第7話 僕と君の始まり。
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一面には薄汚れた床。少しガタガタに置かれた30席近くの机と椅子。後ろにはクラス全員分のロッカー。壁には所々掲示物が貼っており、よくある平凡な中学だ。僕の席は窓側の1番後ろ。つまり隅っこ。
昼休みに暇つぶしで読書をしてると金髪が特徴的な見るからに陽気そうな少年が僕の机のところに来た。制服である学ランを身にまとっている。なんでこの人は僕の所によく来るのだろう。僕といてもつまらないと思うのに。ほかの人と過ごしていた方が有意義だと思うのに。
『あのさー勉強教えてくれない?俺も同じとこ受けようと思っててさー。1番下のクラスだけど。』
...何を言ってるんだ。彼は噂によると毎回テストで英語以外の教科は赤点ギリギリをとっているのに。そんな人が例え1番下のクラスでも受かる筈がない。
『
本を読みながら冷静にそう返答した。これでどっかに行ってもらうつもりだった。
これ以上関わられるのはごめんだ。
『無理ってなんだよ…?そんなのやってみないと分からねぇだろ?』
いつもの笑いを含んだおふざけトーンではなくてゾッとなるようなガチトーンの声だ。
いつもと目付きが違う…。冗談じゃなく本気だったんだ。
ちょっと申し訳ないことしちゃったな...。
『やってみないとわからない?昔は僕もそう思ってたよ。だけどやっても出来ないことだってあるんだ...。』
僕は今読んでる所にしおりを挟んでそっと閉じ、叶くんを見上げ、目を合わせた。
『でも、勉強なら頑張ればどうにかなりそうじゃん。』
落ち着きを取り戻したらしく、さっきの顔付きは消えていた。
『どんだけ必死になったってできないことはあるんだ。今の僕がそれを証明してるよ。』
すると、叶くんは驚きを隠せない様子で目を見開いた。
『ど、どういうこと…?』
『僕の頑張りが報われてたら桜野谷にいたんだ。ここに通うことにはならなかったんだ。』
彼の様子には影響されずに仏頂面で淡々と言葉を続ける僕。それはまるで感情を持たない、いや知らないまっさらな本の様だった。|
『そうだったのか…。知ってたけど…。』
『まぁそうだよね。
『俺は思ってない。寧ろそのために全力で頑張れたのかっこいいと思うな。』
冷やかしなの?もう真面目に相手をするのもめんどくさい。
『冗談はやめてくれない?』
睨みを効かせてただ一言放った。その後、机に置いてあった小説を取って、しおりを挟んだところから読み始めようと思った。しかし叶君が僕の両手に収まっていた小説を無理に奪い取られたため立ち上がり本を取り返すしかなかった。
『ちょ、かえ....』
僕が彼に近寄った途端、彼は近くにある誰かの机の上に小説置いた。そして僕の両肩に手を強く置き僕の動きを制限させた。
彼は眉間にシワをよせた険しい顔をしており、僕は何かされるのではないのかと身構えしてしまう。自分よりも大柄なので少し恐怖を感じて何も言えなくなってしまった。
『これが冗談だと言うのかよ?俺とは違いひとつの事を最後までやり遂げた諸星のことを心から尊敬してる。だからお前に勉強を教えてもらおうと思ったんだ。他の誰でもない諸星から!』
彼は真剣そのものだった。
目を光らせており、いつも陽気な彼には似合わない生真面目な顔をしていた。
ざわざわしている昼休みの教室でも彼の声はひと際目立った。だが、みんなが各自の作業に没頭しているため注目を浴びることはなかった。
『…!』
こんなことを言われたのは初めてだ。強ばっていた顔の筋肉が頬が緩まった様な気がした。一語一句が心に響き温かくなり目が潤んだ。
誰かに僕の努力が認められたことがあっただろうか。尊敬されたことはあっただろうか。
きっと一度もないだろう。
親は受験について放任し、最低限のことしか協力してくれなかったし、唯一の友達である徒夢は『もう1年切ってるから勉強したって無理だろーw』と小馬鹿にされた。
今のクラスメイトも調子に乗って自分の学力にあってないところを受けた勉強に対して自信過剰な人と思っているだろう。
『ありがとう…。』
顔を隠す様に俯きながらぽつりと呟いた。自然と春の日差しのような柔らかい声が出た。
『え、まさか感謝されるとは思わなかったなー。』
叶くんは僕の肩からそっと手を離して驚きつつも頬を紅潮させ喜色が表れていた。
『凄い救われた様な気がしたよ。お礼に勉強教えてあげてるね。』
顔が綻んでおり、ようやく僕の物語が始まった。
それから昼休みは叶君と一緒に勉強する日々が続いた。
叶君は友達が多く、昼休みに遊びに誘われることが多かったが、志望校に受かるために全て断っていた。この人やるときはやるんだな...。ちょっとかっこいいとか思ってしまった。
叶君は僕が教えたことをすぐ身につけ、学力は確実に上がっていた。割と飲み込みが早く、地頭は良いタイプなのかも知れない。洋楽を聞いてたお陰で英語の点数は他に比べて良かったらしいし。
校内模試返却後。この模試は僕らが共に勉強し始めて初の模試だった。クラス中が模試の話題で持ちきりでがやがやとしている。放任主義の担任で、周りのクラスも授業をしていなかったため友達の元へ行くために席を立つ者もいた。
叶君が僕の元に模試の成績を見せびらかし笑みを浮かべながら駆け寄ってきた。
その姿は母親に自分の事を自慢したがる小さな子供のようだった。
『諸星みてみてー!5教科合計点150点以上も上がったよー!』
国語 37 → 63 (26点アップ)
数学 32 → 73 (41点アップ)
理科 36 → 67 (31点アップ)
社会 29 → 60 (31点アップ)
英語 59 → 82 (23点アップ)
合計 193 →345 (152点アップ!)
え、こんな短期間でこんなに...。
『こんな飛躍的に伸びるなんて凄いね、爽真。』
なんとなく名前で呼んでみた。密かに距離を縮めたいと思っていたけど。
『やっぱ俺天才じゃね...?って急に名前呼び!?しかも呼び捨て! もしかして周くんデレ期〜?』
は、初めて名前呼びされた..!
どうして胸が高鳴っているんだろう。自分でもよくわからないけど、嬉しいことだけはわかった。
『は!?違うから!』
思わず口から出た言葉だった。
『違わないくせに!じゃ俺もこれからずっと周って呼ぶ!いつまでも名字呼びっていうのもよそよそしいからさ。』
プンスカと擬音が浮かび上がってきそう。
『...そうだね。』
ただ一言ぶっきらぼうに言い放った。本当はすごく嬉しくて、温かいのに。
その後も僕らは勉強を続け着実に学力を伸ばし二人共桜野谷高校に入学することができた。
来世はクマノミになりたい ななくさ @nanakusa_0107
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