第20話 今さら評価されても遅い

 大体察しがつくとは思うが、現状で魔法不能症に有効な治療法は存在しない。

 強いて言えば“ストレス因子”から一定期間離れて静養する事くらいなのだが……そもそも俺は、何もメンタル的なストレスは感じていなかったのだ。(緊張感、使命感的なプレッシャーなどの、必要なストレスは人並みにかかっていたとは思うが)

 病巣が存在しない以上、切除して治療する事は出来ない。

 また、例えエメリィ・ロスその人であったとしても、存在しない敵を殺す事など出来はしない。

 確かに、俺が思い出したあの日の出来事は当時こそショックだったし、封印していたとは言えトラウマでもあった。

 だが、それから時間が経ちすぎていた。

 恐らく、あの時の俺にもエリシャにも、誰にもどうする事も出来なかったと言う事を、今は納得出来ている。

 ただただ、あの瞬間に刻まれた、無意識下での“思考の癖”が、魔法を編む事を拒否している。

 また、俺のような“魔法性の記憶障害”は、それほど珍しくなかった。自分の中の魔法が、魔法を存続する為に引き起こす防衛本能だったのだ。今にして思えば、この程度の事は気付くべきだった。

 もっとも、気付いたとして回避できたかは……定かではないが。

 ……取り敢えず、ここまでの事が分かる段階までは精神科医に診て貰った。

 テオドールには直ちに報告。休暇を貰った。

 元より、出撃も毎日あるわけではないのだが、いつ緊急事態があるとも知れない。報告はやはり、早い方が良いだろう。

 エリシャには知らせないよう口止めしておいた。

 それでも、悟られないだろうか。それが心配だった。

 彼女も手が空いた時間には、デートに誘ったり誘われたりした。

 あれ以降、彼女の表向きの態度には変化はなく、友達と出掛けるくらいのノリだった。

 はじめに誘った時、一度キスしたくらいで彼氏ヅラしないで、とくらい言われるかと思ったが、それは杞憂だった。

 彼女も大人だ。デートが直ちに交際とは結び付かない事を分かっているのだろう。

 それ故に“デート”ってファジーな言葉は、都合の良いキープに悪用される事もあるんだよなぁ。いつ、何処で見たかは忘れたが、そんな光景も見た覚えがある。

 実際、手を繋ぐわけでも腕を組むわけでも無く、日没前の健全な時間には解散しているし、あれ以降は一度も唇を重ねてはいない。

 これ以上、迂闊に心的距離を詰めない方が良いとは思う。

 だが、やはり色々な意味で自分の目の届く所に居てくれないと、不安を感じるのかも知れなかった。

 それもそれで良くない動機だと、分かってはいるが。

 俺はもう、テオドールのパーティでは活動できない。

 魔法不能症そのものの事は、遠からずエリシャにも告白しなければならなかった。

 

