3
あれから何日が過ぎたのだろう。
ハウ様は何度かここに出入りするのに、侍女にして連れ歩くと言っていたあの女の姿を一度も見ていない。
俺がいるからこの建物内でハウ様が寝泊まりする事はなく、後ろにある仕事部屋に用事がある時や、他国との交渉時、ここに住まわれているメリア様に会いにくる時くらいしか普段から姿を表さない。
俺もこの中で寝泊まりさせてもらっているから、ずっと外に出ていない。
そういえば、太陽の光なんてどれくらい浴びてないんだろ。
またあの女を思い出す。
少し他の考え事をしても、ふとした時に頭に浮かんでくる。
きっと目だと思う。
体中ボロボロなのに、目が本当に綺麗だった。
色…かな、力強さ…うーん。
はっ!仕事中だ。
あの時は心臓が病気にでもなったのかと思ったけど、どうやらやられたのは頭の方らしい。
気がつくとあの女の事を考えてしまう。
何がどうだって訳じゃないけど、今いったいどうしているんだろう。
「コアさん、コアさん。」
頭の切り替えに、いつも隣にいる、もうもはや相棒とも呼べるかもしれない大男に声をかけてみた。
「今は任務中だ。」
冷たい。
付き合いは長いんだから、少しくらい言葉のキャッチボールを楽しんでくれてもいいと思う。
よくよく考えてみたら俺には友達もいない。
何だかよくわからないけど寂しくなってきたな。
やめよ、やめよ。
俺はここにさえいれば、毎日何も心配することもないんだ。
ただ、ハウ様とメリア様のために勤めに励もう。
ここで突っ立ってるだけだけど。
「コア!」
鳴り物が鳴らなかったので、突然のハウ様の声に驚いた俺は体がビクッととなった。
普段が平和すぎるから、とっさの時に何も反応できないかもな…俺。
ハウ様は珍しく息を切らし、感情をあらわにしている。
落ち着こうとしているが、これは怒っているな。
肩で呼吸をし、コアに何やら耳打ちし始めた。
気になるが、これもよくある事である。
この男、ハウ様にとって忠実な部下であり、信頼度も高いように思う。
ハウ様がこの場にいらっしゃる場合は、俺から離れる事も許可されていて、しばらく外から帰ってこないこともある。
ただ帰ってくると、決まって体中からセージの葉の匂いをプンプンとさせていた。
…いや、この男に限ってまさかとは思うけど、そんな体の匂いを気にするとかまさか女関係…
…
今日はダメだ。
考え方がなんかひねくれている。
「では、私は南方方面に向かいます。」
「たのむ。私はもう一度この辺りをグルッとまわってから、北方へ向かう。」
コアはハウ様に一礼し、巨漢からは想像もつかない小走りで慌てて外に出て行った。
「イノ、あの女が逃げ出した。すまないがしばらくはメリアの部屋の前を見張っていてくれないか。もしもということがある。その時はお前がメリアを守ってくれ。頼む。」
「かしこまりました。」
そう言うと、俺の肩をポンポンと叩き、ハウ様もまた走り出しすぐにここから出て行ってしまった。
とにかくメリア様の元に行こう。
すぐそばにある、扉のついていないメリア様の部屋の側から、中に目を入れないようにして声をかける。
「メリア様すみません、イノです。ハウ様のご命令により、しばらくここの部屋の前に立たせてもらいますので、何かあったら言ってください。」
バタタタっと、何かを落としたような音とメリア様がこちらにかけてきた音が重なった。
「イノ、何かあったの?」
メリア様が慌てて出てきた。
?
あれ?
泣いている?
