第9話 刀と予知能力の話

 今回は特に、味方2名の戦闘スタイルを把握してからでなければ、料理に込める魔法も決められない。

 自己紹介も兼ねて、三者の能力を開示しあう事を提案した。

 同僚のエリシャは相も変わらず不服な視線を向けてきたが、騎士が快諾してくれたので、女の方はスルー。

「僕は、“神蔵一刀流かみくらいっとうりゅう”と言う流派の剣士だ」

 まずは、売れないバンドマンが騎士のコスプレしたような奴の方からだ。

 と言うか、話したくて仕方がないと言うオーラをひしひしと感じる。黙って聞こう。

 彼は、腰に備えていた剣を外して俺達に見せた。

 “刀”と呼ばれる極東の島国“八和はちわ国”を発祥とした物だ。

 もっとも、八和刀を模した剣は大陸こちら側でも製造しているし、そう言う異国情緒を売りにした武器を専門で作るメーカーすら存在する。

 恐らくはそのクチだろう。

「師匠は祖父だった。この刀は、彼の死後に僕が受け継いだ。

 この刀の銘は“四面楚歌”と言う。祖父がBランクの“エルダー・ダイミョウ”と言う魔物から鹵獲ろかくした“魔剣”だよ」

 なるほど、そのクチか。

 基本的に厄介者でしかない魔物だが、人類の利益になっている面も少しは存在する。

 そいつの持ち物や肉体が、有用な品である事が多いのである。

 魔物が人間の思考から生まれると言う事は、本来現実に存在し得なかった、人間にも都合の良い品(=鹵獲する価値のある品)を持って生まれてくる事と同義だ。

 俺がパーティを抜ける直前、メルクリウスに指摘した火龍の戦利品もそれにあたる。

 ドラゴンの外皮は既存の鋼と混ぜ合わせる事で“理想合金”と言う材質が生成できる。これはダイヤモンド並みの硬度、かつ、衝撃ではまず壊れない柔軟性を併せ持つ究極の金属であり、プロが使う武器の素材としては必須と言って良い。

 中途半端な剛性・柔性の武器では、前衛戦士の力に耐えられないからだ。

 このように、魔物は最悪の災厄であると同時に、宝の山でもあるわけだ。

 俺もそんなに詳しくないが、エルダー・ダイミョウは、恐らく“サムライ”だとか“ニンジャ”、あるいは、“ゲイシャ”と呼ばれる架空の魔人だろう。

 四面楚歌シメンソカ、と言う言葉は、文字を図形として見ると確かに情緒があるが、確かそんなに格好良い意味は無かったと思う……まあ、異文化への綺麗な誤謬ごびゅうと言うのは万国お互い様だろう。

「魔剣と言う事は、ただ切れ味の良い刃物、と言うだけでは無いですよね」

 エリシャとやらが言う。

 俺の耳には、幾分、棘のある声音に見えたが、騎士は気にしていない。

「その通り! よく聞いてくれたな! この刀は、スペシャルパワーを任意で解放することができる。

 通常では、ただの“まず壊れない強靭な刀”でしかないのだがーー」

 庶民からしたら、それですら充分な驚異ですがね。

「この刀を手にし、魔法的に念じると……“この刀によって生じた斬撃が、5~7回複写される”」

「と、言いますと?」

「一回斬ったら、5~7回斬ったのと同じになる」

 それは、確かに、強力無比……? だな。

 消化不良を起こした俺とは違って、エリシャなる女は素直に驚いた風に目を丸くしているが。

 それ、さっきこの騎士が謳っていた“神蔵一刀流”と相性が悪くないか?

