第21話 食堂で働く
「えー、本日から、こちらの食堂に配属となりましたアルシ・ヌルミです。何分初めての業種でありますから、至らない点もあるとは思いますが、宜しくお願いします」
ミシェール・コレット以下、従業員達が注目する中、俺は
状況は、今言った通りだ。
俺は執聖騎士団から、無期限で食堂への異動となった。
魔法を失ったと言う事は、魔物の発生源になる事も無くなった事を意味する。
だから、内勤に回す事も可能になったのだろう。
クビにならなかったのは幸いだが、使用者としても魔法不能者にはそうしたメリットがある事も事実だった。
准将からは、最長半年の静養か、食堂への異動かの二択を提示され、後者を選んだ格好だ。
前者であれば、取り敢えず静養中は戦傷手当てで食っていけるが、半年後に魔法が戻らなければ元の木阿弥だ。
こう言う場合、俺は都合の良い可能性の方を除外するようにしている。つまり、もう、魔法は戻らないものとしている。
それより一日も早く食堂の仕事を覚えて、地盤を築いた方が良い。
エリシャには、水神さまとエメリィのダブルパンチを喰らったトラウマで、魔法不能症を患った事にした。
悪いとは思ったが「水神さまのトラウマをひた隠しにした結果、エリシャへの報告が遅れた」体を演じた。
人は、嘘のメッキが剥がれた時、そこから見えたものこそを地肌に見がちなものだ。つまり、嘘に嘘を上塗りした。
俺の言い分を信じたかどうかは……いつもと変わらぬ表情からは読み取れなかった。
俺の後任が見付かるまでは、テオドール一人で対処出来るなりの仕事しか回って来ないだろうと聞かされた。
流石に対魔物の仕事ではないから危険手当てはもう望めないが、基本給が落ちていなかった事に関しては素直に温情を感じた。
そして、准将の部屋を出る直前。
「前にぼくが言ったこと、覚えてる?
魔法を失った今こそ、君は君を知るチャンスかもしれないよ」
また、よくわからん事を言われた。
重ね重ね言うが、俺は別に一端の料理人ではない。
弟に食わせる為にやっていた分、全くやらない奴よりは要領が良いだけ。そして、それがたまたま魔法起点になっていたから、嫌でも自炊しなければならなかっただけだ。
まして、家庭用のキッチンと業務用の厨房では立ち回り方が全く違う。
10人以上の人間が、狭い動線を奪いながら、その瞬間その瞬間で最善手を選び取る。
時に、誰かの最善手が、別の仲間の邪魔になる事すらある。それを一秒未満の世界でどう折り合っていくか。
コミュ障気味な俺には、なかなか難しかった。
やはりと言うか何と言うか、ミシェールに怒られまくった。
俺の一挙一動・一挙手一投足を全て否定された。
だが、それを許したのも初日だけだ。
ミシェールから喰らったダメ出しを全て自分の肉にし、俺と言う存在をこの厨房の一員に作り替える。
二日目、ミシェールに怒られる事はほぼ無くなった。彼女が俺に新しい事をさせようとしたタイミングか、微妙な覚え漏らしか、突発的なアクシデントか、はたまた「最初は手を抜いていたんですか?」といちゃもんを付けられた時くらいだ。
それも、二日目で完全に潰した。
俺がミシェールに延々ビシバシやられる姿を御期待の事だったかも知れないが、これくらい出来なければ魔物駆除の仕事なんて務まるものではない。と言うか、そんな愚図が魔物に手を出せば、通算1000回は死んでいるだろう。
何かもう、先の水神さま討伐に参加した事で、どんな環境でも生きていける自信が付いた。
水神さまよりはマシ……水神さまよりはマシ……こう唱えると、不思議と苦難が苦難で無くなるのだ。
それを思えば、魔物と戦い続けた今までの事にも意味があるのだと思った。
仕事に余裕が出て来ると、ホールの様子にも気を向けられるようになっていた。
以前の俺は、常に自分の魔法食を食っていないと丸腰になってしまうから、食堂を利用した事はほとんど無かった。
騎士団が飲み食いしているのを見るのも初めてだったのだが、やはり色んな奴が居るものだ。
とにかく皆、やたらと仲間に異名を付けたがるものだ。
あそこの人は“歩く
あそこの女騎士は“沈黙の賢者”と呼ばれているらしい。どのくらいのスピードかは知らないが、異例の早さで騎士に任命されたと言う。
しかし“賢者”ってのも御大層な二つ名だ。
その称号は、ネベロン一世の軍師モノレ・モレリの代名詞でもある。
元々魔法医師であった彼は、回復魔法と軍略のみならず、魔法戦術開発からそれこそ糧食の開発まで卓越した才能を見せ、モノレが知らない事象は何一つ無いとすら言われた程だ。
綺麗な白金色のロングヘアーと、すらりとした体つきで、白を基調とした騎士の法衣が良く似合う。遠目から見ても美人なのは明らかだった。
実務有能な上に、女優のようなルックス。これもまたコミックに出てくる人物のようだが、天が二物も三物も与えるのは、意外と珍しくもない事だ。
ああ、今、テオドールが声をかけて即死した。
何と言うか、取り付く島も無いと言う感じだ。
と言うか、身の程知らずにも程がある。本当にバカだな。
そして、連れ立ったエリシャに軽く叩かれている。
やはりと言うか何と言うか、この二人も俺の魔法食が失われてからは食堂を利用する事が増えて、よく仕事中の俺を冷やかしに来る。
なお、こいつらに異名はまだ無い。
沈黙の賢者もさる事ながら、あっちのヒョロガリな騎士も大概だ。
常に下を向き、オドオドした態度から察せられるように社交的ではない。なので同じように社交的とは言い難い俺ともまともに話した事はなくて名前も知らないが、“
水神さまに“
自己肯定感など皆無のような頼りない表情と、ネガティブな事ばかり漏らす、しまらない口。首から下はキレッキレな動きで、魔法毒を帯びた剣を振りかざすその姿は、正直気味が悪いどころでは無かった。
だが、魔法による自己強化の才能が強ければ強いほど、肉体に実負荷が掛かりにくくなる=強い戦士ほど鍛えられる機会が損なわれがちなので、珍しいケースでも無いのだが。
今居る有名どころは、こんな所か。
後は“彼女”が居ないか、ちょくちょく気をかけているのだが……今の所は見掛けていない。
まあ正直、メンタルも弱々しかったし、程なくして脱落したのだろうと思う。
やはり軍属となると人間関係も面倒臭いし、デビューをしくじって、苛め追い出された可能性が高いだろう。
じゃあ、さっきの“黒殺”の人はどうなんだって話だが。
考えたくはないが、死んだ可能性もある。
騎士団での戦死者の情報は任意に閲覧出来るのだが、俺は敢えてそれをしていない。
あっ、テオドールが性懲りもなく別の女騎士にナンパしてる。
茶髪の一部だけをピンクに染めた、長い髪の……ああ、この人も異名しかわからん。
確か“
おお、でも今度は良い返事が貰えたみたいだ。
さっさとエリシャに別れを告げると、連れ立って食堂から出ていった。
しかし待てよ。
死炎の抱擁って確か、戦闘スタイルの事だけで無くてーーああ、思い出した。
テオドールの奴、大丈夫かな。明日の仕事に支障が無ければ良いが。
とにかく、俺の新生活は殺し合いから離れた、平和なものになりそうだった。
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