 そして、フライ准将から呼び出しを受けた。

「あぁ、来たね。この前はおつかれさま。いや、ホントにつかれたよね」

 挨拶もそこそこに、准将は俺を労い(?)いつかのように、テキトーな椅子を勧めてくれた。

「今日は別に、ただちに君のなにかが変わる話ではないんだけど」

 前回もそんな事を言ってたな。

「この前の水神さまの任務では、君自身よくやってくれたよ」

「恐れ入ります」

「ただそれ以上に、君の魔法食で非殺傷型の攻撃魔法を騎士団全体で共有可能となったのが、大きな功績だと思っているんだ」

「はぁ」

「“静雷せいらい”ほか、君が料理した二種の非殺傷攻撃魔法のお陰で、我々騎士団はほとんど民間人を死なせずに済んだ」

 魔法の形が人の数だけ千差万別であるこの世の中、この前のような紛争地帯で、殺さずに制圧する事は極めて難しい。

 民間パーティであれば正当防衛が認められるので、容赦なく殺してしまう事もあろう。

 だが、公僕である騎士団では、民間人を殺してはならないばかりに手加減を余儀無くされ、逆に殺されてしまう事件も相当数起きている。

 確かに、問答無用、かつ、命を奪わずに無力化出来る、これらの魔法は強力だ。俺も今回、身に染みて感じた。

 だが。

「他のマジックアイテム型の魔術師にも、あれらの魔法を教えて、それを騎士団の標準装備としては?」

 マジックアイテムを作るのは、何もこの世で俺だけではない。むしろ、掃いて捨てるほど居る。

 第一、消費型の俺にやらせる必要は無い。

 静雷などの仕組みであれば、武器とかに充分付与可能だろう。

 だが、

「それが、できないんだよ」

「何故ですか」

「君にあげた魔法書、他に理解できる人がいないんだ」

 だから、何でだよ。

 あんなチラシの裏の落書きみたいなの。

「もしかして、チラシの裏の落書きくらいに思っていたかも知れないけど、静雷からして、下手な攻撃魔法より教えにくいんだよ。

 あの不要紙程度におさまりきる魔法思考って裏を返せば“そうとしか説明の手だてがない”のであって、決して簡単なものではなかった。

 むしろ、長い記述を根気よく理解すれば済むような戦略級落雷だとか核融合爆発だとかの、ああいうやつの方が教える分には楽なんだ。表現し放題だからね。

 小説とかマンガを書くとして、内容の短い短編の方が要点をつかんだり表現の取捨選択がかえって難しいようなもんかな? って、わかりにくいか」

 何もかも意味がわからん。

 だから、アンタの言う“楽”は、常人にとっての“無理”なんだっての。

 そして、静雷+二種の魔法については、現実に俺でも解析できたじゃないか。

「まさか、静雷のほかにも教えろって来るなんて、予想外だったんだよ」

 どうにも話が噛み合わないな。

 まあ、IQがちょっと違うだけでまともな会話は成立しなくなると言うし、俺ごときの凡人では彼のような才人とまともに話をする事もままならない。と言うだけの事だろう。

「とにかく、今、重要なのは君が成し遂げた事実だけだ。君の魔法食を騎士団の糧食にすれば、みんなにぼくの魔法を標準装備させられるかもしれない」

 ほら、頭のおかしい誇大妄想をぶち上げ出した。

 それは、末端の騎士・従士を、皆フライ准将にすると言う事か?

 俺が今から必死こいて、1000ある彼の魔法の何か一つでも掴めたなら、あるいは可能だったかも知れない。

 やっぱり、不可能かもしれない。

 よしんば成功したとして、その先に何が待っている?

 俺は、エリシャとの昔の出来事が、(俺個人にとっては)一概に悪い事では無かったと考えている。

 他人に、付け焼き刃の魔力を与える事の責任。

 俺が作ったもので、人が死ぬかも知れない重み。

 結果的にあいつは、俺の魔法にとって一番大切な事を教えてくれた事になる。

 この人は、やはりイカれている。

 いや、ある意味で正常そのものなのかも知れない。

 ただ、正常な人間が、不釣り合いな力を持ってしまった歪みなのか。

 三重無詠唱で戦略規模の魔法を乱発する事と、ただ息をする事の労力が同じ。

 深遠なる智から成る秘伝の魔法も、この人にとっては包丁だったり鍋だったりの“器具”でしかないのだろう。

 そりゃ、ただの道具なら、大勢の人に持たせた方が効率も良いだろう。料理だって、人手が多いに越したことはない。

 そしてまあ、彼の話に呑まれて一番大事な事実を忘れかけていた。

 この人、きっとまだ知らないんだよな。

「申し訳ありませんが、自分は今、魔法不能症となっております」

 はい、ここでネタばらし。

「……え?」

 稀代の天才は、俺が予想した通りの間抜け面になった。

 エリシャにさえ伏せていてくれれば良かったものを、テオドールの奴は律儀に上への報告も控えていたようだ。

 とにかく、フライ准将の盛大な計画はここで頓挫したわけだ。

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