Don't mind 03 没落
「何で……どうしてだよォォォ」
良い歳をした男ーーメルクリウスの、みっともないすすり泣きが荒野に染み渡る。
もはや見る影もなく食い散らかされた、パーティの魔術師・クリストファーだったものにすがり付き、メルクリウスはただただ“何で”を連呼する。
血肉で服が汚れても、今は気にならなかった。
非常に馬が合った。
この短期間で兄弟のように仲良くなれた。
仲間の死は、いつも歯をくいしばって乗り越えてきた。
しかしまさか、こんなに呆気なく……それもクリストファーだけではなく、アネットもエミールもツェーザルも死んだ。
メルクリウスのパーティは、Aランクの魔物に総力で挑み、そしてこうなった。
しかも悪い事に、そこそこ傷は与えたものの逃走を許してしまった。その傷も、今頃は完治しているだろう。
4人の仲間は、無駄死にになってしまった。
通称“見えざる猟犬”。
前衛戦士でも反応しきれない敏捷性の犬が、光学的魔法によって姿を溶け込ませてしまう。
見上げる高さの肉食獣が透明な姿で飛び掛かってくる、と言えばどれだけの脅威かはわかるだろう。
生み出したのは、恐らく何処かのパーティなのだろう。
さしずめ、犬とカメレオンの間の子。
こうした、様々な魔物の特性を併せ持つ“キメラ型”を生み出すのは、数多の魔物と戦ってきた軍属、もしくは魔物駆除パーティでしかあり得ない。
だが、奴の出自を勘繰っても何にもならない。
問題は、これ以前の戦闘でも不調が続いていた事だ。
時期としては、明らかにクリストファーとメアリーが加入した辺りである。
しかし、二人の新人は決して足を引っ張ってはいなかった。
むしろクリストファーはメルクリウスが持っていないスタイルの攻撃魔法でよくサポートしてくれた。
貴重なヒーラーであるメアリーに至っては言わずもがな。プライベートの関係も良好で、メルクリウスとは阿吽の呼吸で動けていた筈だ。
かといって、他のメンバーが弱くなったとも思えない。
……どれだけ考えてもわからなかった。
今は、今こそ、過去を嘆く時では無い。
「皆、ツラいだろうが聞いてくれ!」
メルクリウスが声を張り上げると、憔悴していた仲間達が彼をそれぞれに見た。
「今回、失ったものはあまりに大きい。いや、オレなんぞが、そんな風に言うこと自体が傲慢なのかもしれねぇ! それはわかっている!
しかしそれでも、あいつらを失った今こそ、オレ達は前を向かなきゃならねぇ!
全てはオレの力不足だ! オレはまた、4人の仲間ーーいや、親友達の命を背負った!
これ以上、誰も死なせねえ! だから、だから!」
「もう、勝手にしてください」
メルクリウスの絶叫のような声を、女の小声が両断した。
ユーデトと言う、小柄だが腕利きの槍使いである女だ。
「何か、言ったか? 今、」
「あなたがこの先誰一人死なせないでいようが、私のルイスはもう帰ってこない。
今回の仕事で、あなたは彼の命を何も教訓にしていないことがわかりました。
あの“見えざる猟犬”に対しては対処法も解析されていたのに、あなたはそれが出来るゲストメンバーを結局雇わなかった。
お金ですか? それとも、オレ達だけでAランクを殺した! って箔をつけたかったんですか?
どっちだろうと興味ありませんけど。
もう、このパーティにいると彼を思い出すし、あなたへの憎しみを押し殺さなきゃいけなくて、つらいんです」
「おい、ユーデト、何でだ!?」
踵を返して去るユーデトを、メルクリウスは追えずに立ち尽くす。
確かに、以前戦死したルイスとユーデトは、一時期良い仲だった。
しかし、メルクリウスはユーデトにこう言っていた筈だ。
「オレは遊んでる風に見られがちだけど、ユーデトのコト本気になりそうかもしれねぇんだ。どう思う?」
あの言葉に頬を染め、満更でも無さそうだったのは誰だった? ルイスとは、正式に付き合っていたわけでは無かったろう。だからこそ、オレにも平等なアピールのチャンスがあると思ってああ言ったんだ。絆は強固なものだったはずだ。
メルクリウスには、本気でわからなかった。
彼自身、自分が全てを識っていると勘違いするような傲慢さは持ち合わせていない。
だが、身近な、考えるまでもないと思っていた常識が揺らぐと、誰しも混乱するものだ。
「オレは、オレは、確かにパーティリーダーだ。だが、上司だとかエラそうなコトを言うつもりはねえよ!
