「ありがとう。少し作戦を考えましょう。今まだあの方は出て行ったばっかりだし、外はまだ明るいわ。もうすぐ夜がくる。夜はきっと皆眠るはずだから。…でも私ずっと外にでてないから、外の事何も知らないのね。」


メリアはボロボロと泣きはらした顔で、落ち着こうと思ったのか器に残った白湯をゆっくりと飲み始めた。

イノも少し落ち着かないのか、スーッと一度深呼吸をする。


「この建物内にいるのでやっかいなのは、あとコア。俺と一緒の時はまんま俺と同じリズムだったんですが…。」


イノはそーっと部屋から外を覗き込む。


「!?あいつ、いやがらねえ!てか、部屋の前に誰も立ってないし!」

 

「ちっ、となるとどうなるんだろ。でも俺に見張りがない訳ないと思うんだけど。」

「私がいるからかしら?…そうだわ!こんな考えはどうかしら?」


私は体の痛みに耐えながら、二人の作戦会議の内容を聞き漏らさないように聞き耳を立て続けた。

この体ではたして逃げ切れるというのか。


作戦はこうだ。

とにかく人の動きが少なくなるはずの夜を待つ。

夜になってコアの姿が近くになかったら作戦Aを遂行。

メリアが単身外に出て周りにいた人間の気を引く。

そしてなるべく大袈裟に立ち振る舞い、建物から人を引き離す。

頃合いをみて私達は外にでる。


なんて不安だらけな作戦。

メリアが建物の外にでるなんて逆に注目をあびすぎて人を集めない?

それにメリアの演技力頼みすぎる作戦。

私が逃げ出した時は無傷だったし、一人だったからまだなんとかなったが、二人で追っ手をまく事はできるのか?

ここから出て少しした所に馬が繋がれてはいるけど、イノは馬に乗れるのか?


コアが近くにいた場合の作戦B。

一番付き合いが長いらしいイノが、気を引くために無駄話を持ちかける。

堅物だから聞いてくれるかはわからないが。

話に夢中になってる隙に、メリアが建物の外に走っていき、それをコアに追わせる。

コアがメリアに気を取られている間に私達は外にでる。


まだこっちの方があの大男を引きつけられて成功する確率が高いように思う。

そう、外の奴らはなんてことない。

あの大男がやっかいだ。

強いし、早いし。

そうだな、あの大男をどれだけ惹きつけられるかが鍵のように私は思う。

こっちに賭けたい。


ハウの内回りにも付き合わされていたので、多少この地の事はわかってる。

話を聞いていると二人は長らく外にも出ていないらしいので、まず驚くだろうな。

ここと外は別世界すぎる。


脱走ではなくあの男を殺してはいけないのか?

すぐに捕らえられるだろうが、それが私の本望だ。

仲間達の仇は討ちたい。

私が先導してきた。

私が仲間達を…。


何故あの時、私はあの男を殺せなかったのか?


「イノ…ごめんなさいね…。それでも私は、あの方の側にいたいの。」


………

側にいたい…か。

私にとって一緒に暮らす者達が大切だったように、あんなクソ野郎でも、大切に想う人間がいるのか。


でも。


「俺はずっと母さんと貧しい暮らしをしてきました。皆苦しかった。母さんが死んでから、もう色々どうでもよくなっていつ死んでもいいなって思ってたんです。でも、その中で兄弟だからってハウ様が俺を拾ってくれた。ハウ様の大事なものを守るという命令を与えてくれて、生活も何不自由なくて、メリア様にも優しくしてもらって。俺を生きさせてくれたんです。そのお二人の為になるなら、俺はどうなったって構いません。」


痛い。

何?

心臓が痛い。

悲しい。

寂しい。

何か知らない感情が自分の中に入ってくる感覚。

イノの真っ直ぐな力強い眼差しは、それが嘘じゃないことを語っている。

じゃあ、私に入ってくるこの感覚はいったい誰のもの?

