第6話 魔法の仕入れとシュニッツェルと別れ
この前のスケルトン大量発生は、やはり人為的なものだった。
田舎町の片隅で興った新興宗教の仕業だったらしい。
当たり前だが、人類の絶対敵である魔物を意図的に呼び出す魔法は違法。国際レベルで処断される、テロ行為だ。
自然発生、つまり、誰かが無意識で呼び込んだ魔物については証拠が残らないので犯人を知りようがない。
しかし意図的に魔物を生み出す“召喚魔法”を使った場合、明確な“意識の方向性”が生じ、それが殺した魔物の死骸に残る。解析魔法によって術者が容易に特定されるので、実行犯は馬鹿な奴だとしか言いようがなかった。
だがこの事件、結構なニュースになるだろうな。
ともすればホラー小説の題材として使われてもおかしくない。
まあ、何にせよ俺には関係ない。
フリーランスとしては初仕事だったスケルトン駆除も予想以上の成果が出たし、その後も順調だった。
どうやら、俺達は思いのほか良いコンビであるらしい。
どうも俺の魔法を無尽蔵に蓄えられるらしいあの女のお陰で、この即席パーティ単位では魔法のストックに限りが無くなった。
今まで、家族以外にほとんど魔法食を食わせた事が無かったので気付きにくかったが、一食当たりのストック数は食べた側の思考にも依存するようだ。
考えてみれば当然ではある。
「アルシさんのご飯、なに食べてもおいしいです……」
ボソボソ陰気に褒められる。
まあ、作ったものを褒められて誰も悪い気はしない。
問題は、あの女が攻撃魔法には不馴れで、いざと言う時にミスる点だが、それも少しずつ改善されている。
どの道、如何なる戦いでも、俺自身にも魔法をストックさせないといけないのは同じだし、あいつの討ち漏らしやら、捕まりそうになった時のフォローに専念していれば、大体の仕事は危なげなく終わるようになってきた。
報酬は、経費を差し引いた後に余りを二人で均等に分けているが、それでも現状維持くらいは出来ていた。
ただ、俺達もいずれ歳を取って行く。
今日を食べていけるからと言って、貯えが増えないのでは、やはり野垂れ死にコースに変わりはない。
そろそろ、この即席パーティも潮時。お互いの本懐を果たすべく、ネベロンに行く頃合いだ。
魔法発祥の地へ。
ネベロンには問題なく入国。首都シャン・マウから程近いモーテルに拠点を移した。
白亜の城塞に包まれた教国は、人と“映像”で溢れていた。
あちこちに、それとわかる白衣を着た人達が配置され、絶えず魔法で広告やニュースを映し出している。テレパシー魔法の一種であり、現代では貴重な通信手段でもあった。
《あなたに極上の色彩を……エメリィの化粧品は、美をクリエイトする》
《続きまして、気象操作局からの天気予告です。連日の不作を受けた農業組合からの要請もあり、週明けより雨季とする方針です》
《相次ぐ大聖堂の不祥事です。ビーン大司教は、自身の収賄容疑を一貫して否定する構えです》
俺は国立図書館に足を運んだ。
目当ては当然、魔法書だ。
俺のマジックアイテムを売り出すには、もう少し料理に込められる魔法のレパートリーを増やしておきたい。
攻撃魔法などは、元々工業利用されていたもの達が兵器として派生した分野である。
個人や企業が
当然、メルクリウスが使っていた“ヒンメル・フランメ”のような、個々が切り札だとか秘技だとかにしている上位魔法を売り渡すような太っ腹は居ないから、俺のやり方ではせいぜい中級クラスの魔法しか集まらないのだが。
回復魔法なんかは国家資格が要り、医療機関で働くにしろパーティでヒーラーをやるにしろ、これもむざむざ売り渡す奴は居ないだろう。苦労して勝ち取った自分の存在意義を投げ捨てるようなものだ。
「しかし、真新しいネタは無いもんだな」
一人、ぼやいていると、
「調べものですか……」
すぐ背後から、陰気な声が。
「ヒッ!?」
あまりに突然の事で、俺の背筋はびくりと跳ね上がったーーのを目の当たりにしたあの女が、肥満体をびくりと跳ねさせていた。
「何だよ、おどかすなよ」
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい……」
何度も何度も平に謝ってくる。
「ついて来てたのか」
「ごめんなさい、本当にごめんなさい……」
ああ面倒臭い。話を逸らそう。
「新しい魔法のネタを探していた。けど、なかなか無いもんでな。当たり前なんだけど。結局、俺の魔法食でストックされる魔法って“サブウエポン”にしかなり得ないんだよね。せめてオンリーワンの能力だったり、パーティ行動に必須な回復魔法とかをストック出来るのだったら、もう少し需要もあるかも知れないけど」
流石に、話題逸らしが露骨すぎたか。
だが、女はにわかに黙ったので、結果オーラ「あの! 魔法思考……魔法を使う時に何を考えているのかを極力教えれば、アルシさんは料理にその魔法を込められるんですよね?」
「な、何だよ。まあ、その通りだけど……」
「回復魔法、教えます! わたしの!」
えっ?
こいつは今、何を言った?
「その代わり、それで作った料理、わたしにも味見させてください。報酬はそれでおねがいします」
正気なのか?
担がれているのか?
女は正気だった。
俺も数え切れない程の魔法書を読み漁ってきたのでわかるのだが、魔法的思考を他人に伝えると言うのは、これまた違った能力が要求される。
文章能力や伝達力だ。
自分の感覚を言語化し、相手の中に落とし込めるように狙って伝えねばならない。
小説家なんかは、魔法書を書くのも巧い人が多い。一部、前衛的な文体を売りにしている作家は逆だが。
で、俺の予想通り、この女は教えるのが下手くそだ。けれど、真剣そのものだった。
俺が的外れな解答をすると、したたかに手を叩かれた。ひどい。
俺も俺で、根気強く、全てを理解するまでは食事もトイレも睡眠も、何もかもお預けの覚悟で耳を傾け続けた。
回復魔法をストック出来る魔法食。
確かに、これが実現すれば、行けるかも知れない。
特に、
何がなんでも成功させたい。
そして、たどたどしい教え方ながら、女が放つこれまでにない気迫に気圧されたのも正直な理由ではある。
そして遂に、俺は彼女の“ヒーリング・ライト”を理解した。
豚肉をミートハンマーで、極限まで薄く伸ばす。
それを小麦粉・卵・パン粉で衣を作り、大量のバターで揚げ焼きにする。
揚げたてのそれに、レモンを搾るのも良いし、ジャムをつけて食べる事も出来る。今回は両方用意した。
シュニッツェル。
死んだお袋の祖国に伝わる郷土料理であり、B級グルメとして今でも親しまれている、カツレツのようなものだ。
今日は特に、食材費の金に糸目を付けなかった。
この即席パーティも今日で解散。これくらいの贅沢は許されても良い筈だ。
「おいしい……そして暖かい」
まあ、揚げたてだから、暖かいと言うよりは熱いと言うべきだが。
「わたし、この味、一生忘れません」
そう言って、彼女は微笑んだ。
俺の目の前では、はじめて。
……そして20枚も平らげやがった。
まあ、揚げた豚肉と言う見た目に反してサクサク食えてしまうのは確かだが。
翌朝、ネベロン大聖堂の前。
「それじゃあ、お互い武運を」
同じ建物に入り、俺達は別々の道に別れて行った。
拍子抜けするほどあっさり、俺はマジックアイテム開発部門の試験に合格した。
回復魔法のシュニッツェルを始めとして、俺が作れるものを作った。それだけだった。
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