第3話 自分を棚卸し
仕事を辞めるってのは、何とも言えない解放感だな。
明日から、ドラゴンだとかデーモンだとかと命懸けで戦わなくても良いんだぜ?
無職万歳!
……なんて、言ってばかりも居られず。
初代魔女王・エカテリーナがネベロン教国から独立を勝ち取ったこのシュアン国は上昇志向が美徳であり、現代の失業者に対しても厳しい。
仕事がなければ、冗談抜きで浮浪者となり野垂れ死ぬ末路しか無くなる。
「魔法起点の違いによる生きづらさを無くそう!」
「魔法起点は杖や剣ばかりでは無い!」
「魔法起点の詮索の禁止を実現しよう!」
道路を挟んだ向かい側で、啓発活動の行進がやっていた。
悪いが、俺には関係ない。
今後の進路を決めるにあたり、俺の魔法について考えなければならない。
平たく言えば、俺の魔法は「料理に封じ込めた魔法を、食った奴に一時習得させる」と言う、かなりややこしいものだ。
例えばこの前の火龍戦で俺が撃った“
あれは本来、俺が使える魔法ではない。
俺が予め、マッシュポテトを作り、そいつに“焔槍”の魔法思考(あるいは術式)を込めた。
そのジャガイモを食う事で、俺の中に焔槍の魔法が“ストック”されたわけだ。
だが、ストックを使い切るか“その料理を食った実感が無くなった”時点で、ストックした魔法は失われる。
ついさっきまで知っていた知識が忽然と消える感覚は、いつまで経っても気色悪さを感じるが、これが俺の持つ魔法起点なのだから、変えようがない。
魔法の癖は、先天的な才能と、幼少期の生育環境に左右されると言う。
例えば、メルクリウスが杖を振るうと言う至極まともな魔法起点をしているのは、奴の生まれたフリード家が、魔法戦士ーー魔物討伐のエリートの家系だからだ。
生まれ落ちた瞬間から、俺のように変な癖がつかないよう大人が総出で教育し、奴はめでたく、将来安泰テンプレ魔術師として成長したわけだ。
現代魔法戦で“最強”を突き詰めようとすると、凡庸が一番と言う身も蓋もない結論に到達するものだ。
一方の俺は、恐らく幼い弟達に食わせるために家事を引き受けていた事が影響していると思う。
特に料理の際には「あいつらの体が少しでも強くなるように」と願いながら作っていた事を今でも覚えている。
両親もまた魔物駆除の戦士だったが、お袋が戦死した事で生活がギリギリの状態に陥った。
親父は今でこそ落ち着いたが、当時は金を稼ぐのに手一杯で、俺達兄弟の世話なんてしていられなかったのだ。
実際、二人の弟は、方や二刀流の剣士となり、方や光を操る魔術師となった。たまにテレパシー通信で世間話くらいはするが、至って癖のない平凡な人生を送っているようだ。
ちなみにどちらも、俺よりガタイが良い。
とにかく。
俺は、魔法を覚えても、直接それを使えない。
料理に付与して食わなければならないし“消化”してしまえば、再び食うまでそれっきりだ。
当然、一人の人間が物を食える量にも限界がある。
なるべく腹に溜まらないメニューにしたい所だが、どうも強い魔法ほど味の満足感が高くないとダメらしい。
また“Don't mind”の奴らが俺の魔法食を食う事も無かった。
これも魔女王エカテリーナからの系譜なのか、シュアン人は特に自分の魔法に対する矜持が強い。
マジックアイテムは甘え、と言う考えが当然のように浸透しているお国柄なのだ。乗用車だってマジックアイテムなのだが。
そもそも、メルクリウスのような“普通”の魔術師は、俺の魔法食を使うメリットも無い。
杖になる物さえあれば、自前の魔法を無制限に撃てるのだから、わざわざストック制の魔法に頼る事も無い。
そして、起点の制約を差し引いても、俺の魔法のバリエーション・威力はよくて中級クラスの微妙なものだった。
以上の事を踏まえて、具体的な今後を考える。
候補その1、他のパーティを探す。
……俺なら、俺を戦力として欲しいとは思わない。“Don't mind”に加入出来たのも、たまたま創立の場面に居合わせての事だった。あの頃は、今の主力メンバーも未熟だったから、俺の弱さが相対的に目立たなかったのもある。
また、パーティ間のネットワークと言うのも案外侮れず、中堅パーティ所属、かつ、無名であった俺でさえも、どんなタイプの人員かは解析されているだろう。
メルクリウスらも馬鹿では無いから、喧嘩別れしたからと言って悪評をばらまく事は無いだろうが、そもそも俺が弱いと言う情報は、既にこの界隈のパーティで自然に共有されてしまっているだろう。
候補その2、自分がリーダーとなってパーティを立ち上げる。
……あり得ない。
他の職種なら経営者が現場に強くなければならない決まりはないが、パーティリーダーとなると話は別だ。
いわば“頭脳”が簡単に壊れてしまうのでは、メンバーも安心できない。
リーダーは、実戦力もパーティ上位である事を要求されるものだ。
候補その3、ならば戦いを捨てて一般職に鞍替えするか?
……現状、俺が人より出来るのは料理くらいか。
だが、誤解しないで欲しいが、あくまでも「日頃料理をしない奴よりは要領が良い」程度のもので、現状の俺にプロに足る腕前は無い。
飲食店やホテルの厨房で働けるほどでは無い。
下積みから始めて死ぬ気で修行すれば……と思われるかも知れない。
だがここで、俺が今の今まで魔物と戦って生計を立てていた事実が邪魔をする。
魔物もまた、現代を生きる誰かが無意識に思考した産物である事は先に説明した。
つまり。
数多くの魔物と戦ってきた者は、新たな魔物を思考しやすい……魔物を無意識に生み出しやすい素地があると言う事だった。
魔法の有効射程距離は、大体が術者の肉眼で見える範囲に限定される。
つまり魔物が“
誰が魔物を思考したかを詮索する事は法的に禁じられてはいるが、それでも魔物の生成ポイントに居た人間がその後リンチに遭うような事件は後を絶たない。
ネベロン一世の末路だって、疑われた末のリンチ死だ。
しかも、魔法の原則の例に漏れず、魔物の強さは思考した奴の知識や想像力に比例する。
そう言うわけで話を一般職への転身に戻すが、俺達のように常に対魔物の事を考えなければ生き残れなかった人種と言うのは、一般企業からすれば魔物を呼び込む厄介者にもなり得るのだ。
人類の守護者にして一攫千金の花形職業は、同時に「一度なってしまえば、他の仕事に就くのが難しくなるヤクザ・賎業」でもあった。
他のパーティに拾われる目は無く、かと言って一般の仕事に就くのも困難。
正直な所、詰んでいる。
だから、あんな安い賃金で扱われても、今まで抜けるに抜けられなかった。
だが、実の所、あのパーティを抜ける可能性は常に考えていた。
うまくハマれば、あるいは……と言う道を一つだけ考えた事がある。
お隣の国ネベロン教国では、ここ数年、マジックアイテムについての新しい試みがちょくちょく報道されていた。
憶測だが、軍がマジックアイテムの開発に力を入れ始めたのだと俺は睨んでいる。
准将のジョージ・フライは、学界でも有名な研究者でもあるが、彼が今の地位に就任した時期と開発が活発化した時期はあからさまに符号している。
俺の魔法食も、ある意味ではマジックアイテムだ。
ネベロンに移住……いや、“里帰り”しようと考えている。
幼少期は、あの国で育った。
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