 八和国に伝わる神蔵一刀流は、世界的にも有名な武術メソッドだ。

 特別な精神修練により“切断”と言う概念ただ一つにのみ意識を馳せる事で「何でも斬る」太刀筋を実現する。

 口で言うのは簡単だが、これは非常に恐ろしい事だ。

 当該流派の剣士が剣を振るえば“刀身の面積が及ぶものは問答無用で断たれる”のだ。

 盾を構えようが、武器で受け流そうとしようが、魔法障壁を張ろうが全く無駄の、防御無視で即死モンの剣。

 やられる方としては受ける事が出来なくなるので、近接戦の打ち合い自体が成立しなくなってしまう。まして、その手札を知らない者であれば一発で斬殺されてしまうだろう。

 八和国の女王を護る近衛隊長・桐生清太きりうせいたは、まさしくその神蔵一刀流の師範であり、フライ准将に次ぐ人類で3番目に強い個体とされる。

 とにかく、説明は長くなったが、端くれだろうがそんな神蔵一刀流を修めた奴が使う武器とは思えない。

 そもそも、西洋剣ーーバスタードソード型やツヴァイハンダー型ーーもしくは戦斧辺りであれば、斬撃の複写は相当の驚異になるだろう。

 一度に5回以上も重打されるのでは、それこそ受ける事もままならない。

 だが、八和刀のように速度と技量で一刀両断を狙う武器には、決して無意味ではないが微妙な所だ。

 まして、一刀入魂を真髄とする神蔵一刀流にとって、斬撃が複数回繰り返されると言う事実は、雑念の温床にすらなるだろう。

 この人、武器の性能に任せて、本体は流派をちょっと齧った程度なのでは。そんな疑念しかない。

「だが、僕の祖父はこうも言ったよ。“晩年までこの刀に頼るな。お前はお前の剣を見つけろ”とね」

 ああ。

 持ってる武器へのこだわり(と言うキャラ)と、訊いてもいないのに展開されるプチ身の上話ですか。

 新たに共通点を2個発見。

 とにかく、大体わかった。

 詳細がどうあれ、この男は剣を使う接近戦タイプだ。これだけ長々説明を受けて、しょっぱい結論だが、そうとしか言いようがないから仕方がない。

 

 次は女の方。

「私、戦わないよ」

 は?

 いきなり職務放棄か?

「私は“バックアップ”要員。大聖堂ここから現場に行った貴方達をモニタしながら、アドバイスするポジション」

 そう言って女は、小箱を取り出して俺に渡した。

 中を開けると、菱形のネックレスのようなものが入っていた。これは“ストーン”だろうか。

 菱形ストーンは、教国の象徴だ。

 この形状は、魔法の始祖・ネベロン一世が、群衆に石で打たれて殺された事に由来する。実際はもっとゴツゴツした岩だったろうが、永きに渡って美化された結果がこれなのだろう。

 それはともかく、プレゼントか?

「それはフライ准将から。騎士シュルツも持っていて下さい」

 序列から言えば、俺よりも騎士に渡すのが先ではないか? 本人は気にしてない風なので、俺がとやかく言う事ではないが。

「そのストーンは、マジックアイテム。私と貴方達の視覚と聴覚を共有する為の物。

 この情報を元に、私は貴方達をサポートするわけ。

 これは、フライ准将が新たに考案した戦術で、私はそのテストモデルって言うのかな?」

 やっぱり実験台とかそう言うやつかよ、このパーティは。

 この女の立ち振舞いから、一般人にありがちな“戦闘慣れ”していない気配は感じていた。

 そんな奴が何をアドバイスすると言うのか。

 仮に俺の見込み違いで戦える奴だと言うのなら、戦力一人を大聖堂に置き去りにする意味は、ますます無いだろう。

「アンタに何が出来る」

 例によって騎士が訊かないものだから、俺が訊いた。すると、

「資料提供、予知能力、聖堂との情報伝達、貴方達のバイタル管理、その他」

 ちょっと待て、一つおかしいのが混ざっていたぞ。

「予知能力って」

「だから、私がテストモデルになったんでしょ、多分」

「だったら、俺がアンタの事を覚えていない事も先に予知できたんじゃないのか」

「自分の人生は予知しないようにしてるから。持ってみればわかるけど、精神衛生上、大変よろしくないもので」

 左様ですか。

 取り敢えず、この女の魔法については考えなくて良さそうだ。

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