第5話 自家製ハンバーグサンドとCランク狩り

 本当はハンバーガーにしたかったが、移動販売車にバンズが売ってなかったので、こんがり焼いたトーストで妥協した。

 肉は安物で少しパサパサ気味だが、これはこれでお高い肉には出せない味わいがある。肉牛の等級に差はあれど、命は平等なものだと俺は思っている。

 ソースはケチャップ>マスタード>マヨネーズの比率で混ぜた。

 そこへスライスチーズ、輪切りトマト、レタス、ピクルスを挟む。

 本当なら、パンと肉とケチャップだけでも充分に食べられる。

 こんな事をしているから費用がかさむのだが、俺自身が味に納得出来るかどうかは、魔法の威力や使用回数に直結するから仕方がない。

 この出来なら、一個につき“雷杭らいこう”3回分になる。毎度の事だが無理をして3個食った。

 残りはあの女にくれてやった。

「ぉぃιぃ……」

 控え目な声とは裏腹、5個も平らげやがった。

 まあ、予想通りだ。俺としても、自分がストックしきれない分を肩代わりして貰えるから助かるので、敢えて限界まで食べて貰った。

 数体のスケルトン相手なら、俺の9発だけでも足りるだろう。

 

 メルクリウスと考えが被るのは癪だが、俺は、攻撃魔法とは電撃と火炎だけを極めれば大体事足りると考えている。

 電気はほぼ光速で着弾するし、生物なら筋肉も内臓も満遍なく破壊出来る。筋肉の弛緩も根性でどうにかなるものではない。

 今回のスケルトン共のような非生物でも、単純なジュール熱で充分破壊可能だ。

 先日の火龍のように、外皮などの絶縁抵抗が高過ぎるターゲットだとか、閉所の群れを一掃する時だとかに、火炎に切り替えれば良いだろう。

 勿論、そのどちらも効かないこともあり得るので、他の水属性だとかを否定するつもりはないが。

 なお、今でも勘違いされがちだが、アンデッドに炎をぶつけた所で、それほど有効ではない。

 俺達のように皮膚・筋肉・内臓が健在で、そこの破壊が死を意味する立場ならともかく、奴らはもう生物としての条理から外れている。まして骨とは、案外燃えにくいものだ。

 一流の火炎魔法をまともに喰らえば、人間やCランク程度の魔物が消し炭になるのは当然なので、アンデッドには火が効くと言う迷信は意外と今でも信仰されているのだが。

 魔法のストックについてはこんなものだ。

 一応、俺の白兵力では気休めにしかならないが鉄棍棒メイスも持って行く。

 準備は完了。

 現場の墓地へ向かうとしよう。

 

 

 だが。

 スケルトンの数は、俺の予測を遥かに超えていた。

 結構広い墓地なのだが、足の踏み場が無いほど骸骨どもが殺到していやがった。目算で20体は居るのではないか。

 しかも、それぞれに鉄パイプだとか鈍器になるものを手にしているのも不自然だ。数体がたまたまそうしたのなら話はわかるが、全個体が武装しているとなると、誰かが持たせたとしか思えない。

 一人か、せいぜいそれに便乗したもう数人が出来心で故人の復活を願ってしまい、アンデッド出現の原因となる事は珍しくない。

 それでも普通は5体現れるかどうかだ。

 あの女には期待しないまでも、9発と言うストック数には充分なゆとりを見ていたつもりだった。

 ここは国道から脇に外れた所にある、ひなびた田舎町なのだが、何か裏事情があるのかも知れない。

 もしかしたら“召喚”をやらかした犯罪者の仕業かも知れない。

 とにかく、そんな大局的な事情はお上に任せるとして、俺は可能な限りスケルトンを破壊した後に撤退すると決めた。

 報酬は単純な殺害数による出来高制だ。まともに殲滅を狙う必要はなく、俺が魔法切れを起こした時点で潮時と見るべきだろう。

 

