第11話 ショッピングモールに棲む亡霊騎士
小細工を弄しても仕方がないので、真っ直ぐ無人のエントランスに足を踏み入れた。
吹き抜けの三階建てに、それぞれの店舗が密集している、標準的なショッピングモールだ。
外から見たのと同じく、目立った破壊は無い。
ただ、やはりあちこちでガラスは割れているし、砕けたシャンデリアが一階で横たわっている。
床や壁には明らかに超大剣で抉られた跡があるし、民間人だか先発隊がやられたであろう血痕もおびただしい。
どうやら、誤報と言う俺の楽観的な考えは否定されたようだ。
だが、それにしても被害が中途半端だ。
一撃あたりの重さは、抉れた床や壁から嫌でも想像できる。
生身の人間が一太刀貰えば、粗挽き肉にされるだろう。
言うなれば、それこそ解体現場で使われる“対建造物ハンマー”と同等の威力がある筈。
その暴力が遠慮なく振るわれた割りに、施設の状態が綺麗すぎる。
さしあたり考えられる可能性としては、外敵を必要最低限の動作でピンポイントに殺す器用な奴かーー、
《左! 10時の方向!》
エリシャの逼迫した思念が頭にぶちこまれるのとほぼ同瞬、俺はテオドールのタックルを喰らって吹っ飛ばされた。
最前まで俺達の居た場所で地面の間欠泉が吹き上がった。
テオドールは、俺を庇った体勢から瞬時に立ち直ると、魔剣“四面楚歌”を抜き放って正眼に構えた。
俺も俺で、いつでも“爆轟”を撃てるように身構える。チーズピザから得たストックは、8発。
ここでようやく、ターゲットの全容を理解した。
鉛色の甲冑に身を包んだ、見上げる体躯の巨人。手にはやはり、錆と刃こぼれの著しい超大剣。
「やはり、あれは僕の剣じゃないね。無駄にデカイしカッコ悪い」
テオドールが、緊張を孕んだ声で言った。
やはり、直立すると二階のフロアに達しそうな体格だ。あんなものから繰り出された剣を受ければ、俺達はおろか、この建物もただでは済まない筈だ。
だが、こいつは何処から来た?
それこそ亡霊のように、突然現れたように見えた。
脚は……一応、あるな。
そうこう考えていると、すっ、と亡霊騎士が床に吸い込まれて行った。何の抵抗も無く、だ。
《6時の方向! 背後の床!》
今回は俺も、自力でエリシャの言葉を即座に理解した。
前方へ飛び込むように転がり込むと、背後で凄まじい乱気流が立ち上った。
亡霊騎士が地中から現れ、超剣を突き上げながら飛び出して来たからだ。もう少し反応が遅れていたならーーエリシャの“
「爆轟!」
俺は、魔法のストックを一つ解放し、それをぶっぱなした。
亡霊騎士の頭部がある座標に、炎と衝撃刃の入り交じったものが放射した。
だが、亡霊騎士は怯むどころか、無反応とすら言える遅滞の無さで、俺に突進してくる。
甲冑の関節部をけたたましく鳴らし、地鳴りを生じさせる重みがある。奴には間違いなく実体がある。
だが、正直、俺のある仮説には適合する状況でもある。
奴が飛び出して来た筈の床には、一切の破壊が生じていないのだ。
俺は目端にテオドールの姿を入れつつ、敢えて逃げずに亡霊を睨み据える。
剣が、横薙ぎに旋回。やはりだ、あれだけ長大な刀身が、建物の何も傷付けずにすり抜けている。
恐らくは、俺に直撃する直前にしか、それは実体化しない。
テオドールが俺の前に躍り出て、襲い来る水平斬りを力任せに切り払った。
未だ殴り続けられているように断続的な火花が走り、何度も金属悲鳴を上げて、超剣は跳ね上がった。これが、魔剣の複写斬撃か。
弾かれた超剣に引っ張られるように、亡霊騎士は後ろ手に倒れた。しっかり雑貨店のテナントを巻き込んで、崩落させた。
確信した。
「奴は任意に物質を透過する」
これだけを言えば、腐っても戦闘員であるテオドールには伝わるだろう。
理論上、あらゆる物体には“他の物体をすり抜ける”可能性がある。ただし、自然発生でそれが起こる可能性は、この世界の始まりから終わりまでに一度あるか無いかの、超低確率とされる。
しかし、現実にあり得る現象であるなら、魔法で再現は可能だ。こうなると、もはや確率など関係ない。
脚がないと言う目撃情報は、下半身が床をすり抜けていた瞬間を言っていたのだろう。
ひしゃげた建材に首や胸を刺し貫かれながらも、亡霊騎士は、そこから身を引っこ抜いて立ち上がる。
「騎士シュルツ。俺が迎撃した後、頼みます」
「……ああ、わかったよ」
どこか不服そうな声音だが、今は彼のこだわりなんぞ知った事ではない。
俺が囮になった瞬間、彼に斬らせるしか手立てが無い。
即死さえしなければ、“彼女”から貰った回復魔法でどうにでもなる。
亡霊騎士が、唐竹割りで俺に襲い掛かる。
所詮は見境なく人を襲う魔物。ルーチンが単純なんだよ。
「爆轟!」
俺を斬る為に物質透過を解除した瞬間の亡霊に、今度こそ爆轟が直撃。
横っ面をぶん殴られた亡霊は、頬肉を裂けさせつつ大袈裟なまでにたたらを踏んだ。
そこへ、魔剣を携えたテオドールが踏み込む。
斬り上げ。手甲に守られた、幹のごとき腕に阻まれる。
しかし。
「
テオドールが何らかの必殺技を口走ったのと同瞬、今度は唐竹割りが、亡霊の腕を襲う。
先の斬り上げで生じた複写斬撃に未だ打たれる、そこへ。
亡霊の腕の上下から、それぞれ激しく火花が飛び散り、
金属が引きちぎれ、続けて布を引き裂くような音がして、亡霊の腕が呆気なく千切れ飛んだ。
なるほど。
先に受けさせた複写斬撃と噛み合うよう、続けざまに逆方向から斬撃を加える事で、双方向からそれが噛み合って対象物を切断する。
魔剣の特性を活かした、必殺の妙技と言えるだろう。
だが亡霊も亡霊で、失った腕には全く頓着なく、片手で超大剣を振り抜きテオドールの追撃を払った。
そして、巨躯に似合わぬ俊敏さで跳び退くと、再び剣を構え直した。
《二人とも聞いて。
今からあいつが10秒の間にやる事の“スケジュール”を送る。コンマ秒で理解して、あとは適宜対応して!
