第12話 リカバリー症候群

 まだ心臓が乱打している。

 亡霊の残骸を結構な時間凝視していたが、肩の上下が止まらない。ただひたすら息苦しい。

 こればかりは、何度やっても慣れないものだ。

 だが、もう命を脅かされる緊張は解けつつあった。

 俺は確かに、この怪物をやったんだ。殺したんだ。

 同じく勝利直後の虚脱からか、虚ろな足取りで、テオドールの近付いてくる気配がした。

「アルシ君」

 肩に手を置かれた。それに応じて俺が振り向くと、

「すまない」

 

 突然、俺の右頬を、奴の拳が思い切り打ち抜いた。

 ゴッ、と言う音無き音を鼓膜で聴きながら、俺の身体は面白いように揺らいだ。

 鈍い激痛。遅れて口の中に広がる鉄臭。

 右上の歯が折れた。回復魔法でどうとでもなるが。

 

「いきなり何しやがる!?」

「悪いが、戦闘で“命に関わる横着”をしたやつは、ぶん殴ることにしている」

「あァ? 横着だと」

 俺は怒りに麻痺した思考のまま、彼我の白兵力も忘れて奴に詰め寄った。

「俺がいつ手を抜いた? むしろアンタが仕留め損ねた尻拭いでトドメを刺したんだろうが」

 テオドールは、即座には答えない。

 ただ。

 魔法で施設内を照らしていた照明要員が退去し、灯りの落ちたエントランスの中。

 白く塗られたかお、血色を黒塗りで隠された唇。

 奴の、モノクロの色彩をした顔を改めて見ると、何故か今さら背筋がぞくりと冷えた。

「聴こえないのか? 彼女の泣く声が」

 さっきからずっと、啜り泣きが通信越しに聴こえている。

「はじめて出会った時、僕は君に何と言った?」

「それがどうした。こんな事は、魔物を相手にしていれば毎度の事だ。

 アンタもあれか。口先ばかり綺麗事を言って、命のやり取りに自己満足だとかを持ち出すクチか。

 女が泣いてるなんて、らしい“正論”だからな?」

 胸倉を、万力のように引き掴まれた。

「彼女と自分の感覚に“齟齬そご”があることに気づけと言っている。君は、間違いなく“リカバリー症候群”に片足を突っ込んでいるぞ」

 その言葉を聞いた途端、俺の身体からにわかに力が抜けた。

 それを見計らったように、テオドールの手が離れた。

 リカバリー症候群。

 回復魔法を多用するうち、自分や他人の命を軽く扱ってしまう。何事も回復魔法でリカバリー出来るさ! の精神で無謀な行動を取ったり、他人を悪気無く見殺しにしてしまう。

 精神病、と言い切れないが、健全な精神状態とも言い切れない、ボーダーラインに位置するのが厄介な症状だ。

 これが重症化すると“何となく”ちょっと前髪をいじるような感覚で自殺してしまう場合もある。普通、そうなる前にドクターストップが掛かるものだが。

 テオドールは、俺が、それだと言った。

 否定、出来なかった。

 自分の、Don't mind時代からこれまでのやり方は大体覚えているし、多分無意識下で気付いてもいたと思う。

 けれど、だからと言ってどうしろと言うんだ。

 こんなものは、魔物駆除の仕事をしていれば職業病のようなものだ。

 そもそも回復魔法が無ければ、魔物戦では生き残れない。

「君の経歴は上から聞いている。いつまで前のパーティに縛られているつもりだ」

「何だと」

「環境が変わった。新たな場所で少なからず評価された。

 実際、君から貰った爆轟の魔法は、僕にとっては非常に素晴らしかった。こんな形で褒めたくなかったけどね。

 けど、肝心の君が再スタートを踏み出しているように錯覚したまま、その実、過去を逃げの口実にしている。

 どうせどこへ行っても“仲間”を謳いたがるやつらはニセモノで、だから“それに惑わされず”個人プレーに走っても許される。その結果、自分が命を落としても自己責任で、誰も惜しまない。

 そうやって、いじけ根性で頭を使わず安易な戦い方をしていれば、そりゃ楽だろうね」

「知った風な事を」

「君に回復魔法を教えた人は、こんなことを望んでいたか」

「それこそ知らねえよ」

 そんなわけねえだろ、馬鹿が。

「僕とてリカバリー症候群に呑まれまいと、いつも克己心・自己抑制を忘れていないつもりだ。

 君には、その意思すらない」

「言うだけなら簡単だな?」

「僕も君と同じだったから言っている!」

「ーー」

「まず、帰還次第、エリシャ君に謝れ。それまでは報告会デブリーフィングもしない。

 そして必死に考えろ。自分が生き延びるためのやり方を。

 それができないと言うなら……君はクビだ。

 執聖騎士団は、自殺幇助の組織では断じて無い。

 そのために僕が従士に格下げになると言うなら、教国もその程度だったと諦めて、それに甘んじるよ」

 何だよ。

 結局、仕事に私情を持ち込むような奴じゃないか。

 なのに俺は、追放されたあの日と違って、何一つ自分の意見をぶつけられなかった。

 俺はまだ、変わっていないと言うのか。

 

 教国に帰還するまでの道中、俺に出来る事は。

 反省と分析。

 テオドールの戦力的な実情については大方の察しがついた。

 恐らく、彼が神蔵かみくら一刀流の段位を持つ剣士である事は間違いない。

 ただし、その能力には一部、制約があるのだろう。

 恐らく彼は、神蔵一刀流の何でも断つと言う真髄を“突き”にしか反映させられないのだろう。

 少なくとも“斬る”事が出来ないのは、亡霊の腕を両断した時のやり方が証明している。

 俺が当初見立てた通り、神蔵一刀流に魔剣の複写斬撃は必要ない。それを活用したあの必殺技を使わざるを得ないのが良い証拠だ。

 一方、最後に決めた刺突は、それまでとうってかわって素直に亡霊の鎧を貫通していた。

 あんな分厚い装甲を抵抗無く貫通する程の突きは、流石に初めて見た。

 ならば槍などの刺突を主とした武器に鞍替えすれば、と思いたくなるが、神蔵一刀流に槍の型は無かった筈だ。

 あの防御無視の猛威は、神蔵一刀流のルールの中でしか実現し得ない。だから、彼は刀を使い続けるしかない。

 次に、俺のピザで彼にストックされていた爆轟が、何故あんな頭のおかしい威力だったのか、だ。

 恐らくは、あの瞬間にストックされていた魔法全てを放出したのではないかと思う。

 彼のストック数が俺と同じ8発だったとするなら、単純な規模を目算すると辻褄も合う。

 恐らく彼は、俺の魔法食を一度に全弾撃ち尽くす形でしか使えない。

 逆に俺は、そう言う使い方は出来ない。昔、彼と同じ事をしようとして出来なかった。

 これには、神蔵一刀流の、一刀入魂の精神が影響していると思う。

 この事から、俺の魔法付与が、食べた人間側の精神性にも依存するのはほぼ確定的となった。

 結果的な威力の程は、先に見せ付けられた通りだ。

 狙いさえ合えば必ず突き刺さる刀。そこを起点として対象の内部へ放たれる、全ストック一斉放射の魔法。

 単騎を相手とする戦術としては、強力そのものだろう。

 以上。

 これが、今回の仕事から推察されるテオドールの特性だ。

 出来れば亡霊騎士とやりあう前にここまで知りたかったが、それは結果論だろう。

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