 俺達が肉と内臓を持っているのは何のためなのか。骸骨共を見ると疑問に思わされる。

 ギリギリの間合いまで引き付けたスケルトンが、目視困難な速度で俺に迫った。

 鈍器を振りかざしてくるのに対し、俺もメイスで受け流すのが精一杯。インパクトの瞬間、嫌な音を立てて俺の手首の方がイカれた。

 俺はたたらを踏みながらも、無事な方の手を突き出してどうにか雷杭を奴にぶちこんだ。

 一条の雷光がスケルトンに伸びて炸裂し、遅れて破裂音が俺の鼓膜に突き刺さる。

 流れた電流と染み込んだ泥水とが全身の骨の中で反応し、スケルトンは陶器のように破砕四散した。

 当たりさえすれば一発で仕留められる。

 当たりさえすれば、だ。

 そして当たってしまえば簡単に頭をもがれて死ぬのは、俺やあの女も同じだった。

 後方に配置したあの女はと言うと、呑気にリュックサックから菓子パンを取り出し、それを貪りながら俺に手をかざしていた。

「もっしゃもっしゃ。ヒーリング・ライト」

 痛めた手首に魔法発生による副次的な光が灯ったかと思うと、怪我は即座に完治した。

 それで理解した。

 あいつは、魔法を使う度に何かを食っているんだ。それが菓子パンなのは、恐らく経費を安く済ませる為か。

 半端なくカロリーを消費する魔物戦に身を置きながらあんな体格になったのも、あのパーティを追い出された事にも合点が行った。

 しかし俺の場合、元よりあいつと行動を共にする算段では無かったから、邪魔とも思っていない。

 思う暇もない。

 次のスケルトンが、俺を認知して突進してきた。

 それに呼応するようにもう一体。

 正直、2対1でもキツい。

 焦って雷杭を2発も外した挙げ句、あわや二体目に殴られる寸前で、これを迎撃。粉砕した。

 既に残量は4。半分を切った。 

 最弱のCランクですらこれだ。これが、人間と魔物の格差。

 そして。

 女の甲高い悲鳴が、墓地の静寂を引き裂いた。

「あの馬鹿!」

 まだ何体か隠れていたらしい。

 ぼけっと、最初の位置で突っ立っていたあいつは、いつの間にかスケルトンに包囲されていた。

 それに気を取られた俺も俺で、間合いをはかり損ねた。

 何体ものスケルトンが、俺達に向かって邁進を始めた!

 まずい、どうにか女を連れて抜けないと。

 俺は頭を切り替え、救出と撤退の算段を立てながら走った。

 バチン。閃光と共に音が弾けた。

「ぁ、ぁ、あ……」

 バチン、バチン、バチン、バチン。

 あの女が半狂乱で、雷杭を放出しまくる。

「あぁあアァあァアあアッ!?」

 バチン、バチン、バチン、バチン!

「無駄撃ちは止めろ!」

 俺の警告もシカトして、バチン、バチンバチンバチンバチンバチンバチンバチンバチン待て、バチンバチンバチンバチンあいつは何発雷杭をストックしているんだ?

 食べたのは5個だけの筈だぞ。

 雑な狙いも数撃ちゃ当たる。

 無尽蔵にも思える雷杭の雨嵐に、スケルトンの群れが面白いように崩壊していく。

 そうして、あっという間に動いている骨は居なくなった。

 どいつもこいつも、元が人骨だったこともわからないくらい、原型を失っていた。

 だが、雷杭はまだまだ尽きることを知らない。

 バチンバチンバチンバチン。

「おいやめろ! もう、全部殺したぞ!」

 それでも、テンパったあいつの耳に、俺の言葉はなかなか届いていないらしい。

「え? えっ、えっええ? まだ、まだ他にもいるんですか!? どこに!? まさか、あそこ!? アぁああぁアあああアッ!」

 バチンバチンバチンバチン。

 この後、味方であるはずの女を説得するのに骨が折れた。

 バチンバチンバチンバチン。

 

「アンタ……俺のサンド食ってどれだけ魔法をストックしたんだ?」

「えっ? えと……無限大?」

 何を言ってるんだ、こいつは?

「だって……忘れられないほど、おいしかったから……」

 口をへの字にして、何かをブツブツのたまっている。

 取り敢えず、俺はそれ以上考える事を止めた。

 色々と、予想以上に疲弊した。

 モーテルに戻って休みたい。

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