるものは貰っておく。

 Cランク一体とは言え、タダ働きにするのは馬鹿げている。後で聖堂に請求するにしても、右腕の回復で結構な額を取られるだろうし、手持ちの金には余裕を持っておきたい。

「厨房に、もどらないと……厨房に……」

「出来るわけないだろ。それに、今帰っても、アンタは足手まといだ」

 ミシェールに采配だけを訊き、俺はそれも職場へ伝達した。

 こんな状態でも、彼女の指揮は的確だ。残されたメンバーだけで、どうにか回るだろう。

 

 どうにかミシェールを支えながら、俺は部屋を取る。

「二部屋お願いします」

 受付が承諾し、鍵を出そうとするが、

「ぃゃ……」

 俺の腕にしがみつきながら、ミシェールが言う。

「おねがい、今、ひとりにしないで」

 必死に訴えてくるが、自分が何を言っているのかわかっているのか。

「一晩あれば、なんとかするから……おねがい」

 ギルドのモーテルは、正直な所ラブホテルの代わりにされる事も多い。

 魔物との死闘の後は、男も女も性欲が昂りやすい傾向にある。ありきたりな話、文字通り“必死”な魔物戦を生き延びた後と言うのは、本能が繁殖しようとするのだろう。

 丁度、今の俺のような奴が陥りがちな思考だ。

 それが切っ掛けでくっついたり、デキ婚する同業者も多い。

 特に今のミシェールのような、ナーバスな状態の女などは判断力が鈍っているからカモられやすい。

 何処で見たかは忘れたが、パートナーが戦死した直後の女をモーテルに連れ込んでいるような奴さえ居た気がする。

 俺もそう言うシチュエーションを題材にしたポルノのお世話になったり、ダイナーで「即席の恋人が欲しい人」をターゲットにしたプロの一夜を買った事が無いと言えば嘘になる。

 そう言う文化が形成されている場所でもあるので、誤解を招きたくなければ二人きりで連れ立って来る所では無い。

 別々の部屋でさえそうなのだから、一つの部屋で泊まると言うのは“そう言う事”だ。

 恐らく、仮に俺がミシェールを襲っても、彼女は断り切れない。そして後日、それを訴えたとしても、誰も俺を責めないだろう。

 誘ったのは、ミシェールの方なのだから。

 俺は結局、一部屋だけを借りる事にした。

 

 こんな状態の女に欲情出来る程、俺は恥知らずでもアブノーマルでも、そして器用でも無かった。

 とにかく居心地が悪いが、仕方がない。

 で、この女はもぞもぞと俺にくっつきたそうにしている。当然、身体を許したわけでは無いだろう。

 人間にしがみついて居ないと不安で潰れそうなのだが、正面から抱きつくわけにもいかない。かと言って肩を寄せ合うのも躊躇われる。

 俺は取り敢えず、背中を差し出した。

 阿吽の呼吸で、彼女は自分の背中をそれに合わせた。

 まあ、ここが妥協点だろう。

 そして、ぽつりぽつりと話し出した。

「わたし、ずっと不能不能ってみんなからいわれてきて……スクールのときも、みんなが競って“ミシェールが不能な理由”を発表しあってて……赤ちゃんのときに悪いものを食べたから……別れた父親が実は不能で血が穢れてるから……何も……想いが……ないから……」

 最後のは、絞り出すような声だった。

 俺は「顔も名前も知らない有象無象ども」をここまで憎いと思った事は無かった。

 関わりの無い人間を、殺してやりたいと思う程に。

 まずあり得ないが、その中にエリシャやテオドールが居たなら、躊躇い無く明日から縁を切るだろう。

 例え改心していたとしても、だ。

 何でだろうな。

 ここまで“想い”に溢れた、濃いキャラしてる奴の思考が具現化しないのは。

「先生にそれを怒られたら、今度はみんな“ふのう”って言葉をもじったあそびをしだした……祖父の腕枕そふのうでまくらとか財布の裏さいふのうらとか……そういう……生まれてきた意味が……ないって……いわれて……死のうとして……。

 でも、できなかった。いざとなると、死にたくないってあがいてしまった。

 だからわたし、魔法がなくてもできることをしようって……」

 それで、大聖堂の食堂か。

 魔物に対して無防備な魔法不能者であっても、あそこなら騎士団と言う最強の警察機構が守ってくれる。

「けど……料理……結局、不能がしかたなくえらんだ……消去法なんだろうって……そういわれたら……何も言い返せなくて……」

「分かった、もう良い」

 俺は彼女の泣き言を切り捨てた。

「これだけは覚悟して貰う。

 二度と他の魔法起点を選ぶ余地は無くなるかも知れない。

 二度と、自分の作った物しか食えなくなるかも知れない。

 その覚悟は、あるか?」

 大粒の涙を溢れさせたミシェールが、俺の前に回り込んでまじまじと見つめてくる。

「その覚悟があるなら、俺は出来る限りの事をする。

 俺の魔法起点を、アンタに託す」

 俺は既に、何となくだが彼女の問題を掴めた気がしていた。

 それにこの女は、放っておくといずれ悪い男に食われるだろう。あるいは、この前の二人組みたいな奴らに苛め殺される。

 それは、嫌だった。

 彼女の表情にさっと光が射し込み、大きく首肯した。

 ああ、あまり元気を取り戻すとやばいよ。

 それこそ、俺が食べてしまいたくなる誘惑に苛まれてしまう。

 この馬鹿正直に真っ直ぐな面差しが、俺は何だかんだで気に入っているのだろう。

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