第13話 たとえ離れていても
最後の一か月は、本当にあっという間だった。
地獄の修行メニューがヤバすぎたというのもあるが、その日一日を大事にしようという意思が、逆に時間の進みを早く感じさせた気がする。
なんというか、スマホ画面に毎日病的に張り付いていた日々がもはや懐かしく思えてくる。
久しく忘れていた、誰かと一緒にいる今の時間を大切にしようとする気持ちを思い出させられた気がするな。
ひとまず剣術に特化した俺は、この一か月、ひたすらフーリさんとの実践訓練を繰り返した。
手加減のレベルを徐々に緩めてもらって、それにひたすら対応するだけの繰り返し。
いつまでたっても俺の刃がフーリさんに届くことはなかったが、剣というものと向き合う日々で確かな成長をしている実感は得られていた。
一日の大半を共にスマホと過ごしてきた俺が、同じく一日の大半を剣と共に過ごすとこうなるのかというある意味興味深い(?)データを得られた気がする。
一方のマナは次々と魔法教本を読破して技術を磨き、初心者・中級者向けに分類されるような魔法は弱冠5歳にしてほぼほぼマスターしてしまったのだそう。
我が妹ながら同じ転生者を疑うレベルの天才ぶりだが、さらにフーリさん直々の魔法技術を仕込まれているというのだから末恐ろしい。
そしてこれが、本当に最後の時。
「――行きますよ」
「はい! いつも通り全力でかかってきてください!」
今日まで何度、この対面をしたか。
今日まで何度、無理ゲーだと口にしたか。
今日まで何度、攻略方法を考えたか。
ふーっと、大きく息を吐く。
構えは上段。イメージは袈裟斬り。
何度も何度も練習した動きを、頭の中で繰り返し再生する。
今俺が握っているのは刃こそ潰してあるが、れっきとした真剣だ。
まともな人間に当たれば致命傷は不可避。最初こそ手足が震えたものだが、今となってはもう慣れっこだ。
最速で接近し、剣を振り下ろす。
最初にやることは、それだけ。
相手から決して目を逸らすことなく、俺は己の右足に意識を集中させる。
「――
どこかで聞いたことがある速く動けそうなセリフをそのままパクって、俺は地面を思いっきり蹴り上げる。
フーリさんに教わった、魔力のエネルギー変換法。
己の魔力を己の体に分け与えて、それを燃やして身体能力を飛躍的に上昇させる技術だ。
魔法をまともに使えない俺が、莫大な魔力を活用できる現状唯一の方法だ。
これによって、俺のスピードは新幹線をも超え、音速にすら迫る――!
「――最後にしてただまっすぐ突っ込んでくるだけとは! 確かにスピードは上がっています――ですが!」
「おぉぉ――ッ!」
ブンっと空を斬る音が静かに響く。
そこに肉の感触はない。やはり、躱された。
だけど、手加減で瞬間移動を禁止しているフーリさんの避け方は何度も見てきた。
彼女は基本的に、右側へと半身だけずらして躱す。
だから――
「おらあああああっ!!」
再び右足の裏に魔力を集中させ、爆発させるかのように強引な姿勢から空中へと飛び上がる。
回転は、反時計回り。振り下ろして伸び切った肘を再び曲げ、今度は振り上げる準備を整える。
俺の体は砲台。弾は剣。一太刀でも浴びせれば、俺の勝ちだ!
「甘いですよっ!」
一切無駄を削ぎ落した、この日のためだけに練習した動き。
だがフーリさんはほんの数瞬の間に
だけど甘い!
俺の目はほんの一瞬驚いたあなたの顔とそしてあなたの剣を捉えている!
「――なるほどっ!」
何かを察したフーリさんはあろうことか空中で剣を
バク転を想起させる鮮やかな動きを以って俺の刃の道筋のほんの少し上を転がるように躱して見せ、手放す直前に勢いを殺して空中に留めておいた木剣の柄を握りしめる。
「不意打ちのすり抜け剣――お見事です! ですがこれでおわ――」
俺の剣は、手放された木剣を弾くことなく通過した。
本来ならば二人の剣が打ち合う形になっていたところを、俺はスキルを以って強引に攻撃に変えて見せるはずだった。
しかしそれも見抜かれた。手の内を知られているということもあるし、フーリさんの勘をもってすればこれくらいの対処は出来てしまうのだろう。
「――んなっ!?」
無理矢理体勢を変えての振り上げ――俺の体はわずかな時間だが、完全なる無防備な姿を晒してしまっている。
背中から迫る斬撃。今の俺にはどうあがいても躱せない。
だからこそ俺は――
「もらったあああああああっ!!」
己の体全てを
これには流石に驚きの声を上げるフーリさん。流石にこれは予定外のはずだ!
そしてその驚きで少しでも時間が貰えれば十分。
俺はすかさず振り返り、剣を横なぎに振るった。
勝った! これはいける!
そう、勝利を確信していた。
だがしかし――
「――はっ!?」
剣がまた、大げさに空を斬った。
そこにフーリさんは、いなかった。
同時に背中に凄まじい衝撃が襲い掛かる。
「いっでえええええっ!?」
ぐおぉ……全身の骨に響くぅ……
完全にこの一撃で貰ったと思っていた俺は、背中から走る激痛を逃がすことも叶わず無様に地を這いつくばる羽目になった。
「か、はっ……ってぇ……」
「ふー、いやぁ、危なかったですねぇ」
地面に情けなく蹲る俺の背中に手を当てて、いつも通り回復魔法をかけてくれるフーリさん。
何度も何度も喰らったとは言え、この痛みは慣れん。クソいてえ。
「くっそぉ、これでも負けるのかぁ……」
「え? いや、勝負はヴェルさまの勝ちですよ?」
「……へ?」
俺が勝ち? どういうことだ?
