アリガトウ。

ありがとうって言った?今。

なんかぎこちなかったけど。

良かった。

メリア様のご好意も、俺が飲ました白湯の温度もバッチリ大丈夫そうだ。

まだあちこち痛むだろうけど、少し安心した。

ゆっくりとまた女の体を横に寝かしてあげる。

女、女って呼んでるけど、それじゃあまりにも失礼だよなぁ。


「名前は?な・ま・え。俺はイノ…イ・ノ。この方はメリア様。」

「イ、ノ?」

「そう、俺、イノ!」

「メジアシャマ。」

「違う違う、メ・リ・ア。」

「メ、リ、ア。」

「そう!メリア様。」

「メリアサマ。」


俺は嬉しくなって、ついつい女の頭をなでてしまった。

女は一瞬身体をピクつかせたが、少し体に力を入れながらも大人しく撫でられている。


「言葉を覚えるのが早いのね。あなたのお名前は?」


メリア様も自分の名前を呼ばれて嬉しそうに女の顔を覗き込んで女の顔を指さしながら話かける。

年齢的には絶対に成人女性なんだけど、言動が子どもに対するそれになってしまう不思議。


女はフルフルと首をふる。

名前がないのか?そんなわけないと思うけど。


「…。これから3日間共にいるんだもん。名前がないのは不便だわ。私が名前をつけてもいい?」


女はただメリア様を見つめている。


「長すぎるとさすがにわからないわよね。ごめんなさい。イノ、私、子どもができたらつけたかった名前があるの。男の子だったらネオで女の子だったらリリ。」

「素敵な名前じゃないですか!女性だからリリ?」

「そう、リリ。どうかしら?」

「リリ!」


「リリ。」


「リリ!」


彼女の名前はリリで決定。

本人の反応もたぶん悪くない。

顔に似合った名前で可愛い。

…可愛い?


が、その可愛い名前は数分後には無かった事となってしまった。


「この子の名前はもう決めているんだ。メリア、君にはたしかに3日間面倒をみることをお願いしたけれど、勝手な事はしないでくれ。」


戻ってきたハウ様。

メリア様が笑顔で嬉しそうに名前の話をすると、呆れたようにはあっとため息を吐き、一呼吸置いてから口にした。

メリア様は思ってもみなかった反応に時が止まったように固まってしまった。


「この子の名前は、アネラ。歴史に名を残す女神の名前だよ。私がつけた。アネラはきっとこの地に富をもたらすよ。」


石化するメリア様をすり抜け、リリ改名アネラの横に膝をついたかと思うと、彼女のお腹を優しくなで始めた。


「あと、アネラの体はくれぐれも大切にしてくれ。大事な体だからな。」


ピクッとメリア様の肩が揺れた気がした。

俺はただ背中を伸ばしその光景を黙って見ているしかできないが、アネラに触れるハウ様に何か違和感のようなものを感じた。


「それはどういう意味ですか?」


メリア様の声が震えている。


「君はずっと子どもを欲しがっていただろう?もしかしたら、アネラがその子を産むことになるかもしれない。その時は好きな名前をつけていいからね。」

「何を言ってるんですか!?」


メリア様から今までに聞いた事のない、叫び声に近い大声が発されて、体に電気が走ったようになった。


「ど、どうしたんだいメリア。」

 

慌ててハウ様がメリア様に駆け寄る。

俺も少し現状が把握できていない。

どういう事?


「私は…私は!?」


メリア様の叫び声。

ハウ様が触れようとするが、必死にその手をはねのける。


「落ち着きなさい。メリア。君とはずっと子どもができなかったじゃないか。私には跡取りが必要なんだよ。」


…。

シーンという音が聞こえそうになるくらいの静けさが訪れた。

…。

かと思われたが、そばにあった小さな儀式用の仮面を拾い上げ、端から見てもギュッと握りつぶしそうなくらいに一度握りしめ、それをメリア様がアネラに投げつけた。


俺はとっさに体が動いていた。


「いてっ。」


アネラの前に体をやるのが精一杯でガードできるはずもなく、頭におもいっきり仮面が飛んできた。


「!?」


メリア様が我に返ったように、はっとしている。


「イノ!」


後ろから声がして、とっさに振り返る。

するとバッと急に伸びてきた手が視界に入って、とっさに目を閉じてしまった。

暖かい手が触れる感触。


俺はゆっくりと目をあけた。

アネラの手だった。

アネラが心配そうに(たぶん)こっちを見ている。

!?