どちらかが死んでるかも知れない事には星印つけとく!》
一方的に言うと、エリシャは未来の出来事を一気に雪崩れ込ませてきた。
・4時の方向、ブティックから飛び出してくる★
・天井すれすれから落ちてきて、床に剣を突き立てる
・砕けた床で目眩ましをしつつ、水平斬り
・アルシに突き。避けたとしても蹴りが来る★
おいおい、最初から死人が出かねないのかよ! とか考えていると、もう予言通りの方向から奴が飛び出して、突きが襲ってきた! 俺もテオドールも、ほうほうの体でこれから逃れる。確かに、先に教えて貰わなかったらどっちかに刺さってた。
間髪いれず、亡霊が飛び上がる。2つ目の予言「落ちてきて剣を突き立てる」だろう。
これは確か、人死にの警告が無かった予言ーー、
《油断しないで! 貴方達が予知に対処したら、未来が変わってるんだから!》
緊急時としては些か長口上のそれを聞き流しながら、俺達は死に物狂いで飛び退いた。
俺の首があった位置すれすれを、トラックのような勢いの剣が通過した。
そりゃそうか。エリシャの予知する未来は、あくまでも「俺達が何も知らなかった場合」の未来。
それを無理矢理先に知るのだから、当然、未来予知には新たな修正がリアルタイムでかかる。
そう考えると、思ったより使いにくいな、未来予知ってのも。
しかし。
剣が振り切られるより速く、テオドールが駆け出した。構えは、刺突。
片手で超大剣を振り抜き、体勢の泳ぐ奴の
本当に、何の抵抗も無く、刀身は亡霊の腹に吸い込まれたように見えた。
そして。
「爆轟ッ!」
即席の太陽が生じたような光熱が、にわかに俺の五感を炙り尽くした。熱い、何も見えない、鼓膜が破れたかも知れない。
魔剣の刺さった所から亡霊の背中にかけて、常軌を逸した熱と炎と光と衝撃波の柱が迸り、後方の何もかもを抉り穿った。
被害の少なかった筈の施設はその一撃で風穴を開けられ、あちこちで炎上を始めた。
馬鹿な。
魔法食による魔法の威力は、使用者でなく俺のそれに依存する筈だ。
所詮は俺の思考が“外付け”されているに過ぎないのだから。
今の威力は、明らかに“俺が放つ爆轟の威力”の何倍もの規模だ。
だが、細かい事は後回しだ。
亡霊は、腹の装甲を穿たれ、腹の肉を抉られ、臓物と脊椎すらも露出している有り様。
そんな中で、明らかに俺を見据えて刺す構えを見せている。
確実に殺るなら、ここを狙うしかない。
爆轟の反動でよろめいたテオドールでは、間に合わない。
ーー突きを避けたとしても蹴りが来る(俺は死ぬかも知れない)
だが、例え致命傷であろうと、意識さえあれば“彼女”から貰った回復魔法でどうにでもなる。
予言通り、突きが来た。俺はこれを横に回避。
《……ッ!》
エリシャの悲鳴。構わない。
予定通り、列車のような甲冑の蹴りが俺を襲い、そして、
「爆轟!」
発破。
折れかけの背骨に無事直撃したのは見届けた。
俺の右側面全体に襲い掛かる打撃、衝撃。痛みすら無い。
世界が撹拌され、思考もぐちゃぐちゃに混ざる。
《アルシ、やだ、なんで!? 教えたじゃない! アルシィィイィイ!》
エリシャの泣きながら叫ぶ声。
あいつも、あんなテンションで叫ぶ時があるんだな。
どこか他人事のように、俺はぼんやり考えながら、
「ヒーリング・ライト」
冷めた調子で、俺は使うべき魔法を口ずさんだ。
あたたかい光だ。
折れた頸骨もあばら骨も、あちこち破裂した内臓も、身体の中でぐねぐね蠢きながら再生していくのを感じる。
そして俺は、結果的にはほぼ無傷で床に投げ出された。
痛みの余韻に浸る暇はない。
すぐさま起き上がり、俺は亡霊の方を確認する。
死んでいるならそれで良い。
まだ生きているなら、同じ事をもう一度繰り返してやるだけだ。
ぼやけた視界が、徐々に晴れていく。
仰向けに倒れた甲冑騎士が起き上がる事は、二度と無かった。
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