「こないだの女が逃げ出したとかなんとかで、メリア様の身の安全を確保してほしいと…それより、メリア様の方こそ何かあったんですか?涙が…。」
ハッとした顔で慌てて着ているもので涙を拭うメリア様。
「ごめんなさいね。最近、あの方はすっかりあの女性に夢中で…。なかなか顔も出してくださらなくなったでしょ?来てもすぐに帰ってしまうし……そう、あの女性、いなくなってしまったの…。」
メリア様の顔が少し緩んだように見えた。
そう言われてみれば、ハウ様が戦以外でここに顔を出さない日なんて今までなかったけど、1日顔を見ない日もあったな。
ここの滞在時間も極端に短くなった気がする。
メリア様は寂しい気持ちでいらしたのだな。
「こんな事言っちゃいけないんだろうけど、このまま帰ってきてほしくないわ。彼女だってその方が幸せだと思うの、強いし綺麗だしどこでだって生きていけるわ…傲慢かしら…。」
フルフルと首をふるメリア様。
「ごめんなさい、こんな話。こんなに大切にされてきたのに、ヤキモチやくだなんてはしたないわよね。
イノ、ありがとう。よろしく頼みますね。」
何だか痛々しくて可哀想だな。
普段あんなにお優しいメリア様が人に対して不満をもらすなんて…。
ヤキモチっていう感情は俺にはわからないけど、ここから出られなくてただ待ってる身っていうのは、どれだけ辛いんだろうなってのは想像くらいはできる。
人知れず涙まで流して。
「おまかせください。」
俺は安心させたくて笑顔を作った。
それにあの女がメリア様を狙ってくるとは思えなかった。
なんでかはわかんないけど。
しくじったな、こんなに強い男がいるなんて…。
「あまり抵抗なさらないでください。暴れられますと、こちらとしても足を折らせていただくしかなくなります。となると、こちらにも罰がくだされるので困るんですよ。大人しくしてください。」
私は片腕をひねりあげられ、ただジタバタと暴れる事でしかもう抵抗もできなかった。
馬を盗んでここまで逃げてきたけど、この男に見つかってしまった。
男にも負けないつもりで逃げ切ろうと思ったけど…強すぎる。
こんな男、戦場にはいなかった。
「いい加減にしてください。僕は人を傷つけるのは本当は好きじゃないんです。」
誰が聞くか。
この男からは、他の匂いでごまかされてはいるけど血の匂いがする。
ガフッ
「僕の腕…今日でお別れかもな。でも仕方ない。気を失ってもらうしかなさそうだったもんね。お腹に一発くらい許してね。」
ガランガラン
帰ってきた!ハウ様だ。
良かった、何事もなくメリア様を守り切れたぞ。
ズタズタと音をたてながらハウ様は戻ってきた。
珍しい事ばかりだな、いつもはスマートに歩いているのに。
「ありがとう、イノ。女性はみつかったよ。」
作られた笑顔だなってすぐにわかった。
何かあったんだろうか。
ギシギシ
この軋みはコアだ。
どうやら一緒に戻ってきたらしい。
!?
コアは両腕で鞭の跡だらけになった女を抱えていた。
酷い。
こないだより酷くなっていないか?
どうしてこんな事に?
「メリア、すまないがまたこの女性の手当てをたのめるか?」
頭を下げられ俺を通りすがり、ハウ様はメリア様の部屋に入っていく。
俺は女のそばに駆け寄っていた。
「どうしてこんな事に?」
こないだの男がまた何かやらかしたのか?
これはついさっき付いたような跡だな。
古い傷もチラチラあるけど。
「お前が気にする事じゃない。」
冷たい瞳で俺を見下ろす。
そうかもしれないけど…。
なんだろう、この感情。
なんだかとても気分が悪い。
何にだろう。
「まあ、酷い。すぐに私の部屋に入れて。」
部屋から出てきたメリア様は、さっきまでの感情をしまい込み彼女を受け入れようとしている。
やはりとても優しいお人である。
しかし、コアは困った顔をした。
「恐れ多くて、私は部屋に入るわけにはまいりません。」
堅物。
「俺が運ぶ!」
半ば強引に女の体に手を伸ばす。
コアは一瞬躊躇したが、女をはやく部屋に運ぶという任務を優先させたらしく、落とさないように慎重に俺に女をたくす。
「もう大丈夫だから。」
フワッと体が軽くなったような。
なんだろう。
懐かしい感覚がして目が覚めた。
目の前には知らない男の顔。
知らない男?
うん、知らない。
私は今、この人に運ばれている。
ユラユラしてる。
何故だろう。
安心する。
ああ、大丈夫だ。
そう思って目を閉じた。
また意識が遠くなる。
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