幕間1

第15話 世界を渡るエルフの剣士

 私はフィーリス。フィーリス・エリス・アールライト。

 つい先ほどまでとある侯爵家で使用人をやっていたエルフです。


 私があの家に入り込んだのはちょうど3年前。

 とある使命を果たすために、ずっと一使用人として真面目に働いてきました。

 その使命とは――


「お久しぶりです。フィーリス様」


「――メレシアちゃん。お久しぶりです。何か変わったことはありましたか?」


「フィーリス様が発たれる前に頂いたご命令通り、この3年。陰に潜み、特異点の監視を続けて参りました。つきましては、報告する点がいくつかございます」


「分かりました。報告は後でじっくりと聞かせてもらいましょう」


 私が転移した先は、南の海の果てに浮かぶ孤島。

 その地にひっそりとたてられた小さな小屋です。

 私が戸を開ける前に、褐色肌のダークエルフであるメレシアちゃんが出迎えてくれました。


 彼女は十数年前、孤児だった頃に私が引き取って育てて以来、ずっと私の部下として働いてくれています。

 彼女に任せた任務は、人類が未だ正規ルートで辿り着くことのできないこの果ての孤島にある特異点を監視すること。

 特異点はいずれ彼ら・・が姿を現す場所。我らの使命のためにも、この場所はしかと確保しておかなければいけません。


「ところでフィーリス様。こんなにも早くお戻りになられたということは、見つかった・・・・・のですか?」


「……はい。見つけました。英雄の卵・・・・を」


 私がそういうと、普段はクールなメレシアちゃんの表情が少しばかり明るくなった。

 思い浮かべるのは、あの特異な五歳児。

 可愛らしい顔立ちをしておきながら、おおよそ子供とは思えないくらい聡明さと、恐るべき集中力を併せ持つ我が弟子ヴェルマーク。


 とくに後者に挙げた一つのことに対する集中力は、私が今まで出会ってきた人たちの中でも1,2を争います。

 今日は読書をしていていろと言えばすぐ横に本の山を積み上げ、声をかけなければ軽く8時間以上は続けて本を読み続けるし、限界まで剣を振れと言えば本当に倒れるまで剣を振り続ける。

 あの年代では普通ならば30分と持たずに飽きて放り投げるような単純作業でも、彼は何の疑問も抱かず限界までやり続けることができていました。


(どこからそんな集中力が湧いてくるのずっと疑問でした。いくら彼が転生者・・・とはいえ、普通は今生の体に引っ張られて朧げに記憶を有するだけの普通の子供になるはずなのに……)


 彼が普通の子供でないことは最初から分かっていました。

 彼の肉体と、その奥に潜む魂の波長が違ったのですぐに分かりました。


(……いや、それだと少々語弊がありますね。彼はある日突然変化・・した)


 5歳を迎えるまでのヴェルさまは、少々寡黙で、子供ながらにして抜け殻のように存在感が薄い子供でした。

 魂の波長も多少違和感がある程度で転生者と確信に至るほどではなかった。

 でも、ある日突然。今まで声をかけなければ一切部屋の外に出ようともしなかったあの子が、自らの意思で動き始めたのです。


 私が呼び止めると、彼は物珍しそうな目で私を見ました。

 同時に彼への違和感は増大し、私は困惑を表に出さないように必死でした。

 そこで私は、一つカマをかけてみることにしました。


「……? どうされました? もしかしておねーさんに惚れちゃいましたか??」


 五歳児に対してこんなことを言っても、せいぜい笑われておしまいだ。

 でも彼は、照れた。ほんの一瞬私から目を逸らして、ほんのり頬を赤く染めながら


「い、いや! えっと、ちょっとお外にでてきまーす!」


 誤魔化すように手を振って、慌てて部屋を出ていきました。

 おかしい。明らかにおかしい。

 その日の私は、合間を縫って彼を尾行してみることにしました。


 そして彼は、あろうことかあの分厚い壁で守られている大図書館に勝手に侵入していたのです。

 どんな手を使ったのか聞けば、壁抜けスキルを使ったと素直に白状してくれました。

 あの年でスキルが使えるだけでも異常なのに、それを活用する知識まであるとなればもうほぼ確定です。


 それから何度かヴェルさまと接する中で、彼に大いなる可能性を感じ取りました。

 そして同時に、この場所に将来世界を救う英雄となるべき者が現れるという私の予測は正しかったと確信を得ました。

 今回の私の目的は、英雄の卵を見つけ出し、育て上げること。

 これで目的が果たせると歓喜しました。


(……でも、どうしても一つだけ、確認しておきたかったことがあった)


