イノの願いは二人の幸せ


そうだ、そうだった。

そういう人間が二人の本気で争ってる姿なんか黙って見ていられる訳がなかった。


コアが倒れている今がチャンスか。


私はハウの仕事部屋の前にある槍を手にし、外へと駆け出した。


ハウを殺す。

そのために。


「なんで?なんで?」を繰り返しハウに手をあげようとするメリア。

そのメリアを必死に剥がすイノ。

困惑を隠せないハウ。

そして私の攻撃目標。


「!?」


視界に入った私に注視するハウ。

でも私は止まらない。


「イノ、どいて!」


私はメリアに掴まれたイノを足蹴にする。

他の誰かを傷つけたい訳ではない。

そして槍をハウに振り下ろす。


「っ!!」


ハウはそれを腕で受け流したが鈍い音がした。


本気で振り下ろした勢いをいなされてしまったか。


「アネラ…。」


イノの声がした。

でも今はそれ所じゃない。


上からがダメなら横からだ!


槍を横に振る。

この高さなら避けられない。


ガザッ


夜空が見えた。


私の上に覆い被さるイノ。


イノがあたしに飛び込んで体で止めたのか。


…。


何故か気分が落ち着いていく自分に困惑した。

なんなんだろ、本当に。

イノと体が触れていると、そこから何かが伝わってきて穏やかな気持ちになる。

ダメだ、ダメだ。

今、やめるわけにはいかない。


だがイノの体は、傷だらけで力の入らない非力な状態の私では押し返す事ができなかった。


「イノ、どいて!どいてよ!」

「アネラ、しゃべれたんだな。」


耳元で聞こえる優しい声に体が反応する。

自分が自分とブレるような、頭がもわ~っとする感覚。

何か

何かが自分に訴えかけてくる。


でもやらなきゃ!


ギュウッ


体を締め付けられる。


痛いくらいの力で、私はイノに抱きしめられた。


そうか、ハウがメリアを止める時にそうしているのを見てたな。


「アネラ、お願いだから、動かないで。」


私の目から涙が零れ落ちた。


嬉しい

嫌だ

安心する

やらなきゃ

苦しい

悲しい

動かないで

怖い 

大丈夫

生きていて

いなくならないで


グサッ


物の距離感がわからなくなった。


暖かいものが顔に広がる。


瞬きが

 

痛い


私は右目を槍で突かれた。

研がれていない刃では貫き通すことはできず、頭は無事だったが目を完全にやられた。


「アネラっ!?」


イノは状況がわからず体を離し、私の目から槍が離れていく姿をみて一瞬呼吸を忘れていた。

彼にとっても思いがけない出来事だったらしい。


イノは振り返る。

そこに立っていたのは、ハウだった。


「イノ、よくやった。」

「!?」

「アネラ…。君へのお仕置きはあれじゃ足りなかったみたいだね?どうだい?もう右目は完全になくなってしまったね。私のそばにいないと、君は外じゃ生きていけないよ?」


「このゲス野郎。」


私は立ち上がろうとするが、さっきまでと違う距離感でうまくバランスがとれない。


「動かないで!血が!血を止めないと!」


混乱するイノが私のあった右目あたりを自らの左手でおさえてくる。

イノの手が私の血液に侵される。


この暖かい手を思い出した。


この人はまた私に出会ってくれてたんだ


ハッキリとはわからない。

ただ彼の体の感覚を私の中の私が知っている。

懐かしい。

この優しさも私は知っている。

誰かって言われてもわからない。

どこでの知り合いかもわからない。


だけど

私はまたこの人に会いたかった。


でもね

私はもう終わりだから。


戦う事はやめられない。

 

