今この国は、隣国と開戦の火蓋がギリギリおとされるかいなかの瀬戸際にいる。

私が采配を間違える訳にはいかない。

戦争はただ民を苦しませる。

国はなんとか回っているのだ、欲張って隣国を侵略する必要はない。

落ち着いて冷静に。


国同士の睨み合いを続け数日がたった。

私は部屋にある書類に目を通す。

隣国の動きについての報告書。

正直な所、こんなのただお互いに神経をすり減らしてストレスを溜めるだけの無駄な時間だと思う。

隣国とはどうしたって手を取り合っていかなければならない。

それがどうしてか伝わらず、国境付近で絶えることのないイザコザ。

いったいどうしたものか。


フーッと息を吐くと、ニクス殿が連れていたあの少女の顔が頭に浮かんだ。

あれからずっとこの調子だ。

意識が緩むと彼女を思い出す。

一目惚れとかそういった類のものとは違い、何だかこう…強く父性が揺さぶられたのかもしれないな。

我が子達とそう年齢の変わらない子どもが、あんなひどい目に合わされているだなんて…。

自国の人間だが、ニクス殿はもはや軽蔑する。

自分の権力で失墜させられるものならしたいくらいの憎しみがわいてくる。

だが、個人の感情でそんな事はできない。

ましてや代々王家を支えてくれた貴族院の人間。

何て私は無力なのだろう。

少女1人も守ってやれない。


「父上。」


次期、王となるだろう息子の声がする。

何やら不安そうな顔をして執務室を覗き込む息子。


「また侍女達の目を盗んできたな。どうした?なんかあったのか?」


私は入っておいで、と手招きをした。

息子は安心したようにニコッとし、パタパタと私のもとへやってくる。

幼くして母を亡くしてから、少し甘えん坊になったように思う、しかしそれは仕方のないことだと思うので、あと二年、10歳になり国事について一緒に外を歩き、学び始める歳になるまでは妃の分も甘えさせるつもりである。


「姉上が今日全然部屋から出てきてくれないのです。僕寂しくて…。」

「そうか。それは寂しいな。姉上の元気な顔が見られるように今夜は皆で食事をしようか。」

「はい!僕、皆にそう伝えてくるね!」

「ああ、頼む。ついでに厨房にも顔をだして、今夜はお前達が大好きなパスタにしてくれと伝えておいてくれ。」

「わかった!ありがとう、父上!」


またパタパタと駆け出し、部屋を飛び出していく息子。

最近はあちこちに忙しく、子ども達と一緒に食事をとれる時間が全然なかったな、申し訳ないことだ。

息子はああやって元気に走り回れるくらいになったが、娘はまだ妃の死を受け入れきれてない。

もう二年になるというのに。

娘は、私が全然構ってやらず妃にベッタリだった。

女の子だしそれでいいと思っていたのだが、まさかこんなことになるなんて…体は決して弱い方ではなかったのだが、気分が優れないと寝込むことが増えた。

原因は精神的なものによる所がすごく強いので、隙を見て関わりを持てたらと思うのだが…とにかく忙しい。

いまは気の抜けない時だから、娘には悪いが国を守るためにそちらに力を使わせてもらっている。

幸い、城の侍女達がたくさん目をかけてくれている。

1人ではないから、まあ大丈夫だろう。

私は次の書類に目をやった。







今日は体中の内部からも痛みがひどい気がする。

起き上がる事もできない。

何だか頭もいつもよりぼーっとするし、変なのがお腹が空いていない、もうお昼の時間になるというのに。

こんなの初めてだ。

痛みに耐えていると、狂犬のなにやら甘えた鳴き声が聞こえてきた。


「お食事の時間ですよ。」


外からフィオーレお姉ちゃんの声が聞こえる。

いつもなら身体を起こして受け取りにいくんだけど、今日は身体の重さが辛すぎて、腕に力を入れる事が本当にできない。


「どうなさいましたか?」


いつもと違うあたしに気づいてくれたのか、ガチャガチャと鍵をあけて入ってくるお姉ちゃん。


「あつっ!ひどい熱。」


食事を起き、あたしの身体に手を触れて驚いた。

どうやら今あたしは熱を出しているらしい、どうりで身体がいつもよりダルイと思った。


「大変。これはお医者様に見てもらわないと…。わたくし、すぐにニクス様に伝えてまいりますわ。しんどいですよね?お食事食べれそうなら食べていただきたいですが、無理ならそのまま寝ててくださったらいいですからね。すぐ戻りますから。」