 それは、彼がこの世界を愛してくれる人なのかどうか。

 私は他者の心までは見透かすことが出来ません。


 どうしてもこの世界にあだなす存在ではないかどうか。

 彼は本当に正しく、英雄となり得るのかを確認しておきたかった。


 だから私はやや強引に彼を空高くへ連れ出し、広く美しいこの世界を見せました。

 でもそれは、すべて私の杞憂でした。

 世界を見渡す彼の目は、どこまでも純粋で、どこまでもまっすぐでした。

 広い世界への期待感と、美しい世界へのあこがれ。


 壮大な光景に息を呑むヴェルさまの姿を見て、彼がこの世界に害をもたらす存在にはとても見えませんでした。

 そうなれば私にはもう、躊躇う理由もありません。

 私の手で彼を立派な英雄に育て上げる。そう心に誓いました。


「ヴェルマーク・ヴィン・アストール様、ですか。しかしまさか、本当にあの悪趣味な一族から英雄たる資格を持つものが現れるとは……」


「ええ。彼ならば、きっと私の理想的な剣士に育ってくれます。だからこそ【桔梗】を譲ったのですから」


「【桔梗】を!? フィーリス様! あの剣はフィーリス様の――」


「ふふっ、いいんですよ。優れた剣は、優れた剣士の下にあるべきです。私にはこの子がいますから……」


 私は長き時を共にしてきた愛剣の柄を撫でる。

 ヴェルさまに贈った剣は、私にとって特別な剣の一つ。

 本来ならば一年程度の師弟関係を終えただけでは絶対に渡すことのない代物です。


 でも、私は使命を抜きにして、彼のひたむきな姿勢に惹かれていました。

 どれだけ厳しい訓練を課そうとも、絶対に諦めようとしない。

 泣き言を言いながらも、すぐに立ち上がってまた訓練に励む。


 そして何より、


「彼は、この私に一本を取ったんです。手加減をしたとは言え、私が決めたルールの中で、私は負けました」


「――そんな! フィーリス様を負かすだなんて……」


 彼に魔法の才能がなかったのはかえって好都合でした。

 そのおかげで、あの短期間で彼の剣術を飛躍的に高めることができ、最終的にはひっそりと磨き続けた戦法で見事私に勝利した。

 だからこそ、あの剣を贈ることを決めたのです。

 もきっと、賛同してくれるはずだから……


「ふふ。数年も経てばメレシアちゃんをも超える強さになってしまうかもですね!」


「そ、そんなっ! も、もっと精進いたしますっ!」


「その意気ですよ! でも――気を抜きすぎです!」


「はっ!? しまっ――」


 メレシアちゃんが動揺した隙を突くかのように、私の5倍はあろうかという凶獣きょうじゅうが大口を開けて襲ってきました。

 メレシアちゃんはコンマ5秒対応が遅れました。でも、彼女が振り返るころには獣の首は地面に落ちている。


 私の剣は、視界に収めた首を決して逃さない。

 血の匂いを感じ取った凶鳥きょうちょうが続けて複数襲い掛かってきますが、


「――ふっ!」


 彼らは私の剣を見ることすらできずに堕ちていきました。

 これらの獣は皆、この孤島の固有種。

 周辺の荒れ狂う海域を現代の技術で造った船で突破するのが厳しいというのもあるけれど、なによりこの獣たちの存在がこの島を絶島たらしめていると言っていいでしょう。

 仮に空を飛んだとしても先ほどの鳥たちにやられておしまいです。


「……フィーリス様。後ほど、剣術の稽古にお付き合いいただいてもよろしいでしょうか」


「もちろんですよ! 厳しくいくから覚悟していてくださいね!」


 メレシアちゃんはとても優秀です。

 彼女固有の能力を考慮したとしても、この三年間をこの島で過ごせるくらいには強い。

 それでもまだ、大きな成長の余地があります。

 次の行動を起こすまで、じっくり鍛え直してあげるとしましょう。


(ヴェルさま。あなたはいずれ、私を超える剣士となるでしょう。次に会うまでに数多の試練を乗り越え、世界を知り、人を知り、そして剣を知ってください。その果ての前で、私は待っています)


 私が離れることによって、近い未来で彼に何が起こるのかは大方想像がつきます。

 だからこそ、敢えてこのタイミングで私は去った。

 彼ならば、きっと乗り越えてくれると信じていますからね。

 それに彼には、とても優秀でとてもいい子な妹もいます。

 それらがある限り、いかなる困難を前にしても決して折れることはないでしょう。


 いつか時節が満ちた時、1000年以上この世界において最強の剣士を名乗り続けた者として再び彼と剣を交える日を楽しみに。


 今はただ、大いなる我が使命を果たすべく尽力するのみです。




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