私はイノの手を振り払い、そばにあった槍で体を支え立ち上がる。


あなたをここから解放したい。

だけどそれは無理だから

私を殺して。

私を殺して、英雄になって。


「本当にもうやめてよ!頼むから!」


イノが私を引っ張り倒す。

私はそれだけでバランスをくずし尻餅をついてしまう。


ダメだよ。

それじゃ何の解決にもならないよ。


「頼むから…アネラ…。」


彼が泣いているような気がした。

でも振り返らない。


「アネラ、そこまで私を拒絶するのか…。」


ハウ自ら私の元へ歩いてくる。

メリアはあまりの惨劇に目を覆い、座り込んでしまっている。

後ろから引っ張り続けるイノ。

私はハウから目をそらさない。


「それでも私は君を私のそばから離したくない。」


ハウの手が私に伸びてくる。


そばにある槍をつかむ。


それを振り回そうとした次の瞬間

右目が存在していた場所から大量の血が吹き出し、頭に血液がまわらない状態になり、グワンと強いめまいがする。


視界も余計に歪み、呼吸をするのも精一杯で、体から力が抜けてしまい地面に倒れ込む。


「アネラっ!!」


イノの声がする。


ただ、顔面に血液が集中し、耳内までドクンドクンまと脈打ち、かすかに聞こえる程度の声となった。

それでも何度も自分の名前を呼ぶ声がした。


「もうダメか…。コア、後始末をたのむ。」


ハウは戦経験から、私が生き残るには多くの血を流しすぎている事を理解したのだろう。

すぐさまメリアの方に向き直り、そばで倒れ込んでしまっているコアに声をかけた。

コアは一瞬体をビクッと反応させたがすぐには起きあがらなかった。

しかし、さっきまでのハウなら無反応に対して制裁を加えていた所だったが、気にせず歩き続ける。


「アネラっ!!」


すぐ側でハッキリと聞こえる声。

気が付くと、ぼやけた視界でも誰かわかるくらいにすぐ目の前にイノの顔があった。

血の気がひいた、真っ青な顔をしていた。


私の唇がフッと緩む。


「私の、名前は、アロハ…。」


呼吸も苦しく途切れ途切れになる言葉。

他にもたくさん良いたい気持ちはあったが、何故か一番わかってほしかったのは名前だった。

祖父が、これから先の未来を憂いた時に、ただ私には愛のある人間でいてほしいと愛という言葉をそのまま名前につけたと聞かされた。

その名前の通り生きてこれたかな。

わからないな。


「アロハ…。愛…。」


イノは血まみれの私の頬に手を伸ばす。

やっぱり落ち着くな。

自分の中の時の流れが、一気に緩むような。

さっきまでドクンドクンと感じていた体中の生命の流れですら凪ぐような。

戦場を駆け回る日々だったから、最後の時をこんなに穏やかな気持ちで迎えられると思わなかったな。

呼吸も楽な気がする。

ただ視界だけはぼやけているかな。


イノは何度も私の頬をさする。


「もっと早く出会いたかった。もっと話がしたかった。もっとそばにいたかった。」


ポロポロと言葉をこぼすイノ。

私の耳に入っては流れ出ていく。


「ごめんね…。」


私は笑顔を作って見せた。

私ももっと早く出会いたかった。

もっと早かったら…早かったら?

違う。

もっと早くあなたを思い出したかった。

そしたら出会ってからだってどうにもできたんじゃないかな。 

どうなんだろう。

こういう運命だったのかな。

自分の中の自分がイノに出会いたかったのだとせっかく教えてくれたのに、もうどうにもならない。

ただ、その大切な人のそばで命を終えられるなんて、これほど幸せなことがあるかな。

たくさんの人間の命を奪ってきた私が、こんなに幸せでいいのかな。

なんだか眠たくなってきたな。

私が死んだら一族誰もいなくなる。

私達の民族の歴史が終わる。

重いなぁ。

私はそれを守れなかった。

ごめんなさい。

呼吸が浅く永くなる。

苦しくはない。


イノは頬をさすり続ける。


「その綺麗な目を見た時からなんかおかしかった。俺の中がすごいざわついて…。メリア様から出て行くように言われた時、アロハと一緒にいられるんだって内心嬉しかった部分もある。色々不安もあったけど寂しくはなかった。なんか漠然と、アロハとなら大丈夫だって思ったんだよね。おかしいでしょ?でも本当。」


私はまばたきで頷く。

喉に力が入らなかった。

イノとだったら大丈夫。

今の私もそう思う。

なんでかそう知ってる。


イノの声がだんだん遠くなってきた。

まるで子守歌を聞いているみたい。

まぶたも落ちてくる。

少し眠ろう。

この気持ちよさのまま眠りについてしまおう。

目を閉じる。

イノの大きくてゴツゴツした手の感覚。

遠くなる音。


イノ、おやすみなさい。























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