第1章

第16話 遠くへ

 はいどうもこんにちは。ヴェルマークです!


 今回はですね、大人気企画トラックの荷物に紛れこんだらどこまでいける? の動画を取っていきたいと思います!

 いやーやっぱりね、このどこへ運ばれるか分からないというワクワク感とドキドキ感を楽しめる企画なので、僕自身とっても楽しみ――


(なわけあるかよ! ちょ、マジで誰か助けてくれ!)


 真面目に今の状況を整理すると、不幸をもたらすハズレスキルを引いてしまった俺は屈強な男たちの手によって家から追い出され、現在袋詰めにされてどこかへ運ばれているというところだ。

 真っ暗だし身動きが取れないし、何に乗せられてるのか知らんけどガタガタ揺れまくるので乗り心地も最悪だ。


(はぁ……ガチでどうしよう。本当は袋詰めされる前に抵抗したかったが、周りにはなんかヤバそうな武装兵士が結構な数いたからな……)


 この二年ほどで俺はだいぶ強くなったと自覚しているが、それに溺れるほど愚かではないつもりだ。

 仮に地力で上回ったとしても、実戦経験が足りなくて最終的に負けるなんて展開、アニメじゃよくあるからな。


 というわけでこの着心地最悪の衣に包まれて出荷されるのを受け入れたわけだが、言うまでもなくこのまま黙っているつもりはない。

 目が見えないときは耳が敏感になる。街中は周りの音が煩すぎて良く分からなかったが、町の外へ出たと思しき後の音からはいろいろと情報を得ることが出来ている。


 まずこの車(?)は、今のところ一台で行動しているということ。

 音の種類的に前にも後ろにも恐らく誰もいない。

 次に俺以外でこいつに乗っているのが恐らく3人ということ。

 これは話し声から推測している。もし寡黙な兵士かなんかが乗っていたらズレるが、まあ誤差の範囲内に収まるだろう。


 そして最後、どうやらこの袋にはいろいろと魔法的な仕掛けが施してあるらしいということ。


 声を外に出させない効果。魔法を吸収し、無効化する効果。暴れてもほとんど動けないレベルまで重さを増す効果。


 重要なのはこの辺か。

 外で喋っている声は中の奴に聞こえないと勘違いしているのか知らないが、べらべらと自慢げにしゃべってくれたので非常に助かる。

 こいつに加えて手足までしっかりと縛っているのだからもう安心と、俺の方に近づく気配すらないのも救いだな。


(バカで無能な奴らで助かった。ただ問題はこいつらの戦闘能力だ。脳筋でバカみたいに強かったら非常に面倒くさい)


 町から十分に離れたという判断で、俺は次にこいつが停止した時に動こうと考えている。

 魔法は無効化できても、スキルまでは無効化できないという前提の下だが、幸い内容の一切を隠し通せている俺の【すり抜け】が大いに役立ちそうだ。


(ただし、今の俺の実力では、一度にすり抜けられる対象は一つだけ。バレないよう慎重に一つずつやるしかない)


 そう、これが今の俺の課題だ。

 マナとの水玉地獄訓練の時もそうだが、一つの水玉をすり抜けている最中に別の水玉に襲われたらそれは喰らってしまうし、剣に防御貫通のすり抜け効果を付与している間は、本体の俺がすり抜けで攻撃を無効化することが出来ない。

 一応いろいろなものが重なっていてもそれらをまとめて「壁」と認識できれば全部すり抜けられるというガバガバなところもあるんだが、万能とまでは流石に言えないな。


 今の状況で表すならば、手足を縛るロープ二種類、袋、車の床全部をまとめてすり抜けることが出来ないということになる。

 だからまずは慎重に両手首を縛るロープをすり抜け、次に足を縛るロープから抜け出しておく。


(次に停止したら麻袋をすり抜けて床を転がる。そしてその勢いで車ごとすり抜けて地面へ落下。油断しているほんの一瞬の隙をついて奴ら全員を始末。これしかない)


 本当に俺のすぐ近くで見張っている奴がおらず、他にも荷物が山積みになっていて見えないとかだったら一度落ち着いて思考する時間も取れるんだが、生憎そんな確証はどこにもない。

 失敗したら間違いなく殺される。殺される前に、殺すしかない。


(あとは俺が躊躇わないこと、だけか)


 ここはもう、平和で生温い日本ではない。

 俺は剣を振り、人を斬らなければいけない状況にまで追い込まれた。

 だが逆に言えば、前世だったらどうあがいても無理ゲーなこの状況を打開するチャンスが与えられているともいえる。


(無力化すればいい、なんて思考は剣を鈍らせるだけ。それで俺がやられたんじゃフーリさんに1万回詫びても足りねえ)


 本当ならば人なんて斬りたくない。だけどそんな俺に彼女はこういった。

 不殺主義は本当に強い人間だけに許されるのです。

 これは何のための道具ですか? 今一度よーく思い出してみてください。

 と。


(そう。剣は人を斬るための――殺すための道具。躊躇うことは、剣への侮辱になる)


