私は馬に跨がったまま、二人の救出に向かった。

火の粉が風に煽られ降り注ぐ。

私の馬が勇敢で助かった。


「わたくしは走れますから!この子を!このままあなた様のもとへ!!」


女は煙にやられたのかガラガラと声を枯らし叫ぶ。

とにかくまず意識が朦朧としている少女を馬に引き上げる。

この熱さ…熱まであるのか?


「せめて外まで馬に乗りなさい!」

「それはできませんっ!!」


先に走り出す女を追いかけるように馬を走らせる。

少女を落とさないようにしっかりと片腕で支え、もう片方の手で手綱を握り締める。

少女はグッタリとうなだれている。


バチバチと木々が崩れ落ちる音が聞こえた。


いったい誰がこんな事を…。


敷地の外に出ると、消化部隊が放水の準備を始めていた。

他にも野次馬やら、中から逃げ出せた者、馬では歩きにくいほどに人が集まっていた。

火事が起きているのは、正面から見て左側の部分。

まだ炎は燃え盛っているが右側はすすこけているくらいで無事そのものである。

出火元は左奥らへんだろうか。

手紙に書かれていた情報が確かなら、この少女が暮らしていた別宅のすぐ近く。


「その子は熱がございます。ここにいてはお医者様に見てもらう事も叶いません。どうか…ニクス様がお戻りになる前に…はやく…。」

「あなたも医者に見せないと!」

「わたくしは…この館の者ですから…。」


女はガタッとその場に崩れ落ちる。


「王様!」


協力を頼んでいた1兵が単身馬で駆けつけてくれた。


「すまん、その女を頼む。この館の者らしいから誰かに伝えて一緒に病院に連れて行ってやってくれ。私はこのまま城に戻る。」

「了解致しました。」


私はすぐさま馬を城に走らせる。

ちょうど現れたあやつのおかげで人々が道を開けてくれていた。

ナイスタイミングだった。


このままニクス殿が戻ってくる前に。


しかしいったいどういう事だろうか。

私のもとに届いた差出人不明の一通の手紙。

そこには今日ここで火事が起きる事、その時に主人の暴力を受ける可哀想な子どもを助けてほしい事が書かれていた。

火災が起きる時間帯まで把握されていた内容。

誰かが故意的に起こした火災だというのは明らかだった。

ニクス殿の不在も計算のうちか。


とにかく少女をはやく医者にみせよう。

呼吸もヒューヒューと苦しそうで体もひどく熱い。

ろくに手当てもされない傷から何か菌が入ったのかもしれないな。

可哀想に。

私は少女を片腕で強く強く抱き締めた。

ほとんど骨と皮だけの体に無数の傷痕。

私が守ってあげなければ…。

この少女に対して何故か心からそう思うのだ。


城に戻るとすぐさま来客用の部屋に少女を連れ、待たせていた王族公用の医者に診せた。

侍女達も何人か手伝いにあたらせ、邪魔になるだけなので心配だが仕事に戻る事にした。


とにかく今は医者にまかせよう。


しかし、執務室で書類仕事をする気にはなれず、はりつめた緊張感をほぐすために、王のみが座る事が許される肘掛け付きの玉座に腰を下ろした。

はあっと深いため息を吐く。


とにかくここに連れてきたはいいが、いったいこれからどうしたものか…。

熱が下がるまではとにかくゆっくりさせてやりたい。

…。

彼女に何か城での仕事を与えれば、ここで寝泊まりさせる事は可能になるか?

この城の者達がその事に不満を口にする事はまずないだろうが、民に示しがつかない事をするわけにはいかないから慎重に考えなければならない。


ニクス殿はどう動くだろう。

今回の火災現場に私の姿があったことは間違いなく彼の耳に入るだろうから、ここを訪ねてくるのは間違いない。

しかし、彼女を絶対に返すわけにはいかない。

…二人はこのまま会わせない方がいいな。

どう追い返そうか。

それこそ税金と貴族院からの援助を受けて生活している今、王族の血筋でもない人間を城に住まわせる訳にはいかない。

…。

とにかく大騒ぎをして大問題になるのは予想されるな。

面倒なことだ。

…。

それでも私はあの少女を手放したくはない。

直感で、そうしてしまうと絶対に後悔すると思う。


もう二度と…。


そして何故か浮かび上がる言葉。








見たこともない知らない石の天井。

バッと布団をめくり飛び起きる。

だけど、ぐわぁっと脳内が揺らぐ感覚がして頭を抱えた。


「ああ、神よ。この娘に御加護を。」


知らない声。


「まだ急に起き上がってはダメよ。あなたは3日も眠り続けていたのだから。」


知らない手が伸びてきて、怖くなってそれを振り払う。

ゆっくり顔をあげる。

すぐそばの椅子に腰掛ける、十字架を両手で握りしめ何かを祈るおじいさんと、頭に何か被り物をしてワンピースにエプロンを巻いた女の人が二人。

一人が頭を下げ、慌てて部屋から出て行く。


ここはどこ?


