第24話 とんかつパフェと人狼襲撃
「なにコレ」
俺の出した物を目の当たりにしたエリシャが、胡乱気な目で訊いてきた。
「とんかつパフェ」
見りゃわかるだろ。
色とりどりの果物と、生クリームと、黄色がかった自家製バニラアイスを惜しげも無く盛り込まれたフルーツパフェに、棒状のカツレツが6本も刺さっているのだから。
「貴方、いつから食べ物をおもちゃにして楽しむようになったの?」
正確には俺では無くてミシェールなんだがな。
しかし、
「おもちゃにして遊ぶ為に、20分も費やす訳が無いだろう」
何しろ、アイスが溶けないように、一度揚げたカツをわざわざ冷まさねばならないのだ。
遊びでこんな事をするか。
「待て、エリシャ君。これは、食べてみる価値がありそうだ。この、かなり薄く作られたカツレツには、何か意味がある!」
早食いの割に意外と鋭い見解を見せるテオドールと、味にうるさい割に了見の狭いエリシャ。このコンビも定番になってきたな。
いや、ほんと今の俺って平和な世界に生きてると思う。
テオドールは相も変わらず命懸けなのだろうが。
それはさておき。
「偏食なんてみっともない事はしないんじゃなかったか?」
「これ、偏食とかそう言う問題じゃなくない!? まあ、出されたものは食べるけど……」
そう言って、エリシャは初っ端からカツを食べた。
自分で煽っておいてなんだが、こいつは無謀か? そんなに怖いなら、普通はパフェの部分から行くだろう。
だが。
「これは……うそ、意外と美味しい!」
「ああ! やはり、カツを極めて薄くする事により、肉料理としてのカツでは無く、通常のパフェでよくあるウエハースとか、ああ言ったスナック感覚の味に寄せてある!
だからゲテモノ感が一切無いばかりか、むしろ衣と肉の香ばしさと程よい旨味・塩味が、他の甘味部分とマッチしているんだ!」
こいつ、俺より味覚が優れているな。
騎士なんて辞めて、うちに来たらどうだろうか。
とにかく、この二人の反応を見るに、このとんかつパフェも成功と見て良さそうだ。
ミシェールとしては、最初は一日10食限定で出して、怖いもの見たさで注文した奴の口コミで、次回の集客への呼び水とする算段らしい。
聖堂からやや離れた郊外に、貸倉庫がある。
食堂で格納し切れない食材を、外部に冷凍保存して貰っているのだが、時には誰かがそれを引き取りに行かねばならない。
そして、業務に聖堂の車両を使う関係上、何かあった場合の責任の所在もあって、パートさんにはやらせられない。
そんなわけで、これまではミシェールが少ない時間の隙を突いてこれをやっていたのだが、今後は俺に一任する事にしたらしい。
一見して体の良い使い走りだが、俺が引き受ける事で、よりミシェールの手が空くのは非常に有意義だろう。
俺としても、片道一時間半の道程は、丁度良い息抜きになる。
とにかく、今日は俺にルートを覚えさせる意味もあってミシェールが助手席でナビをしていた。
それに従い、結構
畑や農場は果てしないが、家屋はこぢんまりとしたものが点々と。
時刻はそろそろ夕暮れ。
何とも心細さを感じる中……車の行く手を阻むように、一人の老人が出てきた。
しばらく待ってみたが、先方の退く気配はない。
俺は仕方なく、老人に苦言を言うべく車から降りて、ミシェールもそれに倣った。
この時、全てを知っていたなら、俺は車でそいつを轢いてでも突っ切っただろう。
一見して、長年、良質なジャガイモだとかトウモロコシを育ててきたであろう、老熟した農夫だった。
老いさらばえた、と言うには引き締まった体つきが、それを物語っている。
だが、癖のある黒毛に顔も手も、全身の肌を覆われた、口腔と顎の長く変形したそいつは。
