第10話 4種のチーズピザとターゲットの詳細

 満足な経費が出るとわかったので、調子に乗って見た。

 今回のメインは、4種類のチーズを配合したチーズピザである。

 生地は2種類用意した。

 サクサク薄手のクリスピータイプと、ふっくら生地のハンドトスタイプだ。

 程よい塩気を乳のまろやかさが包み込むチーズの上から、お好みで蜂蜜をかける。香ばしい生地の薫りがそれら全てと調和する。

「とても旨いよ!」

 頑なに白貌はくぼう黒唇こくしんのメイクを落とさないまま、騎士は主にクリスピーの方を忙しくパクついている。

 対するエリシャの方は、ハンドトスの方をゆったり、味わいながら噛み締めている。

「これは、期待以上に美味しいかも」

 この一度だけではわからないが、こう言う所からも、一人一人の好みや食い方の傾向がわかるものだ。

 同じ親から生まれ、育てられた三兄弟ですら、違いや差があるのだから。

 今回は回復魔法と、“爆轟”の魔法を料理に込めた。

 既に任務の詳細は聞いている。

 この首都からやや離れた街にあるショッピングモールに居座ると言う“亡霊騎士”に対しては妥当な選択かな、と思う。

「順当に腕を上げたんじゃないかな? あの頃よりも更に」

 楚々とピザの一切れ目を食べ終えたエリシャが、性懲りもなく、俺の知らない昔話をしてくる。

 どうでも良いが、とっとと次のを取らないと、もう一人の奴に全部食われるぞ。

 まあ、これだけ大事に大事に食べてくれるのは嬉しくはある。

 

 俺が運転する騎士用車の四輪駆動車で、問題の某モールへ向かう。

 道中、教国から送られてくるエリシャの幻影が、ターゲットの詳細を説明してくれる。

《どうして亡霊ゴーストと呼ばれているかと言うと、脚が無かったり、消えたり現れたり、と言う報告が相当数上がっているから、みたい》

「ゾンビや骸骨は居たとしても、この世にオバケなんて存在しない。魔法的なからくりが必ずある筈だ。そう、必ず。オバケなど断じて居ない。居てはならない」

「その通り、アルシ君の言う通り。オバケなんてウソさ! そう、ウソっぱちさ……」

 騎士も、無駄に力強く同調してきた。語尾が少し怪しいが。

《二人揃って、オバケが怖いんですか?》

「魔物は怖い。現実的に生きるか死ぬかの問題なのだから、当たり前だろう」

「そう。事実は事実さ。揺るがない」

 幻のエリシャが、呆れたように額を押さえる。

《絶妙な論点ずらし。とにかく、その、昔無念のうちに死んだ騎士の怨念を思わせるおぞましいターゲットの特徴だけど。

 “騎士”と言うのは現代の執聖騎士では無くて、全身に甲冑を着込んだ中世のそれです》

 やっぱり、そいつは面倒臭いポイントだよな。

 調理前から甲冑姿の魔物だとは聞いていたので、ずっと思ってた。

 歴史の話をする。

 そもそも、魔物に脅かされ続けた人類史。世界の一人一人が、魔物に対抗する貴重な兵力であった。例え、住む国が違ったとしてもだ。

 隣国シュアンの独立に伴う戦い以降、人類同士で大規模に殺し合うような愚行は記録に無い。そのシュアン独立にしても、数回の小競り合いで互いに戦局を見極めて、和平に持ち込んだ結果だった。

 古くは“盗賊団”から現代ではテロ組織などの犯罪組織に対して、公軍による大規模な戦闘はそれなりに起きているので、ヒト対ヒトの殺し合いが皆無とは行かない。

 武力による紛争解決は、今も昔も暗殺が主流だ。

 フィクションにおいて、少数精鋭の勇者パーティが魔王を倒すと言う王道展開も、言ってしまえば“暗殺”の物語だと俺は思う。

 とにかく。

 身を守る為の鎧兜が発明され、発展を遂げて行ったのは必然だった。

 そして、自己強化による人類の身体能力向上と攻撃魔法の発展もあり、鎧は早々に廃れていった。

 まして、魔物が相手では鎧ごと潰されて終わりだ。ただのおもりにしかならない。

 執聖騎士の法衣も「着用者に対する損害の因果を減衰させる」マジックアイテムである。現代の防具とは、動きを阻害しない事が何より優先される。

 しかし、多かれ少なかれ装甲があると言う事は、やはり無意味とも言い切れない。

 いかに攻撃側優位の現代戦闘であっても、それなりの厚みの金属が、剣や魔法に対する“抵抗”になるのは変わらない。

 ヘルメットで落石を防ぎきれるものではないが、かぶっているかいないかで、怪我の度合いはかなり違ってくるのと同じだ。

 そして魔物の膂力りょりょくなら、金属の鎧程度で動きが鈍る事も無い。俺達が服や法衣を着ているからと言って、動きが鈍らないのと同じように。

 そして、魔剣などと同様、魔物の鎧はヒトの思考の産物でもある。神話由来の物であったりしたなら、どんな魔法的強化・特殊能力が付与されているかわかったものではない。

 このように、鎧とはこちらが使おうとすると役に立たず、敵が使うと面倒極まりないものである。

 それもあって俺は今回“爆轟”の魔法をメインに選定したんだ。

 いつもは最適解と考えている電撃魔法も、鎧の性質次第では分散してしまうリスクが大きい。

 後は、前衛様の腕次第だろう。

《その体長は5メートル超。確認されている武装は超大剣クレイモアタイプ》

「早くも“自分の剣”が手に入るんじゃないですか?」

 俺が言うと、

「死ぬほど取り回しが悪そうだ。遠慮しとくよ」

 肩を竦めてジョークを返してきた。

 俺は割りと、本気で言ったのだが。

《その他の詳細は不明。そもそも、交戦事例が1回しか無いので》

 魔物戦では、必ずしも一度目で殺害を狙うとは限らない。と言うか、大体のケースでは先に交戦し、撤退(もしくは敗走)したパーティの持ち帰った情報を元に、同じパーティがリベンジするなり別のパーティが再攻撃を仕掛けるなりする。

 その繰り返しでターゲットの能力やパターンを解析し、後のパーティがより確実に仕留める。

 正式に参加したパーティには等しく報奨金が出るので「先攻専門パーティ」だとか「中継ぎ専門パーティ」だとか「トドメ専門パーティ」だとかの棲み分けも何となくされている。

 先攻だと敵の手札がわからないリスクがあり、トドメを受け持つと死に際に魔物が発狂する事が多い難しさがある。

 騎士団の任務は基本的に、1~3回の交戦で仕留めよ、と言うものばかりなので、両方のリスクを負わされる役回りなのは間違いない。

 公軍の辛い所だ。

 

 予習復習は終わりだ。

 問題のショッピングモールが見えてきた。

 予想よりも、外観の被害はない。

 5メートル超の甲冑騎士がクレイモアを振り回して暴れているにしては、破壊がほとんど無い。

 本当に、魔物はあの中に居るのかどうか。

 誤報であってくれれば、この上なく助かるのだが。

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