慌てたお姉ちゃんは走ってここを出ていった。

食欲はない。

そういえば食べ物の匂いもわからないな。

まあいい、とにかく身体が鈍く痛い。

天気の良いお昼だというのに、何だか寒い気もするし。

…。

早く帰ってきて、お姉ちゃん。

何だか…寂しいよ。

主…主…。


しばらく身体を抱えこんで寒さに耐えていたら、バタバタと足音が近づいてきた。

ガチャガチャと慌てすぎてうまく鍵が回せてない音。

ズルズルと何かを引きずったような音。


「今は使われていない毛布をお持ちしましたわ!」


少し湿気てカビ臭い重たい毛布をかけてもらう。

あったかい。


「後、お水もポットにたくさん入れてきました。少しお飲みになってください。」


あたしの身体をゆっくりと起こしてくれるお姉ちゃん。

あたしが痛みで顔を歪めるから、抱きしめるようにして支えて起こしてくれた。

少し水に口をつける。

白湯だ。

切れた口の中に少し沁みる。


「今日はわたくし、ずっとそばにおりますから。室長にも頼んでまいりました。…お医者様は頼めませんでしたが…わたくしがしっかり看病いたしますのでお任せくださいませ。お食事は食べられそうですか?」


早口で必死にしゃべるお姉ちゃん。

あたしはお腹が空いていないから首を少し横にふった。

一瞬シュンとした顔が見えたけど、じゃあ横になった方がいいと、またゆっくり身体を寝かせてくれる。

すぐそばに人がいる。

いつも1人だったから何だかちょっと変な感じだけど、すごく寂しかったからとても嬉しい。

これならいくらしんどくても、ずっと熱でもいいや。

お姉ちゃんはあたしが眠っちゃうまで、優しく背中をさすってくれていた。

すごく心地よかったからいつのまにか眠っていた。


…。

何だかすごい熱いな。

ん?

狂犬が激しく吠えたくってる。

なんだろ、いつもと様子が違うな。

バサッと隣で飛び起きたような音。

…お姉ちゃんか。


「お…起きてくださいましっ!!」


ワサワサと強く身体を揺さぶられてビックリした。

それに聞いた事もないくらいのひどく怯えた声。

あたしはまだ身体がいうことを聞かなくて、ただ目だけを開いた。

すると赤々としたものが視界の汚れに入って外を見る。


「燃えてる…?」


屋敷が大きな炎に包まれてる。

熱風がここまで届いてきて熱かったんだ。

主は大丈夫…?


ギャンギャンギャンギャン

クゥーン…


「乾燥してるから火の周りが早すぎる…はっ!ペロ様の鎖を外さなきゃ!!」


お姉ちゃんが慌てて外にでる。

火がすぐそこにあるから、狂犬はあのままじゃ危ない。


クゥンクゥンと甲高い声をあげる狂犬。

慌てたお姉ちゃんはまた手元が落ち着かず、バタバタとしているように見えた。


風に乗って火の粉が飛んでくる。

ここも…危ない?


ダダダダっと狂犬が物凄い勢いで走り出した。


「わたくし達も逃げましょう!!ここも危ないわ!!」


髪を振り乱し、乱暴に廊の扉を開き、そばにあったポットの水をあたしにかけるお姉ちゃん。

一気に現実を理解した。


「わたくしが身体を支えますから!!」


お昼間とは打って変わって、強引なくらいの力強さであたしを引き上げるお姉ちゃん。

華奢な体つきからはビックリするくらいの力。


「こんなはずじゃなかったのに…。」


あたしの腕を自分の肩にかけた時に、そう呟いたような気がした。


廊を出る。

ブワッと風に煽られ、煙と炎が舞う。

熱風で足元がフラつき、全体重をお姉ちゃんにかけてしまった。

足を踏み出した瞬間だったので、バタリと二人とも倒れ込んでしまう。

湧き上がる恐怖。


「間に合わない…。神様。」


お姉ちゃんの今にも泣き出しそうな声。


館から上がった炎がまわりの木々に移り始めた。


あたしも必死に足を踏ん張る。

再び立ち上がろうとする。


はやくはやく逃げなきゃ。


力を入れるためにスーッと息を吸う。

が、入ってきたのは灼けるような熱風。

煙も一緒に吸い込み、頭がフラフラする。


「あなたを助けなきゃいけないの!!お願いだからしっかりして!!」


ついに泣き叫ぶお姉ちゃん。

それでもあたしの腕をしっかりと握りしめ、一生懸命立ち上がろうとしてくれた。


「今いくっ!!」


聞き慣れない男性の声が聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る