お前らは皆、かけがえのない仲間で……友だちで……」
自分の言葉に感極まり、メルクリウスはまた嗚咽したが、
「そんな学生サークルみたいなノリで、パーティ運営を考えていたんだ?」
水を差したのは、一番近くにいたパートナーのレイン。
いつもなら、ふりかかる火の粉は彼女が払っていた。汚れ役を、頼まずとも引き受けてくれていたのに。
「魔物戦は命の取り合い。それを、そんなナメた考えでやってたわけ?
今日ほど共同経営者で恥ずかしいと思った事はない」
ああ、と、レインはわざとらしく続け、いつにもまして冷ややかな眼差しをメルクリウスに向けた。
「ゆくゆくは、私を追い出すつもりなんだっけ?」
「バカな!」
メルクリウスは、反射的に否定した。
レインは恐らく、最近、メアリーに“パーティ資産権”の二割を与えた事を不満にしていたのだろう。
パーティに“株式”と言う概念は無いが、似たような決定権を分配するルールは存在する。
これまでは、メルクリウスとレインが6:4でこれを共有していた。
しかしメアリーと公私ともに相性が良いと判断したメルクリウスは、これにメアリーを加えて6:2:2の配分に変更した。
これは、レインを蹴落とす意図では無い。誓って本当だった。
この後、やはりレインの方が相応しいと判断すれば、元の比率に戻すつもりだったのだ。
この一度だけで、これまで培ってきた信頼を疑われるなど、悲しかった。
だが、理解されない。
「さよなら。もう無理。私はもう何も要らないから、その残りカスみたいなパーティの残骸を残された人らで齧っていなよ」
レインも去り、更に何人かも去った。
パーティは、ウォルフガングとメアリー、事務員のドロシーが残った。
「何で? 何でだ?」
何で、何で、何で、何で、何で何で何で何で。
彼の頭の中は、その言葉で埋め尽くされて、他の事が考えられなかった。
それでも、諦めない。
メルクリウスは、旧知であるライラ・バティンのパーティの傘下に下る事を決めた。
その嘆願に出向いた瞬間、ライラは彼を拳で殴り抜いた。
相変わらず、結い上げた金髪の似合う知的な顔立ちだった。
「よくまあ、ぬけぬけとアタシにそんな頼みが出来たね?」
ライラは元々Don't mindのメンバーだったが、何故かレインと折り合いが悪く、袂を分かってしまった。
「まあ、借金で首が回らなくなったのをアタシに肩代わりさせた時よりは、マシな理由かな?
杖なんてオーダーメイドさせられる身分では無いよね?
言っとくけど、まだ未払い分あるんだけど」
「ああ……本当に、本当にすまねえよ……」
しょぼくれた様子のメルクリウスを前に、ライラは腰に手を当てため息一つ。
ライラ自身は人間関係のトラブルで辞めざるを得なかったが、Don't mind自体は追放事例0件のホワイトパーティを貫いた。
戦術の甘さから甚大な被害を出したとは言え、同情の余地を感じた。
それに、かつて「恋人を病で亡くした」過去を打ち明けてくれた時から、この男は一人にしておけないと思っていた。
「覚悟しなよ。今度はアンタがアタシの手下だから」
多くの仲間達に掌を返され、一度は人間不信になりかかった。
だが、残ってくれたウォルフガングとメアリー、ドロシー達……過去を水に流して今も自分を慕ってくれていたライラ。
皆の為に、Don't mindは必ず生き返らせて見せる。
メルクリウスは、新たな誓いを胸に灯した。
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