また顔が灼けるように熱くなる。

え、待って。

さっきもしかして名前呼んでくれた?

え?


痛みなんてまったく感じなくて、目の前の情報を処理するのでいっぱいいっぱいだった。


「イノ。大丈夫かい?さあ、こっちへきて、ちょっとメリアの背中をさすってあげてくれないか?私じゃダメみたいだ。」

「はいっ!!」


ちょっと声が裏返った気がする。

俺はすぐさまメリア様にかけつける。


メリア様は俺にしがみつき、号泣し始めた。

正直こういう時にどうしたらいいかわからなくて、命令通りに背中をさすってあげることにした。


「アネラはやっぱり私が看た方がいいようだね。イノ、君にしばらくこのままメリアの事を頼めるか?」


!!


メリア様に突き飛ばされる俺。


「それは絶対許さない!!私が看ます!!あなたはしばらくここにはこないで!!」


何か取り憑いてるんじゃないかっていうくらいの変貌ぶりで、叫ぶ、取り乱すのメリア様。

自慢の髪も振り乱し、ハウ様に食ってかかるから慌てて止めに入る。

が、もちろん俺なんて眼中にないから、振り上げた拳が俺にあたる。

もう、ひっちゃかめっちゃか。


「メリア。」


優しく名前を呼びハウ様が強引にメリア様を引っ張りこみ、暴れないように強く抱きしめる。 

しばらくはメリア様も抵抗していたけど、あまりの力強さに諦めたのか手をブランと垂れた。


「ううっ。」


しばらくメリア様の泣き声だけが響く。 


とりあえず良かった。


「メリア。君の気持ちも考えないで私は勝手だったね。でも私は君の為を思ってしてる事だから、そこはわかってほしい。私は本当に君を愛しているよ。」


ギューッと抱きしめ、メリア様の耳元で囁くように語りかける。

メリア様はまだ涙で体を震わせている。


「…わかりました。」

「さすが私のメリアだ。」

「でも3日間だけは、私に彼女を看させてください。イノもいれば安心でしょう?」


メリア様の言葉に色を感じない。

無機質な機械のような声。


「…わかった。たださっきも言ったように…」

「それはわかっています!!…わかりましたから…一落ち着きたいから、今日はもうあなたはあなたの家に帰ってくれないかしら?」

「…。」


少し悩むハウ様だったが、この場でメリア様を落ち着けるには今はそれが最善と考えたのか、了解とラフに答え、メリア様のおでこにキスをして、ひらりと部屋を出て行った。

メリア様はその姿をだまってじっと見つめていた。




本当、最低のクズだな。

言葉がわからないフリをしていた方が都合がいいからずっと黙っていたけど、何度蹴り飛ばしたいと思った事か。

男の本能が子孫繁栄なのはわかるが、自分のずっとそばにいてくれる人間にかける言葉くらいもっと考えるべきだと思う。

メリアが私に刃を向けたくなるのは当たり前だ。

やっぱりあの時殺しておくべきだった。


「…イノ。」


主人が出て行った部屋の外を見つめたままメリアが口を開く。


「アネラを外に連れ出してほしい。」



「え、メリア様、それはいったいどういう事ですか?」

「そのままの意味よ。」

「え…?」


イノは状況をまったく理解できていないな。

メリアは私をあの男の側に置いときたくないのだろう。

私だってごめんだ。

でも、私一人が逃げ出せばいいだろう。

イノを巻き込む必要はない。


「私はアネラが憎い。あの方の愛を全部持っていったアネラが憎いの。だからここから出て行ってほしい。だけどそれを許したら、あなたがどんな目にあうかわからないでしょ?だから、二人でここを出て行ってほしいの。」


確かに、あの男、何するかわからない。

あの時、私を殴る蹴るした男もあの後殺されていたし。

だけど…。


「…わかりました。それがメリア様の命令ならば。俺の主君はハウ様だけど、ハウ様とメリア様には幸せになってもらいたいから。」


イノはバカなの?

見つかったらどうなるかわからないし、もし逃げ切れたとしても行く宛なんてない、食べ物が手に入らない可能性だってある。

…外の世界を知らなすぎる。


「俺と一緒に行こう。俺には他に何もないから、命令だけが絶対なんだ。」


あ、違う。

この人は真っ直ぐすぎるんだ。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る