第16話 異教徒蜂起と水神さま3

 鉛色の曇天、鋼色の海原を遠景に、俺達を含む何台もの騎士団車両が六車線のトヘア・ハイウェイを疾走する。

 遠くの上空・・で、目的の“魚影”が縦横無尽に泳ぎ回っている。

 それに追従するかのように、水柱が何本も荒れ狂い、地表を度々洗い流している。

 おお……信者どもに言わせれば、あれが創世の洪水だったりするのかな?

 時折、ここに居ても目を潰されそうな光量で自己発光している。何か、光学的な魔法でもぶっぱなされてるのかなぁ。神の御威光に直面し、無神論者の俺でも涙が出そうだよ。

 もはや、エラ呼吸がどうのとか、言うだけ野暮なのだろう。奴が魚類でなければいけない理由が、俺にはもう分からない。

 俺達、今からあそこに行くんだぜ? 生身で。

 しかし、少し後の絶望について考えるにはまだ早かった。

《6、7、8台……かな。敵の車両、仕掛けてきます!》

 エリシャが予言した通り、後方から車種多様な一団が追い掛けてくる。

 いよいよ、水神さまを害しようと言うネベロン野郎に鉄槌を下す、聖戦の勇者達がお出ましだ。

 一般車両で騎士団のそれに張り合おうとは良い度胸だが……官軍である俺達には基本“相手を殺せない”と言う最悪のハンデがある。

 車と武器と魔法が入り乱れる戦場で“誰一人殺すな”とは狂気の沙汰としか思えないが、万国共通、警察組織の重すぎる宿命である。

 とにかく、

「テオドール、一生のお願いだ!」

「了解した!」

 ほんと、どっちが上司なんだろうな、コレ。

 敵の先発隊と思われる一台が、俺の運転する車にくっついて来たのを見計らい、俺達は打ち合わせ通りに動く。

 全力疾走している車のドアを無遠慮に開け放ったテオドールは、意気揚々と敵車両の屋根に跳び乗った。

 元は地元の漁師であろう、褐色肌のいい男達も、それに対応して車内から、執聖騎士と言う名の超人を払いのけようとするが。

 お生憎様、うちのパーティは変則的でね。

 リーダーそいつが囮になる事の方が、どちらかと言うと多いんだよ。

静雷せいらい!」

 俺は車を操舵しながら、敵の運転手目掛けて手を翳した。

 青白い雷光が、糸のように絡み合ってターゲットを撃ち抜く。

 敵の運転手はにわかに上体を痙攣させると、にわかに虚脱して運転を放棄した。

 果たして、フライ准将に読まされた魔法書通りだった。

 これも電撃・雷に属する攻撃魔法ではあるが、非殺傷を突き詰めたものだ。

 ジュール熱による破壊ではなく、被弾者の脳波を瞬時にカットし、同時に筋肉を弛緩させて無力化する。

 運転手が脱け殻となった車両は蛇のようにハイウェイをのたうち、やがて滑るように横転、路肩に激突した。

 魔法による自己強化も極まったこのご時世、屈強な海の男が交通事故程度で大事に至る心配は無いだろう。

《2キロメートル先、敵の車両が多数、道を封鎖しています!》

 エリシャは慌てているが、俺達にすれば織り込み済みだ。

 そりゃ、水神さまを守りたい立場なら、俺だってそうする。

 テオドールは次の車両に跳び移り、強かに屋根をぶん殴っている。

 魔剣“四面楚歌”の複写斬打に乱打された車はハンドル操作を失い、これもハイウェイの柵をぶち破って退場した。

 テオドールは勿論、それと心中するより先に、路面へ着地。間髪入れずに次の車へと飛び乗っている。

 この戦い、俺は極力、自分とテオドールには回復魔法を使わないつもりでいた。

 取り敢えず、信者どもとのカーチェイスが落ち着いたら、可能な限り奴らの救護に使いたいからだ。

 他のパーティがどうかは知らないし、ここで命拾いしたとしても“神”が殺されれば生きていけない者も居るだろう。

 多分、これは俺達二人の自己満足だが……それでも、何も考えずに殺すような奴らよりは遥かにマシだと胸を張って主張する。

 例えそれが“鎮圧する側の上から目線”と謗られようとも。

 そんなわけで、理想を全うするには、俺達自身の血を流さないように立ち回る必要がある。

 そうこう考えているうちに、豆粒大の、敵車両に封鎖されている様子が見えてきた。

 時速130キロ超えの現状にあって、こんな距離は一瞬で詰まる事だろう。

 いつぞやのショッピングモールの時のように、エリシャが敵陣の“スケジュール”を一括で送ってきた。

 今の俺達であれば、「自分が未来を知って変動した未来」も計算に入れて、瞬時に処理し切れた。

 例えどんな布陣が待っていようと、二人きりでAランクのテリトリーに放り出されていたあの日々よりは何倍もマシだ。

 敵車両の一台から、俺達めがけて“真っ白な大剣”が襲いかかる。

 その正体は漁師ならでは、水を凝縮して超高圧でぶっぱなす水圧カッターだった。

 これもエリシャが先んじて教えてくれていた。俺は軽いハンドル操作だけでこれを躱した。

 テオドールが跳躍、再び路面に着地。逆手に構えた刀を一息に路面へと突き刺した。泥へ潜り込むスコップのように、抵抗がまるで無かった。

 神蔵一刀流の無駄遣い。“刺す”事にかけては超一流。

 そして、

「静雷ッ!」

 テオドールが放つ裂帛の気合いと共に、青白い雷光が四方八方に放射した。

 あいつが例のコッコーヴァンから摂取した全魔力が一斉に放出され、目視圏内の追跡者(漁民)全ての神経を侵す。

 ある車両は辛うじてブレーキを踏みしめ、ある車両はやはり、路肩から飛び出して沈黙した。

 今、目に見える驚異はこれで制圧出来た。

 しかし、

《まだ来ます! 目算10台!》

 実存する信仰対象を守ろうとする者達もまた、必死だ。

 うちの隊に限って言えば、テオドールは今ので既に“静雷”を撃ち尽くしている。

 他にもフライ准将からむしり取った“無力化魔法”はあるのだが、現実問題、敵の数が多すぎる。

 俺達は、彼らを殺さずにクリアした上で、あの“超Aランク”とも言うべき魔物に挑まなければならないのだ。

 最後に食った昼飯、本当にあれで良かったのかなぁ。

 もっと贅沢して、最後の晩餐をしとけば良かったかも。

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