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「しばらく彼女は私が預かります。あんなに傷つけられて可哀想。ここでゆっくり休ませてあげたいわ。」
「いや、彼女にはこれからたくさん学をつけてもらわないといけないし、何より私のそばにいるのが一番なんだよ。」
「でも…。」
「そもそも逃げ出すような事をしなければ、こんな事にはならなかったんだよ。逃げ出したりなんかするから。」
「せめて、何日かだけでも。」
「体が傷だらけの今にしっかり私が守ってあげたいんだよ。信頼関係が大事だからね。」
「…。」
「メリアは優しいから彼女の心配をしてくれているんだよね、ありがとう。」
チュッ
「そうだね、またしばらくはここでゆっくり出来ないと思うけど、今だけだから。彼女との関係がしっかりできたら、安心してここにも顔を出せるようになるよ。しばらくの辛抱だから。大丈夫だよね?」
「あなた…私、あなたの子どもがほしいの。抱いてください。」
「今ここでかい?あの女性もいるのに?いったいどうしたというのだい?そんな、はしたないことを言ってはいけないよ?」
「私、不安なんです。あなたはあの女性の方が大事なんじゃないかって。」
「そんな訳がないだろ。はあ、ショックだな…。メリアは私のことを信じてくれていないんだね。」
「違うの、ただ…寂しくて…。」
「私は君を信じてるよ、メリア。」
長い沈黙。
「そうだね、わかった。3日間だけ、ここで彼女を君に頼めるかな?二人じゃ君の事が心配だからイノも一緒にいてもらおう。あいつがいれば安心だ。コアでもいいんだけど、あいつ無駄にがたい良いし強面だから落ち着けないだろ?」
「フフフ、そんな事ありませんよ。でも嬉しい。私、ちゃんと看病するからね。イノがいれば体を支えてもらったりできるし助かります。ありがとう、あなた。」
「こちらこそありがとうだよ。じゃあすぐにイノを呼んでくるから、しっかり頼むよ。」
「もう行ってしまうのですか?」
「ああ、すまない。また逃げ出されては困るから、しっかり外の守りを固めておきたいんだ。会議をしてくるよ。」
「わかりました…。」
「そう、寂しそうな顔をしないで。私まで寂しくなるから。」
チュッ
「愛してるよ、メリア。」
「私も愛してるわ、あなた。」
まさか俺にこんな日がくるなんて。
ただ一室の前に立つだけのつまらない…おっと、いや、あれも素晴らしいお仕事だったけど。
いやまさか俺がメリア様付きのお仕事ができる日がくるなんて。
しかも外での見張りじゃない、側付き。
それだけじゃない。
「イノ、ごめんなさいね。私のワガママに付き合ってもらって。」
メリア様がお湯の準備をする。
「俺がやりますから!」
「いいの、私がやりたいの。」
なにやらメリア様は上機嫌である。
だけど俺はすぐそばの重ねられた布地の上で横たわる鞭の跡だらけの女の方が気になっていた。
立ちっぱなしで固まり気味の足を丁寧に折って座り込む。
可哀想に。
無意識に頬に手を伸ばしそうになり我に返る。
メリア様付きの仕事だが、この女の側にいられる事に多少の喜びを感じている自分がいる。
それが何故だかはまったくわからない。
「酷いことをする人がいるのね。」
メリア様は手当ての準備を着々と進める。
そういえば、ハウ様がメリア様と結婚しようと思ったのは、たくさんの兵の傷を手当てするメリア様の姿がまるで聖母のようだと思ったからだと言っていた気がする。
戦から戻った兵達の看護をするのがメリア様の仕事だったんだっけな。
ご結婚されてからは、俺と一緒で閉じこもり生活まっしぐらか。
まあそれでもメリア様は幸せそうだもんな。
「っ!?」
痛い。
痛みで目が覚めた。
ここは?