「あ、主…。」


知らない。

こんな部屋知らない。

石造りな所はあたしの部屋と似てるけど、館は古きよき木造建築の建物だった。

主はいったいどこにいるの?


中年くらいに見える女の人が私の手をそっと握ってきた。

何されるかわからなくてちょっとビクッとなったけど、優しくフワッと握ってくれたからすぐに怖くなくなった。


「ここは、シュトゥルム王のお城の中だから安心しなさい。」


お城の中?

…。

主は??

…。

…。

あっ、そうだ。

あの時、確か館がすごく燃えてて…。

お姉ちゃんは?

何でお城なんかにいるの?

帰らなきゃ。

主が待ってる。

怒られる。

帰らなきゃ!


「あ…主。」


目で訴えてみたけど、おばさんはただあたしの手を握り締めながら微笑んでいるだけだった。

あたしは主以外の人と喋ってはいけないから、主の所に帰りたいことをどうしたらわかってくるのかわからない。

おばさんの手をギュッと握り返す。

帰りたい!

再び目で訴える。


「大丈夫。もう大丈夫だからね。」


ちがう。

全然わかってない。


あたしはおばさんの手を投げるように振り払う。

おばさんはビックリして目を丸くしてたけど、どうだっていい。

とにかくここを出よう。


ベッドから起き上がろうとしたその時、


「大丈夫か!?」

「しーっ、シュトゥルム王、今目を覚ましたばかりです。」


ガンっと勢いよくドアをあけ、ノシノシと部屋に入ってくる王。

おばさんがすぐに口もとに指をたて、しーっと合図をおくった。

おじいさんはまだブツブツと何か祈ってるみたいで、王が来たことも気づいてないらしい。


「すまん。で、大丈夫なのか?」


王は反省したらしく、小声で医者に声をかける。

そこでやっと王が部屋に入ってきた事に気づき、立ち上がってゆっくりと一礼する。


「3日も眠ってらっしゃったので心配しましたが、目を覚まされてからの様子をみてますと特に問題ないでしょう。まだ熱はありますし、しばらくは安静にされて、ゆっくりお食事をとっていただいて…」

「良かった!!」


まだ話の途中なのに、王はそう言って身体を脱力させたように見えた。


しばらくは安静に…

あたしは早く帰りたい。

どうしたら帰れるんだろ。

怖い。

どうしよう。


「でもまだ熱はあるのか。それはゆっくり休むといい。何か軽い食事も用意させよう。体が治るまではゆっくりするといい。」


王の言葉にあたしは慌てて首を振った。

ううっ、頭がクラクラしてちょっと気持ち悪い。


「?どうした?」

「あ…。」


どうしたらいんだろ。

主に会いたい。


「主…。」


目がぶわっと熱くなる。

体に水分がないから涙はでないけど、こみ上げてくるものがあった。


「ニクス殿?」


あたしは頷く。


すると、王は困ったように使用人の女と顔を見合わせた。


「そうだね。ニクス殿の自宅は半分は無事にすんだ。

けど、今は色々大変な時だからしばらくここで君はゆっくりしなさい。その方がニクス殿のためにもなろう。」


主のためになる?

本当に?

でも主は怒るような気がする。

主に嫌われるのだけは嫌だ。


頭を揺らすとめまいがするから、小さく首を横にふる。


…沈黙。


「…王はニクス様にあなたの面倒をみるように頼まれたのよ。今は屋敷に置いとけないからって。大丈夫よ。」


おばさんが今度はあたしの両手をギュッと握って目を真っ直ぐに見て言った。

さっきと違ってそこには何か言いたい事がつまってるような気がして、振り切ることができなかった。


今はお家の事が大変。

そっか、そうだよね。

あれじゃあたしの家もどうなったかわからないし、王様の所なら安心だって思ってるのかもしれない。

そっか。

そっか。

きっと迎えにきてくれるよね。

あたしの事愛してるって言ってたもん。
















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