第15話 異教徒蜂起と水神さま2 コッコーヴァン

 挨拶もそこそこに、俺は食材を探る。

 物珍しそうに話し掛けてくるパートのおばちゃんがたには愛想笑いで対応。

 真にヤバそうな、ミシェールとか言う責任者には、取りつく島も与えない、無関心・無干渉オーラを全開に放出しておく。

 俺は軍属であって、魔法起点がたまたま料理であり、准将閣下の命令遂行に必要な設備がたまたまここにしか無いので、貴様が俺の仕事に口出しする権利は微塵ほども無い。

 正直、まともにコミュニケーションを取る前から酷薄過ぎだと分かっているが、直接声に出さなきゃ良いだろう。

 あの女のようなタイプには、初見からマウントを取られた時点で終わる。一生奴隷扱いだ。

 第一、まともに接触しなければならない理由も最初から存在しないのだ。

 しかし。

 保冷担当のマチルダさんとケイトさんとローザさん達“冷却魔法要員”が交替勤務で常に冷やしてくれている貯蔵庫なのだが、備蓄されている食材が心許ない。

「あの、すみません、貯蔵庫ってここだけですか?」

 俺の質問に、パートさん達はどこか困ったような顔をするだけだった。

 具体的に、食材が少ないと言うよりは、

「肉類がないって言いたいのでしょう?」

 俺の考えを盗み見たかのように、責任者の女、ミシェールが言った。

 なるほど。“一を話したら十を理解しろ”それを、御自ら実践しているのか。その辺りは正直、手放しで好感が持てるとは思うが、とにかく。

「せめて魚でも何でも良いが、たんぱく質が皆無ってのは不味いだろう。栄養価的にも、騎士・従士の士気モチベ的にも」

 軍隊における糧食の役割とは、単なる生命維持のみではない。

 特に今回のトヘア攻略作戦のような長期スパンの作戦となると、あらゆる要素でメンタルケアを意識しなければならない。

「そんなことは皆わかってるんです。でも、無い袖は振れないのも現実です」

「他ならぬ、今回の“水神さま”騒ぎが原因って所か」

「はい。トヘアからは魚介類が来ないし、リテッシュ国の航路自体が麻痺してて、牛も豚もストップしています。

 陸路はシュアンとかの国境で手続きが面倒ですし、待っていられません。

 民間に行く分は確保されているそうですが、うちのような公的機関は後回しになっているというか、むしろ積極的に絞られてるというか」

 打てば響くように会話が成り立っているのが意外だ。無駄が無さすぎて心地よくすら感じる。

 とにかく、問題は彼女が今言った通りだ。

 教国は、魔法の管理と騎士団の運営に特化し過ぎており、産業に乏しい。漁業と畜産を輸入に頼り切っている。

 俺達庶民と違い、国家とは難しいものだ。いくらカネがあっても、モノが無ければ札束を抱えたまま飢え死にする事もある。

 ひとたび“神”クラスの魔物が現れれば、いつ日常が戻るかもわからない。だから、民間が全てをかっさらって溜め込んでしまう。

 こうした事例は、今に始まった事ではない。

 それは分かっているのだが。

「やはり、鶏肉も無いな。おいおい、卵も無いのかよ」

「当然。牛・豚・魚介類がストップしたしわ寄せとして、自然なところですね」

「勘弁してくれよ……」

 例えば、なたね油が市場で不足すれば、皆がオリーブオイルに飛び付く。いつの世も、考える事は万人共通なのだ。

 だから、不足したなたね油の代わりにオリーブオイルで補填を……などと言う単純計算は成り立たない。

「ソーセージとかの加工品も全滅か」

 予想される交戦期間は、ほんの数週間の事だぞ。

 いくら騎士団が後回しと言っても、ここまで根こそぎ持っていく必要は無くないか?

 だが、政治屋がアホな事を、俺達下々の者がどれだけ頭を酷使しても直せる筈は無かった。

 今ある物でやるしかない。それが料理の哲理でもある。

 だが、これはあまりにも。

「こっちは……何だよ酒ばっかりか」

 仕事中の騎士・従士を酔わせても仕方がない。そう言う観点から言えば、単なる水よりも価値がないが、

「あっ」

 ミシェールが、口を真円に開いた。

「ひとつ、思いつきました! ここにあるワインを使えば……」

 後日、また来いと言われた。

 今のうちに、准将の魔法書を解析しておくか。

 余裕があれば、他にも似た魔法が無いか、准将をせびってみよう。

 

 

 

 コッコーヴァンと言う鍋料理がある。

 シャルト国の農村部に伝わる、郷土料理だ。

 玉ねぎや人参、マッシュルーム、そして雄鶏の肉を大量のワインで長時間漬け込んだ後に煮込む。

 硬くて食べにくい雄鶏を何とか食べようとした先人の探究心は大したものだと思う。

 しかし、雄鶏なんて何処から仕入れるつもりだ?

 街から無理矢理かき集めたとして、出撃パーティ全てを食わせられるとは思えないが。

「雄鶏の替わりに、養鶏場から“廃鶏”を集めました」

 俺の疑問を先読みしたかのように、ミシェールが説明する。

「通常、卵を生まなくなった鶏は廃棄処分されます。理由は、雄鶏が通常食べられない事と同じ。

 肉が硬くなりすぎて、若鶏のようには使えないのです。

 一部、昔からの食嗜好として、あえて硬いお肉を食べる人もいますけど……需要がないので、個人の飼育分でしか事例はありませんでした。

 依然、廃鶏は捨てられるだけのものだったんです」

 なるほど。

 確かに、卵を生ませる為の鶏であれば、数も膨大に飼育されているだろう。

 答えを聞けば単純な策だが、普段からマイナーな食文化にも神経を馳せていなければ、思い付かない事だろう。

 そして、彼女の言う通り、調理に取り掛かった。

 まず下拵えだけで何時間も要したが、漬け終わりさえすれば、後は煮込むだけ。

 具材に適切な火を通し、なおかつ、焦がさないようにするのは思いのほか難しかったが、俺が見ていられない分の鍋はミシェールに任せておけばそつなくやってくれた。

 そして完成。

 俺も小耳に挟んだ程度しか知らない料理だったが……これは想像以上だ。

 若鶏はおろか、少し良い牛肉かと思う程、肉がほどけていた。

 廃鶏が長年溜め込んだ旨味が、ふんだんな野菜のエキスと調和して、ワインソースに何層もの味わいを与えていた。

 参考までに、廃鶏の肉をそのまま焼いた物も食べてみた。

 旨味は濃いし歯応えがある、と言う見方も出来るが、今回のような任務では止めておいた方が無難だろう。

 慣れない食感で、各々の魔法ストック効率を落とされても困る。

「これなら行けるな」

「材料さえあれば、何とでもなりますからね」

 メインは文句無しの出来だ。

 これなら、魔法のストック数もかなり期待できる。

 とにかく、准将に頼まれた魔法は、少しでも弾数が欲しいものだった。

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