今月もまたこの日がやってきたか…。


私は、この月一回開かれる貴族院の者達との食事会がその…嫌いである。

好き勝手しゃべるあのご老体達の相手をするのは骨がおれる。

19で王位をついだ時に貴族達に反論して先代にひどく叱られた事があり、それ以来余計な事は言うまいと、ただただ食事に集中している。

そんな事も気にせず周りは話しかけてくるが、ただ聞くだけで返事もしてやらない姿勢で十年以上過ごしてきた。

相づちをうとうものなら怒涛のように言葉を浴びせてくるし、下手に返事をしたものならそれを王からの勅命だと言いふらされる。

こんな食事会などを提案した初代が憎くも思えてくる。

だが、祖父の時代はうまくやっていたようだ。

祖父の人望であろう。

代替わりしてお互いが一新してからは信頼関係など無く、ただの腹の探り合いの関係という悲しい関係だ。

貴族院達との関係を一切断ち切れたら楽なのだが、生産性のない王族の私達はこの人達の存在がなければ生活することもままならなくなる。

市民に重い税を課すか、私達も田を耕したりして自炊ができるようになればいいのかもしれないが、市民を守るために王族であり、自分が働きにでれば公務が怠る。

我が国は小国ではあるが、隣国と度々衝突をしている。

今もまたその話で貴族院のご老体達が盛り上がっている。

もっと兵を強化できないのか、一度完膚なきまでに叩き潰さなければ戦争は終わらないのではないか、田畑が少なすぎて海からのものばかりで飽きるだの、何か娯楽が欲しいだの…。

夢いっぱいの頭が平和な者達だ。

この時だけに振る舞うコース料理が不味くなる。

自分達王族の料理はいつもおかずは一品にしており、そこにパンやスープをつけてもらっている。

威厳は大切だが、贅沢をするつもりはないので、ある程度の王族の水準の生活さえ満たしていればそれでいい。

民達にはこの国に産まれて良かったと思われる国にしたいので、いくら戦争で物資問題があがろうと民達からの税をあげないように努力してきた。


「ニクス殿、何やらご機嫌ですね。」


今一番貴族院の中では若手だろう(それでも私よりかなり上だが)男が、ナイフとフォークを置き口をナプキンで拭きながらニクスに話しかける。

ニクスは政には興味がなく、自分より年寄りで老けた顔をした他の貴族達を小馬鹿にしていて、態度は悪いがあまり言葉を発しないのだが、今日は確かに何だかソワソワして上機嫌に老人達の話に頷いている様子だった。

大して興味はないが、ふと耳に入ってきたのでそのまま話を聞いてみることにする。


「わたしの家で飼っているペットがついに芸を完璧に覚えましてね、皆様にも自慢のペットをご披露したいなと考えているわけです。さ、君、わたしの分も飲みなさい。」


そういうと若手の男のグラスに並々とワインを注ぐニクス。

 