そうか、あれから捕まって連れ戻されたんだな。
この女の人、最初にも手当てをしてくれた人だ。
「気がついたのね、良かったわ。もう少しで手当て終わるからね。白湯飲めるかしら?イノ、背中を支えてあげて。」
イノと呼ばれた男が近づいてくる。
この人、どこかで一度会ったことがあるような気がするんだけど…。
スッと背中に手を入れられ、体を起こされる。
フワッ
あっ。
またこの感覚。
この感覚には覚えがある。
「っ!!」
「あ、わりい。痛かったか?」
男と目が合う。
目つきは鋭いのに、柔らかな色。
本当に心配してくれている人の顔。
フーッ、フーッ
男は片腕で私を支えながら、もう片方の手に持った粗方冷めているだろう白湯をフーフーと冷ましている。
「飲めるか?」
それをゆっくりと私の口元に運ぶ。
ごくっ
猫舌の私でも飲みやすい適温だった。
少し喉も痛んでるから白湯でも染みるけど、あたたかい飲み物はなんだか気持ちも安らぐ。
初めの時も思ったけど、この女性からは敵意はまったく感じられない。
そしてこの男からも。
ここが敵陣のまっただ中だとは到底思えないような後景。
束の間の緩み。
「もう勝手に逃げ出したりしちゃダメよ。今度はどんな目にあうか。3日間はここでゆっくりできるから、治療しながら3人でのんびりしましょう。はい、終わり。」
すごく手際も良くて、上手に手当てしてくれた。
心なしか腫れた部分の痛みが軽くなったような気がする。
腕をグッパとしてみる。
まだ痛みはあるが、機能はしているようだ。
「…アリガトウ。」
そう言うと二人の顔が綻んだのが見えた。
あの男、本当に強かったな。
私は自分を瞬く間にねじり上げたあの男を思い出す。
戦場にいた誰よりも、しかも段違いな力を持っていたあの男がいる限り、逃げ出しても見つかればまた連れ戻されてしまう。
私はここに連れてこられたあの日から、ハウという男に気持ち悪いくらいにベッタリと見張られていた。
言葉を教えられたり、両手で食べる食事の仕方を怒られたり、自由な時間はなくハウの生活リズムにあわされた。
基本的には横にいるだけだったけど、寝る時だけは腕を縄で縛られ、その縄をハウは自分の腕へと繋ぎ眠っている間に私が逃げ出さないようにしていた。
捕虜というには待遇は良かったが、仲間達を皆殺しにした男のそばにずっといるのは耐えられなくて、逃げ出す隙をずっとうかがっていた。
しかし、ハウもまた底知れぬ実力を隠し持っているように思えた。
時々見せる刺すような視線。
怒りの感情を強く出さないようにはしているが、周りの空気が一気にピリッとする。
本能がこの男には敵わないと告げていた。
最初こそ反抗的な態度を表に出していたけど、それじゃダメだ、警戒心を解かないと隙なんかうまれる訳がない、と判断した私は純情そうに見せる方向に作戦を変えた。
素直に言うことを聞くようにした。
その隙はほんの一瞬だった。
ハウの私に対する空気がいつもと違って、何だかジトッと重くなっているのを感じて、見せないように警戒していたが、あの時あの男は私に発情していたらしく、珍しく私の体を撫で回すようにさわり始めた。
気持ち悪い。
だけどこれはきっと大きなチャンスなんだと予感した。
一番気が緩んだ所で殺してやる。
そう思った。
周りには護身用の槍がある。
私ならそれをすぐ手に取り行動を起こせる。
頭の中でシュミレーションをした。
初めての事ではなかったけど何もわからないフリをした。
食べた物がこみあがってくるのを必死に抑え、ただその終わりを黙って待っていた。
ううっ
視界も閉じていたので、その涙混じりの声にビックリした。
「初めて君の姿を見た時から、絶対に君を側に置きたいと思っていた。それは策略のためでもなんでもない。あの時、一瞬で私の心は君に奪われたんだ。そして今、まさに君を私のものにできる時がきた。そう思うと涙がでてね。ごめんね。」
何を言ってるんだろう、この男は。
男は果てた後、縄で私を縛る事なく眠りについた。
この時を待っていた。
一番男が緩む瞬間はここだと思っていた。
吐き気と頭がガンガンするのを感じながら、そっと私はたちあがる。
それまではなるべく音をたてるな。
だけどやるときは冷静に一瞬で。
落ち着け、落ち着け。
怒るな、叫ぶな。
「行かないで…愛してぃ…」
ハウの声がして冷や汗がでる。
槍に伸ばした手をバッと下げ、ハウに向き直る。
気づかれた?
ハウは寝息をたて始めた。
紛らわしい。
だけどその時に見た、本当に気の許した優しい寝顔を見たら槍を握る気持ちにどうしてもなれなかった。
憎い、憎いのに。
目頭があつくなった。
目の前に敵がいるのに、命を奪う選択ができない自分にヒドく落胆した。
ただその場から逃げ出す事にしかできなかった。
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