第4話 追放仲間?

 とにかく、働き口をネベロンで探す事にした俺は、オンボロワゴン車でカンカール市郊外の道を走っている。

 助手席を、丸々と肥え太った生白い血色の女がどっしり占拠している。

 伸びるに任せた色素の薄いブロンド、野暮ったい眼鏡、そして何より世の中の視線全てに怯えているかのようなオドオドした顔。しかし、そんな萎縮した態度とは裏腹、さっきから絶え間なく菓子パンをもしゃもしゃ貪っていやがる。

 ハイデマリー・クレメント。

 この女も俺と同様“Don't mind”に所属していた“治癒能力者ヒーラー”であり、俺が抜けた直後に後を追い掛けてきた。

 パーティ時代は隊が違ったし、俺もこの女もコミュ力なんぞ皆無なので、ろくに会話した事すらない。

 だから最初、背後からおずおず呼び止められた時は滅茶苦茶ビビった。

 長い道中、根気強く聞いた所によると、明日からパーティに出動する気はないと言う。事実上の脱退と言う事だろう。それも、無断の。

 当然、あるパーティで良くない行動を取れば、同じ地域の別パーティにもそれが知れる。俺みたいに、一応の手順を踏んで抜けた方がまだ良いとは思うが……まあ、そこは悪いが他人事だ。

 更に話を聞いていると、どうもこいつも、俺と同じ事を考えていたらしい。

 パーティを抜けて、隣国のネベロン教国へ。

 それで、同時にパーティを抜けた縁で俺とお話したかったが、まさかその後の進路も同じだったとは。ネベロンまで、ご一緒させて下さい、とこんな具合だ。

 この女が俺と違うのは、マジックアイテム開発の働き口がネベロン大聖堂にないかなーとフワッとした考えではなく、明確に“執聖しっせい騎士団”に入りたいと思っているらしい点だった。

 ご大層な名称ではあるが、まあ、早い話が軍隊であり、つまるところ公的な警備要員だ。

 この女がどの程度やるかは分からないが、ヒーラーなら、余程どんくさい奴でもない限り使いではある。

 回復魔法・補助魔法の有無は隊としての継戦能力にモロに直結するし、即死しない限りは致命傷を受けても復帰の目を作れるのは強力無比だ。と言うか、魔物戦において、ヒーラーの存在は必須と言って良い。

 例え分け前が減ろうと、何人いても困らない程だ。

 そのスキルを武器に、下っぱの“従士”あたりになろうと狙っているのかも知れない。

 ……と言うのは、順当な憶測だ。

 メルクリウスやレインのスパイ。

 抜けた後の俺をウォッチして笑いものにしていやがるのでは。

 そんな疑念が脳裏をよぎる。

 だが、いくらなんでも馬鹿げた話だ。

 メルクリウスが本心では俺を歯牙にもかけていなかったのは明らかだし、かといって個人的な恨みを買った覚えもない。俺のその後をウォッチ、等と言う悪趣味にしても手が込みすぎのリスクが高すぎ、メリットは皆無だ。むしろ、そんな馬鹿であってくれたなら、俺は多分、こんな丸裸で投げ出されずに済んだだろう。

 奴らが俺にスパイを放つ理由は無いはずだ。

 まあ。

 大方、この女も報酬を絞られて自発的に脱退ーー追放されたクチなのだろう。

 さて。

 そうこう考えているうち、草木もまばらな荒野にぽつりと建つ汚いモーテルが見えてきた。ネベロンへ行く前に寄ろうと思っていた場所だ。

「ぇ……?」

 俺が車を停めると、何を戸惑っているのか、女が寸胴のような肥満体を萎縮させた。

「路銀を稼ぐ。悪いが協力して貰うぞ。アンタにも必要だろう」

 

 薄汚れたプレハブのダイナーにモーテルの併設されたそこは、移動販売車で賑わっている。

 俺の目的は、ダイナー側にある。

 レストランの会計とは別に、受付がある。

 そこでは、Cランクの魔物駆除を単発で請ける事が出来る。

 こうしたモーテルは各地に分布しており、いわば“ギルド”と言うネットワークで繋がっている。

 正規のパーティを動員するまでもない、野犬レベルのCランクを、日雇いで始末させる為の機関である。

 社会的評価は不問。例えパーティを無断脱退したような奴にも、等しく窓口は開いている。

 ダイナー、および、モーテルの形を取っているのは仕事の拠点を提供するためだ。

 それをターゲットにした露店商にも事欠かないので、補給にも困らない。

 ここで俺は、一つの案件をささっと請け負った。

 ある集合墓地に“スケルトン”がそれなりに発生しているらしい。

 死んだ人間を悼む誰かの“思考”が、上っ面の形で実現してしまう、典型的なアンデッド案件だろう。

 敵の数がきっちり明記されていないのが気に食わないが、その日暮らしのCランク殺しなんて、こんなものだ。

 ギルドは討伐隊のあらゆる損害に責任を持たないし、討伐隊はギルドからいかなる束縛も受けない。

 最低限度の責任だけで命のやり取りに身を投じる以上、真の意味で自己責任と言う事だ。

 

 俺の貯蓄も、そんなに余裕はない。

 次の仕事を見つけるまでプー太郎のニートで居るわけにもいかない。

 稼ぐだけ目減りする収入しか得られまいが、それでもやらないわけにはいかなかった。

 それに。

 この太った女がどう言うスタイルで戦うのか。俺の後をついてくる間は、それなりに興味もあった。

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