「こいつは、
人狼。ほか“獣人”。
文字通り、ヒトに中途半端な獣の特徴が備わる魔物。
従来の魔物と大きく異なるのは、無からそれが生まれるのでは無く、ヒトにそれが発現すると言う事。
随意に人が魔物になれるなら、この世はとっくに無茶苦茶になっている。
本来ならあり得ない事だが、認知機能の低下した高齢者には度々見られる症状だ。
また、こうした土地では身寄り無い老人の独り暮らしも珍しくは無く、発見が遅れがちでもある。
今まさに、この地域では条件が揃ってしまっていた。
まだ微かに知性が残っているようで、直ちに飛び掛かって来る事はない。
俺は人狼と目を合わせたまま、ミシェールを背後に庇いながら車の後ろへ回り込む。俺が車内から片手斧と金属棒を取り出し、それぞれ左右の手に持ったのと、奴が走り出したのは同時。
奴は邪魔臭そうに車を叩き払う。片輪が大きく浮いて、車体は地団駄を踏んだ。
「逃げろ、ミシェールッ!」
俺がこれまでに無い怒声を叩き付けると、放心しかけていた彼女はようやく逃げてくれた。
はっきり言って獣人など、スケルトンに毛が生えた、Cランクの雑魚でしかない。上辺だけ真似ようと、ヒトが獣になる事など出来はしない。
だが、リミッターの外れた老農夫なりの
こんな雑魚でも、今の俺には致命的だ。
落ち着け、水神さまよりはマシ……水神さまよりはマシ……。
背後でミシェールがスッ転び、腰が立たなくなったのが見えた。
予想通りだったが、正面から食い止めるしかない。
俺は、片手斧にしては些か肉厚で重い斧を、奴の顔面が来るであろう空間に振りかざした。
命中。湿りと粉砕の入り交じった感覚が
奴の頬が裂け、生暖かい返り血が俺の顔にまで届く。
奴自身の突進の勢いも手伝い、その場で足をもつれさせた。立て直させるものか。
俺は、逆の手に持っていた金属棒を斧頭と連結させた。武器の形態をスイッチさせる為の
くそ、やはり紙一重で躱された。路面を叩いて硬直する俺めがけ、人狼の爪が襲う。無理やり跳びのいて逃れる。寸前まで俺の顔があった空間を、爪が引き裂いた。
やはりだ。この手の戦斧は脳筋御用達の野蛮な武器と言われがちだが、これほどテクニカルな武器は無いと俺は思っている。
全ての攻撃が大振りにならざるを得ないので、当然、魔物の反射神経では隙を曝しまくる事になる。
牽制もしにくいので、なおの事、魔物側からすれば攻め放題のカモになりやすい。
だが、魔法を失った俺は、こいつを主武装にするしか無い。扱いが難しかろうが、殺す手段がゼロになる方が最悪だ。
俺はもう一度、斧を振りかぶった。
些か間合いが遠い。
それを見逃さず、人狼が大きく踏み込んで来た。
俺の振るう斧頭が、にわかに脱落した……ように見えたのは、実は先端にも仕掛けがあった。斧頭と柄は実は鎖で繋がっており、固定されていたそれを離す事で、鞭状になった斧頭が人狼の頭を叩き潰した。
だが、人狼もしぶとい。頭を潰されながらもなお、踏み込むことを止めない。目が潰れていながらも爪を振りかざし、俺の右腕が引き裂かれた。鮮血。神経が断裂してもう動かない。俺にはもう、回復魔法は無い。
「これくらいッ!」
エメリィよりはマシ、エメリィよりはマシだ!
斧を再び柄に納め、延長棒を分離。再び手斧に戻したそれで、人狼の頭をもう一度殴り抜いた。
ピクピク痙攣したあと、人狼は前のめりに倒れた。
念のためもう一度脳天を叩き潰すと、完全に動かなくなった。
俺は斧を投げやりに放り出して、その場にへたり込んだ。
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