第7話 准将に目を付けられる
採用通知が来てからは、色々手続きに追われる数日間だった。
寮の入居も問題なく決まり、ようやくモーテル暮らしのホームレスから脱却出来そうだった。
そしてネベロン大聖堂に出頭。
いざ、新たな職場に!
……と思っていたら、受付で面談を受けろと言われた。
ジョージ・フライ准将……執聖騎士団のグランドマスターにしてマジックアイテム開発部門の責任者でもある、その人の執務室へ。
散らかった部屋だった。
これが学術書や魔法触媒、仕事の書類ばかりであったなら「流石は稀代の大物らしい汚ならしさだ!」と感動できたのだろうが……コミックやお菓子が紛れ込んでいるのを、俺は見逃さなかった。
「あぁ、ようこそ、お疲れさま。そこの椅子でいいや。とりあえず座って座って」
フライ准将が、温厚だかとぼけているのだかわからない口ぶりで、俺を招き入れる。
グレーの髪はただでさえ癖があるのに、手入れが甘くてあちこちはねている。
おっさん……と言うには若く、頼りない顔立ち。まあ、人々の若々しい昨今では、大学生かと思うような37歳も珍しくはないが。
コートのような緋色の法衣が、着用者の権威を物語っている。正直、服に着られていると思う。
騎士時代は“全知全能”の異名を持ち、火水木金土から風、音、毒、雷、光、重力、わけわからん闇の力……あらゆる分野の攻撃魔法を自在にし、どれも戦略級の猛威を振るった。
それも、自作の魔法書を流し読むだけで発声を必要としない、事実上の“無詠唱”の境地に到達した達人でもある。
常人には不可能な、単独でのAランク殺害実績もあり、人類で2番目に強い個体。
そんなコミックの超人じみた存在が、俺の目前で(恐らく俺の事について書かれた報告)書類をぼけーっと斜め見ている男だった。
「えーっと、別に君の評価が変わる面接とかじゃないから、楽にしてね」
そう言われて、はいそうですかと思えるほど、俺は楽観的ではないが、気遣いは受け取っておこう。
「単刀直入に……君の魔法食は、うちの騎士団にとってかなり有効だと思う」
「恐れ入ります」
「特に、回復魔法を誰にでもストックできるというのは、かなり革新的なマジックアイテムだよ。
君は非常に多才な人だね」
世界一多才な人に言われても説得力がないが、実際、俺はそうは思わない。
「正直に言いますが、回復魔法については、人から教わりました」
ふむ、と准将は考え込む素振りを見せた。
「謙遜、ではないようだね。本気でそう考えている」
相手のゆるい態度でこちらも気が緩みがちだったが、俺は改めて下っ腹に力を入れ直した。
何かを値踏みされている。
せっかく、人生が逆転するかもしれないんだ。ここでしくじるわけにはいかない。
「はっきり言ってしまえば、料理を魔法起点とする、それ自体は珍しくもなんともない」
「そうですね」
「魔法を他人にストックさせる形式も、消費型のマジックアイテムが無形になっただけ。比較的レアだけど前例が無いわけではない」
「存じております」
自分の事だ。誰よりも真っ先に、似た事例がないかを調べた。
残念ながら、俺の魔法は
「ここに来る前は、シュアンで魔物駆除のパーティに参加していたそうだね。およそ5年」
「はい」
「他のパーティに参加した事は?」
「ありません。スクールを卒業してからずっと、同じパーティでやってました」
脱退理由でも探られているのだろうか。
よくある話だ。
前の組織を辞めた理由は、次の組織を辞める理由になりかねないからだ。
だが、
「そんなんでは君の能力がまともに解析されなかったわけだ」
俺の予想とは裏腹、准将は得心が言った様子で言った。
「さっきぼくは、君の魔法がさほど珍しくないと言った。
けれど“君と言う人格がその素養を持った”事についてはかなりのレアケースだと見ている」
「よく、わかりません」
「知ってたかな? 回復魔法のような専門分野を口頭で教わって自分の魔法思考に落とし込むなんて、普通はできないんだよ。
国家資格が要るんだよ? あれは」
え?
何を言っているんだ、この人は?
これも何かの試験か?
だって、魔法思考をきちんと理解しなければ、魔法にならないじゃないか。
何のために、家事や工業用魔法の
「……君の真価は“魔法ではない所”にあると、ぼくは推測している。
もちろん、回復魔法を他人にストックさせると言う、画期的なマジックアイテムが出来上がった事実は、君の魔法によるものなんだけど。
あー、ごめん、ややこしいね」
言ってる本人も頭がこんがらがって来たのか、手入れの中途半端な自らの髪をわしわし掻き乱した。
「けどこれは多分、君の元いたパーティやそのリーダーが悪いわけではない。
君自身はパーティ活動向けではなく、まさしく開発者向けのものだった。
それに今まで気づかず惰性のまま、ミスマッチな組織に所属していた君が一番悪い」
意外とズケズケ言ってくれるな。
「とにかく。開発部門を志望してきてくれたのに申し訳ないが、君はまず
ある騎士の従士、つまり補佐役として」
……。
そう言う事か。
結局、元魔物駆除パーティのメンバーだった俺は、魔物を呼び寄せる餌になってしまう。
だから、内勤させるわけにはいかない。そんなところか。
建物なんて消耗品も同然なこの世にあって、この大聖堂はそこそこの古さを残している。
魔物をここまで踏み込ませなかった、先人達の努力の証だ。
「誤解しないでほしいけど、しかるべき時が来たら開発の方についてもらう」
どうだか。
そう言う“おあずけ”は、前のパーティで聞き飽きた。
「君には死に物狂いで現場を勉強してもらう」
「はぁ」
「だからどうか、その時が来るまで死なないでくれ。ぼく個人は君がほしい」
意外と口もうまいのかも知れないな。
話し半分に受け取っておく。
「とにかく、騎士団には連絡を入れておいたから、頼むよ」
これで面談はお開きとなった。
それはそれで、良いだろう。
何をもっても無職よりは良いし、そこで役立たず扱いを受けるなら、その時に考えるまでだ。
目先の出来る事からやろう。
俺は、一礼のあと退室、
「ところで」
しようとしたが、准将が、思い出したかのように俺を呼び止めた。
「君の元いたパーティ、今ごろ、君を失ったギャップで苦戦してるかもね? 魔物駆除の仕事は、どうしても属人化が避けられないし」
何を言い出すかと思えば。
「それは無いでしょう。
自分自身が、あのパーティに貢献できた覚えが無い」
先日の火龍がちょうど良い例だ。
俺はレジストと言う当たり前の事に参加した以外、ろくに有効打を与えていない。
「そうかな?」
「……仮にそうだとしても、自分には関係ありません」
人は誰しも自分の事で精一杯だ。
縁の切れた奴を恨んだり憎んだりするのは、実はそんなに長続きしないものだ。
一個人を延々憎み続けられるとしたら、そいつはよほど暇をもて余しているか、どこかが壊れているか……、
そうならざるを得ないように、壊れてしまったか、だろう。
幸い、俺は奴らに壊されたわけでも無い。
「そうだったね。彼らなら、
そう言って准将は、イタズラ小僧のように笑った。
……恐らくこの人は、俺以上にあのパーティの事を調べ尽くしているのかも知れなかった。
格の違い。
その一言が、浮かんでは消えた。
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