 こんな状況に追い込まれておきながらも、こんなことを考えてしまうあたり俺もまだまだ甘い。 

 でも、殺しなんかとは無縁の世界で生きてきたんだ。

 これは必要な行為。必要な再確認。自分にそう、言い聞かせる。


(……俺が運ばれ始めてから結構な時間が経つ。そろそろ到着か、あるいは休憩のために止まるはず)


 通気性がいいと言っても、やはり狭いし息苦しい。

 何時間も同じ姿勢でい続けたせいで、手足もだいぶマヒしている感覚がある。

 このままじゃあすぐにはまともに動けないだろう。

 だからこそ、魔力を以って体の調子を強引に上げておく。


 この袋が無効化するのはあくまで袋に対して向けられた攻撃魔法だけ。

 俺の体内で完結する魔法にまでは干渉できないのさ。

 あとは機を待つだけ。千載一遇のチャンスをただ、黙って待つだけだ。


 そしてその時はついに訪れた。


(――止まった!)


 心臓をバクバクとさせながら待っていたが、ようやく車の動きが止まった。

 この作戦は行動の速さが最重要。俺はすぐさま動き始めた。

 まずはこの袋から転がるように抜け出す。


(――なるほど、馬車だったか)


 数時間ぶりの外の世界。照り付ける太陽と青空の光が眩しいが、天井がないことと立派なたてがみを持つ生物が視界に入ったことでこれを馬車と断定した。

 一応時折息の荒い動物のような声が聞こえていたが、微妙に音が遠かったせいで確信にまでは至ってなかったんだ。

 それもそのはず、俺が載せられていたのは荷車の一番奥だったようだ。


 周りにはいろいろな箱や袋が敷き詰められており、箱が壁になって俺の姿を絶妙に隠してくれている。

 だが、奴らがそろそろ降りようとしているのは話し声と足音で分かった。


(こい! 桔梗!)


 俺がそう念じると、家のとある場所に置いてあった魔剣【桔梗】の鞘が俺の右手に握られた。

 これは剣の固有能力ではなく、鞘の能力だ。

 この特別製の鞘にはフーリさんが自身のスキル効果の一部を付与しており、所有者である俺が願えばどれだけ離れていても一瞬で呼び寄せることが可能となっているのだ。


(マジでありがてえ。流石に剣なしじゃハードモードすぎるからな)


 脳内に浮かぶ美少女エルフ様に大いなる感謝をささげてから、俺はさっそく剣を抜いた。

 体は重いが、何とか手足は動く――戦える!


(行くぞ……あわよくば一人、不意打ちで始末したい)


 俺はすり抜けの能力を発動し、しゃがんだ状態のまま荷車の床を貫通し、着地した。


(馬鹿め! 武器も鎧を身に着けてねえじゃねえか!)


 すぐさま周囲の状況を確認。

 馬車の右側から降りていく男二人が無防備な姿をさらしているのを見て、俺は勝利を確信した。


「――ッ!」


「なっ!? 貴様は――うガァッ!?」


「どうやって抜け出し――ぐおぁ!?」


 こいつらは俺を乱暴に連れ出してくれた奴らだな。

 そのお礼も兼ねて、青紫色に透き通る朝一番の新鮮な刃をくれてやろう。

 狙ったのはもちろん首だ。どんな人間でも、首が落ちれば絶対に助からねえ。

 足裏で魔力を爆発させて勢いよく飛びあがった俺は、自らに躊躇う暇すら与えず一瞬のうちに一人目の首を斬り落とした。


 二人目は流石に慌てながらも魔法か何かを発動しようとしたが、あまりにも遅すぎた。

 飛び散る返り血が付着するよりも早く胸を裂き、そのまま首を横薙ぎに斬り落としてやった。


「ひっ――な、なんだお前は――っ!!」


「――ふっ!」


 馬車の上には、馬を操っていたと思われる中年の男が残っていた。

 だがしかし、余計な会話をすると情が移る。

 俺は己の心を完全に殺して馬車に飛び乗り、戸惑う奴の首も同じように斬り落としてやった。


「――これで俺も人殺しの仲間入り、か」


 ……なんか、あっさりしすぎて拍子抜けした。

 同時に人間って、状況次第でこんな簡単に道を踏み外せるんだなって思った。

 もっと吐き気とかこみあげてくると思ってたんだけど、逆に今の俺はあり得ないほど冷静で落ち着いている。


 ちょっと視線を落とせば服にべっとりと返り血が付いているのにな。


「……とりあえず、ここから離れるか」


 やっちまったもんは仕方ないとか言うつもりはない。

 俺は確かに殺すつもりでこいつらを殺した。その結果奴らは死んだ。ただそれだけだ。

 幸い荷車にはいろいろ役に立ちそうなものが一緒に乗せられているようだ。

 俺の存在を隠すためのカモフラージュだったのかもしれないが、まあありがたく拝借していこう。


 とりあえず服、着替えるか。



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