いつの間にか、私の目からは一筋の涙が零れたが、それは二人に気づかれる事はなかった。


「では、始めましょう。」


3人で夜の食事を軽めに済まし、邪魔にならない程度の荷物を持たせてもらう。

まず逃げ切る事が大切。

メリアは私に嫌悪感を抱きながらも、最後にもう一度傷口に傷薬を塗ってくれた。

イノはルンルンと楽しそうに準備をしているように見えた。

きっと、メリアを嫌な気持ちにさせないための精一杯の配慮なのだろう。

こんな純情な部下を失うのだ。

あの男は本当にバカな男だ。


メリアは勝負服だと言って、自分が嫁いできた時に着ていたモノを身につけた。

すっかりボロボロだが、これがいいんだと彼女は笑った。


イノは私の分の荷物も持つって聞かなかった。

いくら引っ張っても絶対に離さず、


「荷物は男が持つもんだ。」


そう言った。

私の仲間達は私に決してそんな事をしない。

私がそれを望まなかったから。

女でいて良いことなんてまるでない。

お腹の中のドロリとしたものを思い出した。

女でいて良いことなんて絶対にない。


メリアが部屋の外の様子を伺う。

しばらく辺りを見渡してから、彼女は静かに首を振った。

コアがいない。

作戦Aの遂行だ。

ちっ、全部が全部出たとこ勝負か。


メリアはギシギシと床を軋ませながら出口にむかう。

私達は静かに後をつける。


出口の前でフーッと周りに聞こえるくらいの深呼吸をする。


ガタッ


彼女が外に飛び出した。

私達も出口付近にまで移動する。


足音が聞こえない。

立ち止まっている?

いったいどうしたのか?

外の世界の有り様に足が止まってしまったのか?


私はそっと視線を外に向ける。

見つからないように。


そこにはただ呆然と立ち尽くすメリアの後ろ姿。


やはり止まっている。

何故走らない?

私は視点をそのままメリアの後方に向ける。


!?


この地すべての人間達が集まりひれ伏し、皆が一様にガタガタと体を震わせていた。

その目の前には槍を持ち肩で呼吸をするハウ。

そしてその前に左腕を切り刻まれて横たわる男。

コアか?


「私の命に背いた者は、いくら軽い罪であろうと、重臣であろうとこうなるのだ。わかったか!!」


ハウが皆に聞こえるように怒鳴り声をあげる。


そう言えばあの大男。

私を捕まえた時に腕がどうたら言っていた。

何?

私を気絶させるのに一発入れただけでそうするの?

なんて恐ろしい男。

恐怖で人を支配する絶対君主だ。


コアは左腕以外は傷つけられていないようだが、服従の姿勢を見せているんだろう。

起き上がりもしない。

民は皆恐怖で顔をあげることもしない。

どうしよう。


「どうゆうことだ…?」


いつの間にかイノも顔を出し、その後景を驚愕の眼差しで見つめていた。


「イノは見るな!!」


とっさにイノを自分の後ろに引っ張り込む。



「あなた…これは…??」


静まり返ったその場所で、メリアの小さな声が響く。


その声に反応し、バッと振り返るハウ。


「メリア…。」


メリアが一歩、また一歩とユラユラ揺れながらハウの元へ向かう。


「皆、なんでそんな震えて座り込んでいるの?なんでコアはそんな怪我を負っているの?それに、この村…。私が嫁いできた時は、もっと立派な村だったわ。たくさんの藁でできたお家があって、民は皆穏やかな顔をしていた。あそこには木でできた立派な門があった。そこには皆が腰を落ち着けて座れる石が何個もあって、おばあちゃん達が楽しそうにお話していたわ。なんで全部無くなってるの?あの日の事はハッキリと覚えてるの。なんでこんな…民の家もどうなってるの?穴がボあいてボロボロなものばかりじゃない。これじゃあ雨も風も防げないわ。ねえ、あなた、いったいどういう事なの?」


オーバーアクションで段々と語気が強まるのがわかる。

メリアは悲しいのと怒りが入り混じった感情の中に今いるのがヒシヒシと伝わってくる。

怒りが深くなるたびに足元も力強く足跡をつけていく。

ハウは困惑の色。


「いや、これは…。」

「あなたは来る度にいつも違うお召し物、会う度素敵になっていたわ。でもその裏がこれなの?私の…私の生活もこの上になりたっていたの?ねえ、あなた!どういうことなの!」


ついにハウの所にたどり着いたメリアが、ハウの首元をまとう布をつかみドンッドンッと感情を剥き出しぶつける。

コアは動かない。

気を失っているのか?

これは最大のチャンスかもしれない。


私はイノに振り返り、走り出す合図をしようとした。



それより先にイノは走り出していた。


「やめてください、メリア様!ちょっと落ち着いて!」


イノは二人を止めに入ったのだった。

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