この状況。誰がどう見ても俺の負けでしかない気がするんだが……
「いやぁ、最終日にして今までと全く違う動きに加えて、相手の攻撃に自分の体を通過させて無効化するなんて芸当までやってくるとは思いませんでした。ついつい私も禁止している瞬間移動、使っちゃいましたよ!」
「――あっ!」
なるほど。勝ちを確信したのに目の前でフーリさんが消えたのは、やっぱり瞬間移動だったのか。
どおりでおかしいと思ったぜ。あんな化け物スキルを使われちゃ今の俺では絶対に勝ち目がないからな。
「じゃあ……」
「ふふっ、改めてお見事です! ヴェルさまは、私の弟子を名乗られても決して恥ずかしくない立派な剣士に育ちました!」
「や、やった!」
そう言われたとき、俺は胸の奥からなにか熱いものが浮かび上がってきた。
この一か月、訓練中も、訓練外もこの言葉を貰うためだけに頑張ってきたんだ。
嬉しくないはずがない。
「やったね! ヴェルおにいちゃん!」
「ああ!」
「ですが! あくまでヴェルさまは剣士としてのスタートラインに立っただけ。世の中には今のヴェルさまでは絶対に敵わない剣士がごまんといます。今後も決して怠ることなく、精進してくださいね!」
「――はい!」
フーリさんは最初、俺に対してこう言った。
私の弟子となるならば、あなたを最強の剣士を目指せる土台となるよう、あなたを
決して折れることなく地の果てまで付いてくると誓えるならば、私の教えを受け入れてください。そう言っていた。
修行期間は僅か一年と少し。そしてなによりこの6歳という年齢。
にもかかわらず、フーリさんは宣言通り、俺を剣士としての最低限度のレベルにまで押し上げてきた。
「……これで今のヴェルさまに教えられることは全て教えました。免許皆伝です!」
「ありがとうございます! ですが、まだ……」
「ええ、分かっています。だから、これを」
「……? これは、剣?」
フーリさんは一振りの直剣を俺に手渡してきた。
刃の広さは刀と同じくらいで、何より驚くほど軽い。
決して軽すぎることはないのだが、本当に金属か疑ってしまうレベルだ。
「……これはとある名工が晩年に造り上げた十の魔剣が一振り。名を【
「桔梗……」
「本来ならば、私は滅多に弟子を取りません。ですが、私の弟子となった者で免許皆伝を言い渡すに至った剣士には、必ず剣を一振り贈ってきました。その剣は、ヴェルさまに託しましょう」
え、くれるの? こんないい剣を?
正直俺には物の正しい価値を見極める審美眼なんてものはない。
でも、持った瞬間に本能的に察した。これは、そこらの剣とは一線を画すと。
鞘から引き抜くと、淡い青紫色の刀身が姿を現した。
そのあまりの美しさに、俺は息を呑む。
まるでこれは美しいものである、と辞書に書かれているかのように絶対的な存在感を放つ青に、俺は飲み込まれそうな感覚すら覚えた。
「いつの日か、その剣に相応しい剣士として再び私と相まみえた時。その時は剣士としての高みをお見せしましょう。ヴェルさまがこれから先も変わらず上を目指し続けることを、その絶対不変の性質を持つ剣に誓えますか?」
「……もちろんです!」
正直その言葉の正確な意味を捉え切れてはいないが、俺が上を目指して精進し続けることは、今ここで確実に誓える。
俺は一度育成すると決めたキャラは徹底的に育て上げるタイプ。己の身をもきっちり最強レベルまで育て上げて見せるさ。
その意志を感じ取ったのか、フーリさんはいつもの笑顔で頷いた。
そしてそのまま、黙ってみていたマナの下に歩み寄る。
しゃがみこんで、ぽんと頭に手を置いて、いつものように優しく語りかけた。
「これでお別れです。またいつか、必ず再会しましょう」
「フーリおねえちゃん……」
「大丈夫ですよ。マナちゃんには、立派なお兄さんが付いています。ですがお兄さんもすべてをうまくやれるわけではありません。だから、その時はマナちゃんが支えてあげてください。約束してくれますか?」
「……うん、やくそく、する」
「ふふ、いい子です。ではこれで、さようならです!」
立ち上がって、まっすぐな笑顔で俺たち二人に手を振るフーリさん。
その後ろで煌々と照る太陽が、たまらなく眩しかった。
そんな俺たちの目を盗むように、ほんの一瞬のうちにフーリさんは跡形もなく消え去ってしまった。
「……行っちゃったな」
「……うん」
「大丈夫だ。たとえ離れていても、俺たちの仲は変わらない。次に会うときには、もっと立派になって驚かせてやろう」
「――うん。お兄ちゃんも、離れていても一緒、だよね?」
「ん……あぁ、俺たちの兄妹の縁は絶対に切れない。大丈夫さ」
なんでこのタイミングでそんなことを聞いてきたのか、その時は意図を察しかねた。
でも、俺はその時確かに、前世では遂に得ることのできなかった本物の繋がりというものを感じ取った。
俺の新しい相棒【桔梗】。こいつを強く握りしめ、しばらくの間、マナと共にこれからの未来に思いを馳せた。
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