なんだ、そんな事で…。


私は何も聞いていないとばかりに、メイン料理に手をつける。

確か大きなドーベルマンを飼っていたな。

散歩させようとしたのだろう、ニクスの屋敷の人間が暴れる犬に引きずられて大変そうな姿を見かけた事がある。

やっと人の言うことが聞けるようになったのか。

それは使用人の人達もさぞかし気持ちが楽になったことだろう。


「皆様きっと驚きますよ~。今から楽しみだ。妬まれてしまうかもしれないなあ~ハハハ。」


いやらしい笑い方で、上機嫌のニクス。

お酒も飲まないのに、いつになく楽しそうだ。

ある意味ではこの会もその方が平和でいいかもしれないな。


老人達はまだ熱く政について討論を交わしている。

何か良い案があればいいのだが、どうにも考えの浅さが目立つ。

所詮、戦場にも出ず、ぬくぬくと知らんぷりで生活してきた人間達だ。

現場を知らないから簡単に言える。


私は城の侍女達に目配せをする。

早く次の料理を出してほしいという指示だ。

彼女達は私の心情を察してくれているので、すぐさま空いた皿を片付け始める。

いっそワンプレートにできたら、どれほどこのしょうもない時間の短縮に繋がるだろうか。

財政難を理由に提案しようかと思ったがやめた。

彼らの信用と出資がなければ国が回らない。

ただのご機嫌とり、されどご機嫌とり。

世の不条理を嘆きながら、ただ時が過ぎるのを待った。






「お外?」


館に入れる日でもないのに使用人数人が、あたしの身体を綺麗にすると言ってやってきたので、いったいなんだろと思った。

ゴシゴシと布で身体を拭かれるから、昨日、主につけられた傷に水が沁みてとにかく痛い。

しかめた顔にも布を押し付けられワシワシと洗われる。

髪もギュッギュと引っ張られるから、何かと思ったら櫛を通してくれてる。

そしてまたベタベタと油を塗られ、髪から良い匂いがしてきた。


今までこんな事なかったのに。


あたしはここに連れてこられてたから今まで、一度もこの敷地内から出た事がない。

牢と館内の主の部屋を移動するくらいしか、この牢から出た事もない。


着ていた穴だらけのワンピースも剥ぎ取られて、今までで一番綺麗な真っ白の薄手のワンピースを着せてもらった。

前のよりも生地は薄いかなと思うけど、穴が開いてない分寒さがいくらかマシだとも思う。

綺麗にして外に出してもらえる。

ただ、その時フッと嫌な考えが頭をよぎった。


「あたし、また売られるの?」


主のもとを離れたくない。

今までにない状況に急に不安になってきた。

あたしは主に愛されている、そう信じているけど、急に外に出る理由が他に浮かばない。


「大丈夫ですよ。ニクス様があなた様を他の貴族の方々に紹介したいとおっしゃっていましたから。」

「フィオーレ。余計な口をたたいてないで仕事に集中しなさい。」

「はい。」


笑顔で話しかけてくれたいつもパンをくれるお姉さんは、リーダー各の女にピシャリと言われてしまった。


あたしを紹介?

ますますよくわからないな。


ただお姉さんが嘘をつくとは思えないから、素直にそれを信じることにした。


大丈夫、あたしは捨てられない。

いつも叱られるけど、ちゃんとするもん。

大丈夫。


手を後ろに回されグルグルと縄で縛られる。

あたしが家から出る時はいつもそう。

それで準備が完了したみたいで、無言で足枷を外すお姉さん。

いつもつけているのが当たり前だから、外した感覚に慣れなくてスースーする感覚にちょっと落ち着かない。

リーダー各の女の後につきながら家をでる時、犬はこちらに目を向けたが使用人達がいっぱいいたからかな、知らんぷりをした。


館の前まで歩くと、そこには見たことのないものが馬に繋がれていた。

ちょうど館から主が出てくる。

すると使用人達がしゃがみこんで頭をさげる。


「ご苦労。」


使用人達に声をかけ、主があたしのもとに歩いてくる。


「今からお前をバラ園に連れて行ってやる。そこにはわたしの知り合い達を呼んでいるから絶対に粗相をするなよ?」

「はい!」


いつもの厳しい表情だったから、これは失敗したらまた殴られるやつだとすぐに理解した。


これは荷馬車というものらしい。

馬に繋がれたそれは、まるで移動式のテントみたいになってて、中はまあるく縦に空間を持たせている。

ただ足を抱えて座っても人が二人入るにはぎゅうぎゅうな大きさで、普段少し荷物を雨風から守って運べるくらいの使い方してるんじゃないかなと思った。

あたしは主に中に案内された。

中は少しカビ臭いかな。

だけど石作りの牢の中とは違って、分厚い布からは暖かさを感じる。

入り口を布が覆う。

外で何かゴソゴソと聞こえた。

布がめくれあがらないように縛っているんだと思う。

閉鎖された空間は少し怖かったけど、バラ園に連れて行ってもらえることを思い出して、気分が少しあがる。

話には聞いた事があった。

バラっていうのはとてもとても美しいお花で、この国を代表する花。

ただあまりの美しさに手を伸ばすと、花の棘がチクリと刺すらしい。

お花も小さい頃にはよく見てたような気がするけど、あんまり覚えてない。


ガタガタと荷台が揺れ始めた。

久しぶりの外の世界に緊張したけど、主も一緒だし何も怖いものはないと思っていた。

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